隠し神語り
肝試し、スタート
少し戦意が薄れた骸は雲雀との戦闘を止めて「そもそも！」と声を張り上げた。
「僕は肝試しなんて野蛮なもの断固反対です！ 何でそんな遊びを思いつくんですか?! ボンゴレは馬鹿ですか?!」
骸はありったけ怒りを込めて綱吉の胸ぐらを掴み上げてブンブン揺すった。
綱吉は目を回しながらも骸と同じ事を思っていたので特に反抗はしなかったが、コレだけは言わせてほしかった。
「オレだって嫌だよ！ 恐いの嫌いだもん！ リボーンがいきなり開くって言って、勝手に呼び掛けたんだよ！」
「アルコバレーノの後始末は生徒の後始末でしょう?!」
「あんな奴の後始末なんか出来ないよぉ!!」
綱吉は喚いて骸の腕を掴むと、綱吉はきらきらと目を光らせた。
意見のあう人間が居るという事実が本当に嬉しくて仕方なかった。
「て言うか、意見が合う人がいてくれて嬉しい…本当に泣きそうなんだって！ 肝試しなんか参加したくないんだよぉ！」
そう言いながらも、綱吉は既に涙を流して不様にも鼻水も垂らしていた。そんな顔をしている綱吉の手を、イケメン骸が包んで握る。
「そうでしょう?! あんな思念の塊に会いに行くなんて自殺行為なんですよ！ そもそも、死者への冒涜です！」
「そうだよ！ 呪われたらどうするんだ!!」
「全くです！ 霊界に連れ込まれたらどうするんですか?!」
半ば骸の勢いに飲み込まれるように綱吉は彼に共感した。絶対やりたくないという骸の意気込みに心強さを覚える。
しかし、霊界とはなんだ。そんな知識はとんと綱吉は持ち合わせていない。
「僕らは拒否します！ 肝試しなんて幽霊を挑発するような真似やってはいけません！ 断固反対です！ せめて自由参加にするべきです！ ――来なかったら１億罰金なんて卑怯です！」
「ごめん、骸…」
多分、いやいや言った骸を連れていくべくリボーンがそんな事を言ったんだろう、我が家庭教師様は。
骸が物凄い覇気を放ちながら否定をする。
すると、綱吉お馬鹿をモノにしている獄寺隼人がにたりと骸に笑いかけた。
「はっはーん…さてはお前、幽霊が恐いんだな？」
嫌みったらしく笑っている忠犬獄寺。それは綱吉も同じなのだが骸にしか向けていなかった。
そんな骸はさらりとこう返した。
「恐いですが何か？」
爆弾が投下された瞬間だった。
普段の立ち振舞いや性格から、骸からそんな言葉が出てくるとは綱吉だけではなく問い掛けた獄寺、あまつ召集を呼び掛けたリボーンさえも目をぱちくりとさせていた。
寧ろ、肝試しを断固反対するよりも、獄寺のように信じている人間を小馬鹿にするように見える。
「だって、思念の塊ですよ？ それ程恐ろしいものなんて有りませんよ？」
声音は恐がっているようには聞こえない。
その様を獄寺は笑い飛ばした。
「はっ！ だっせぇな！ 幽霊なんてそんな非科学的なもん居るわけねーだろーが！」
UMA信仰の獄寺から、そんな言葉が出てきたという事実に綱吉は目をぱちくりさせた。UMAも幽霊も、綱吉の中では同列だからだ。
「…馬鹿に付き合うのは面倒ですね」
「んだとぉお?!」
「全くだよ」
後ろから声がしたと振り返ってみれば、腕を組んでいる雲雀が小馬鹿にしたように笑っていた。
「君は『夏休みに海で泳いで溺れ死ぬタイプ』だね」
「どんなタイプだぁ?!」
「まんまだよ。本当に学年トップ？」
雲雀は獄寺に可哀想な視線を向けて聞いてきた。
ダイナマイトを構える獄寺を、綱吉と山本は羽外締めにして取り押さえる。
「日本は古くから霊的なモノ達とは切っても切れない縁で繋がってるんだよ。それに、それを生業としている人間だって世界中に居るんだ───日本では『陰陽師』って言えば分かるでしょ？」
「あ、映画の？」
山本武が獄寺を押さえつけながら思い出したように突っ込むと、雲雀は満足そうに頷いた。
