「霧島くん、急に呼び出してごめんね?」
「あ、いや、大丈夫……です」
放課後の校舎裏、重くのしかかる曇り空。少し肌寒く感じさせる湿気と雨の匂い。鞄の中には赤いタータンチェックの折りたたみ傘。
「私、本当は口で言った方がいいと思うんだけど、恥ずかしくて……私の気持ち、手紙に書いてきたの」
「あ……え?」
女の子の手元にある可愛らしいピンクの手紙は、いわゆるラブレター。
視界が揺れた――気がした。校舎裏なんて、来なければよかった。苦しいよ、霧島くん。
木の陰からそっと離れて校門に向かう。
霧島くん、あの子と付き合うのかな。
――嫌だ、すごく。
霧島くんに、彼女が出来るなんて、だめ。今もあの子と一緒に居ると思うと……。
思わず眉間に皺を寄せてしまって気づく。――なんでそんな事思うの? なんで、こんなにも苦しいの?
ぽつ、ぽつり。
朝から匂いを漂わせていた雨が降ってきた。――まるで、私の心を慰めるかのように、頬を伝う。
校門へたどり着く前に立ち止まり、タータンチェックの折りたたみ傘をさす。――この傘もお気に入り、とかいって本当はどの傘もお気に入りなんだけどね。
「か、かなちゃーんっ!」
「えっ……?」
また歩き出そうとした瞬間に、後ろから声が聞こえた。
――霧島くんの、声。なんで? さっきの子、は?
「よかった、まだ帰ってなかった……。一緒に、帰ろう?」
「え、うん。霧島くん、女の子に呼び出されたって聞いたんだけど……」
というか、いつものネタ探しに歩いて居るときに、うっかり発見してしまったという方が正しいんだけどね。
「えっ、女の子? ……あっ、それは友達に手紙を渡して欲しいって頼まれて……結局断ったんだけどね」
「そっか……。霧島くん、傘は?」
少しずつ、雨の雫が大きくなっているのだけど、霧島くんの手には鞄だけ。霧島くんの髪とセーターが湿ってきている。
告白じゃなかった。のは安心出来たし、違うとわかったのだからもう気にならなかった。苦しいのもいつの間にか消えたみたい。
「あ、えっと、忘れちゃって……入れてくれると嬉しいな、なんちゃって。ふふ、少しぐらい濡れても気に、」
「いいよ。一緒にはいろう?」
「えっ、え? 香奈ちゃん? いいよ、僕が入ったら狭いし……」
「だいじょーぶ! ノンプログレムだよ霧島くん。だって霧島くんは平均身長よりも小さいじゃないかぁああっ!」
「え、なにキャラ? っていうかさりげなく小さいの気にしてるから言わないでっ」
「さあさ、入った入った」
「あ、ありがとう。じゃあ、傘は僕が持つね」
傘の中。いつもよりも近い距離で、ふわり、と男の子にしては可愛く笑う霧島くんに、心臓が自己主張をはじめた。
あ、わかっちゃったかも。苦しい、あの気持ちも、心臓の自己主張も……。
「霧島くん、雨っていいね」
なんだか、凄く幸せな気分になった。だって、好きな人と一緒にいれるのは嬉しい事だもん。
「え、飴? あ、そう言えば今日も持ってるよ。はい、あげる」
「わっ、新作ロリポップだ! チョコレイトミントミルクティ味! 霧島くん大好きっ」
「え、すすす――っ!(飴の事だよね、わかってるんだけど、胸がっ!)」
いつもよりも近い距離が、とてつもなく嬉しい。
この距離は、私の心を慰めるかのように降ってきた雨のおかげ。
(傘の中。肩が触れてしまう程に近い距離。口の中にはさっき霧島くんに貰ったばかりのチョコレイトミントミルクティ味のロリポップ。隣には、大好きな霧島くん)