「うん、そうだね。鎌倉時代、「藤原頼朝」に仕えていた占い師『阿部晴明』が一番有名だね」
「特にお盆の時期は『死者が海を使って霊界から現世に帰ってくる』と言われているんですよ？」
へぇー、と純日本人である笹川、山本、綱吉は雲雀の話を引き継いだ純イタリア人骸の話に頷いた。
それから勘の冴えてる男、山本が何かを思いついたように手を打った。
「あ、思い出した。だからこの時期は水辺に近づくなって親父に言われてるんだった。『死んだ人達に引き摺り込まれるぞ』って！」
「うわぁあ！そんな事言わないでよ山本ぉ！」
山本の裾を引っ張る綱吉。泣きそうなので、余計可愛らしく見える綱吉の頭を山本はわりぃ、と謝りながら撫でた。
「そうですね。日本人の方なら、そう言いますね」
「骸までぇ!!」
更に泣きそうな顔になる綱吉を骸はくすりと笑った。
究極のボケだと思っていた山本武に霊的知識のあるとは思わなかった。
しかし、話の分かる人間が居ると話を進めやすくて助かると骸は思った。
「この時期、テレビで水際事故が多いのもそのせいだよ」
「でも、溺れるのは海水浴してるからじゃねぇか？」
獄寺が訝しげな顔をすると、雲雀は残念な頭だね、と呟いて獄寺を睨みやった。
「ベテランの釣り師だって足を滑らせるし、よく川で遊ぶ子がその時期に限って溺れ死ぬ…───信じられないなら毎年お盆になったら水辺へ行けば良いよ」
霊的信者である雲雀の発言は、遠回しに自殺しに行けと言っているようなものである。
それを頭の良い獄寺は、意図を理解し青筋を浮かべた。
「…あぁん？ てめぇ、オレに死ねって言ってんのかぁ?!」
「信じられない奴はこの日本のしきたりで死ぬんだよ」
「…あの───」
勃発しかけた喧嘩を制するような小さい声を上げたクローム。
「骸は何ですか？」と問い掛けると、クロームと千種が自らの横を指差した。
「…無理……行きたくない…！」
「こっ…恐くないびょん……オレ…全然恐くなんか無いびょん…！」
最初っから恐がっている綱吉と、嘘を吐きながら明らかに恐がっている犬。
綱吉はクロームに、犬は千種にブルブル震えながらしがみ付いていた。
しかも、少し涙目ならばまだマシだと言えたかもしれないが、女子の後ろに隠れるという情けない姿を曝す綱吉の姿がそこにあった。
「ねぇ、リボーン…やっぱ肝試しやめよう？ オレ、山の神様に連れてかれる…」
「情けねぇな。 今は水辺の話だろーが」
「無理…恐いの嫌いだもん…！」
「ダメツナが」
げしっ！
「どわぁああ！」
綱吉はリボーンに蹴り飛ばされて横転した。更に銃口を向けられ、幽霊からリボーンへと恐怖が擦り変わった綱吉は両手を上げる。
その時、雲雀が無表情ながらにこちらを見ているとは気付かずに。
「何なら墓地で一人、縄で縛り上げて三日間放置してやるか？」
「わかりました！ 行きます行きます！ ごめんなさいぃい！」
「ボンゴレ！ そこで認めないでください！肝試しなんて中止に───」
「ツナがやるって言ってるんだ。お前もやれ」
恐怖に支配された綱吉は悲鳴を上げてリボーンの脅しに乗せられる。
強制をかけてくるリボーンに、骸は歯痒そうな顔を浮かべた。
「ボンゴレがやるからと言って、僕らが巻き込まれる理由なんてありません！」
「でも、お前の仲間達はやる気みたいだろ？」
リボーンに言われ、骸は少し離れた所にいるクローム達を見やった。
犬はからかわれて「恐くないびょん！」と怒鳴り上げ、クロームはそんな犬の様子を見守っている。
そして何より目を奪われたのは千種の様子だった。
「千種、珍しくヤル気じゃねぇのか？」
感情表現ベタなあの千種が、静かながら興味の色を示して小さくながら笑っている。
長い付き合いだが、千種が何かに興味を示すのは数えるくらいなのだ。
その姿を見つめ、骸は頭を抱えて溜め息を吐くしかなかった。
溜め息しかつけなかった。
骸はリボーンを睨みおろしてから仕方ないですね、と呟き、リボーンの耳元に口を寄せていった。
∞∞∞
場所は変わって並盛山のふもと。
骸が班を編成すると言うことでリボーンが承諾したのだが。
一番、笹川・犬
二番、山本・千種
三番、獄寺・ランボ
四番、綱吉・クローム
五番、雲雀・僕
「これにして下さい」
「何で最悪コンビ変わってないのー?!」
綱吉は不機嫌を顕にする骸にペア決めを任せたのだが、突っ込みの内容通りのこの結果。
「仕方ないじゃないですか！ コレが一番ベストなペアなんです！」
「どういう事だぁ!!」
「どういう事…！」
不服を同時に訴えたのは獄寺と雲雀。骸は当然のように笑って見せた。
「君とお子様は馬鹿同士だから。僕と雲雀恭弥ペアは最終妥協案です」
「馬鹿とは何だぁ！ ってか！ 何で女と十代目も変わってねぇんだよ！」
「君とペアになるくらいなら、僕は独りが良いね」
文句を募らせる二人に、骸もイライラしたように睨み付けた。
「こっちだって、色々あるんですよ。出来れば僕の仲間には全員沢田綱吉とペアを組んで貰いたいぐらいです！」
「何で全員オレなのぉ?!」
綱吉が泣きそうな顔で訴えると、骸はプンスカ怒ったように腕を組んだ。
「信じるわけありません。言うだけ無駄です」
「えー…どういう事───」 「よーし、お前ら。一から四番まてクジ引け〜」
召集しておいて無気力感の溢れる声でリボーンが呼び掛けられると、骸は綱吉の脇を擦り抜けていってしまった。
本当に、どういう事なんだろう？
骸が最後に言い放った言葉。
『信じるわけありません』
骸が何言ったって、オレは信じるんだけどな…。
先へ行ってしまった当本人。
綱吉は少しわだかまる想いに口を小さくひん曲げて、彼らの後を追い掛けていった。
∞∞∞
リボーンは各ペアにくじを引かせたのだが、最後の組にあたる雲雀・骸ペアには引かせずにルール説明を開始した。
「山道の途中に、オレが消しゴムを四つ置いておいた。今引いたくじのマークと同じ形のモノがツナの椅子の上に置いてあるから、ソレを一個ずつ持って来い」
「何でオレの椅子ぅう?!」
綱吉が突っ込むと、リボーンはきやっきやと頬に手を当てた。
「だって〜丁度良い高さの台が無かったんだも〜ん」
「可愛子ぶるなよ！ て事は……あれ？ 消しゴム一個足りなくない？」
「最後の班はツナの椅子を持って帰ってフィニッシュだ」
「おい！ そんなの有り?!」
と綱吉の鮮やかな突っ込みはチャキっと構えられた銃により遮られる。
「オレがルールだ。有りに決まってんだろ」
そうですね。
あなたはそういう人ですよ。
リボーン先生。
涙を流しながら苦笑いで固まる綱吉を余所に、リボーンは銃口を天へ向けた。
「そんじゃ、肝試し大会開催するぞ」
「ちょっと待って赤ん坊」
珍しく雲雀がリボーンを睨んだ。そして山を一瞥すると、口を開いた。
「ここでやるの？」
「そうだぞ───何だ、雲雀。恐くなったか？」
小さく笑うリボーンに、雲雀はむすりと顔を歪めた。
「まさか。怖いわけないでしょ」
「んじゃ、問題ねぇな」
リボーンは銃口を天に向け、引き金を引いた。
ぱぁあん。
火花が散って、高らかに発砲音が空にこだました。
始まるボンゴレ肝試し大会。
今宵の星はか細く光る。まるで、発光を押さえ付けられているかのようだ。
満月は煌煌と輝いているはずなのに、闇が深く暗く月の光を飲み込んでいるように見えた。
コレから始まる物語を、手放しで喜ぶかのように。
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