道物語り
犬、到着
商店街の入り口のアーチに黒いシルエットを視認した。一気に加速して、獄寺は雲雀に指定された並盛商店街へやって来た。
帰宅途中だった獄寺は制服のままユーターンした。やはり制服では動きにくかった。雲雀もぜぇぜぇと荒く呼吸している自身へと駆け寄ってきた。
「遅い…!」
「テメェの都合なんか知るか! 十代目はどこだ?!」
「それを今から、探す」
ひゅん、と首筋に風圧が走る。
その一瞬で神谷からネックレスがぶつりと切れ、滑り落ちた。
途端に、鼻が『異臭』をキャッチした。
「お、前っ…―――」
カラーンと、地面との衝突を阻むことが出来なかった首飾りが足元で転がった。
「動いてる『ソレ』は何だ…?!」
雲雀の身体から『動く鉄の匂い』に、獄寺は目を見開いた。もぞり、もぞり、と匂いの『本体』が、雲雀の身体の周りを『動いて』いる。その気味の悪さに血の気が引いていった。
張本人は苛立たしそうに付きの悪い目を一層吊り上げた。
「『僕の』は良いから『異臭』を探せ。沢田がここの怪異に食われた」
「何だと?! テメェ、十代目と何やって…―――」
「チャオっす、獄寺」
「! リボーンさん?!」
再び、最強のヒットマンである彼は「チャオチャオ」と乗っていた中型犬の背から飛び降りた。その小さい手で叩くと、従わせていた犬は何処かへと走り去ってしまった。
「来て正解みたいだったな」
「僕は話して失敗だと思ったよ」
にっと笑ったリボーンに対し、雲雀は溜め息を吐いた。
「話は探しながら聞かせてもらうぞ、雲雀。テメェと出掛けたツナとランボ、ディーノがいないのと、獄寺を呼び出したのか詳しくな」
雲雀は「いいよ」と背を向けた。
「…―――急ぎたい。早く中へ」
よっと、とリボーンは獄寺の肩に飛び乗った。最強のヒットマンに肩を貸せるという幸福だと思っていた獄寺だったが、雲雀の身体から放たれる『動く異臭』にそこまで思考は至らなかった。先を歩き出した雲雀はアーチをくぐって商店街を足早に歩く。日の入りが早くなった空を見上げながら。
獄寺はその後ろ姿を、神具を拾い上げながら睨みつけた。
∞∞∞
「今までのデータだけで解析すると、商店街で起きている失踪事件は恐らく『怪異』。道行く人間を『連れ込む』みたいだ。
ただし、今までみたいに『ハッキリとした条件』は不明…」
青ざめる民間人の恐怖を煽るように雲雀はぶっすりと顔を歪めた。
「沢田のそばにいたはずなのに、『除け者』にされているのかも」
「まるで『巻き込まれる』のを望んでるみてぇな言い方だな」
「当たり前だ。色々とそっちの方が『楽』だからね…」
「だったら、テメェだけで行けってんだ! 十代目を巻き込んでんじゃねぇ!」
目を閉じた雲雀に、獄寺は吠えた。
しかし、彼は溜め息を溢すだけだった。
「それが出来るなら『そうしてる』…―――出来ないから『こうやって』るんだ」
雲雀は胸ごとわし掴むようにワイシャツを握った。
「何時だって『弾き出される』…―――この紐が憎いよ」
「ひも…?」
「早く探しなよ。『異臭』」
顔だけこちらを向ける雲雀に。ついでに、命令形の偉そうな口調に獄寺の血が一気に熱を帯びる。
「『異臭』なんて何処にあるんだっつーの!」
獄寺は眉をしかめた。
綱吉の穴から放たれる『異臭』を嗅いで以来、ネックレスをかけている。
彼が放つ『異臭』は強力で、嗅ぐだけでも『異常さ』を頭にインプットさせられる。あの臭いを探せと言われれば探せる自信は大いにあった。
現にごみ捨て場からの救出に役立ったのは『それ』だったのだから。
すると、雲雀は怒りを滲ませてじろっと獄寺を見やった。
「僕が知るわけないじゃない…!」
「はぁ?! テメェ、じゃあ何で呼んだんだ、ゴラァ!!」
「『異臭』を探させる以外に呼ぶわけないだろ、馬鹿じゃないの…!」
「んだと?!」
ぴっーとホイッスルになったレオンが二人の喧嘩を仲裁した。耳元で聞こえてきた獄寺には聴覚にダメージが残る。
「オメーら落ちつけ」
「ですがリボーンさん…―――」
「急いでるんだ!」
声を張り上げた雲雀に獄寺は目を見開いた。
いつも不遜な態度や敵を前に狂喜的な笑みを浮かべる彼しか普段は見ない。つい最近、取り乱したといえばテストの始まる一週間前に神谷忍を応接室に入れまいとした時ぐらい。
「逢魔が時までに『こっち』に戻さないと…―――」
「危険な目に遭うんだな。だが『異臭』を探せと言っても漠然すぎる。どんな臭いか、何処らへんにあるか、もう少し情報はねぇのか」
「…―――無いから…!」
雲雀はぎっと睨んだ。
「無いから! 彼の『嗅覚』を当てにしてるんじゃない…!」
わなわなと、雲雀が獄寺を睨みつけて身体を震わせていた。
―――当てに、してるだと…?
獄寺は、更に目を見張った。
基本的に綱吉以外の人間には興味がない。しかし、雲雀という存在は色んな意味で『脅威』だ。それに対して警戒を怠っているつもりはない。勿論、雲雀という人間に対する情報もある程度抑えているつもりだ。
例えば、本音であったとしても『それを口に出すような奴ではない』ということも。
確かな違和感の残る、沈黙。
「そうか」
リボーンは何かを納得したように、うんうん頷いた。
「獄寺。警察犬を知ってるだろ」
「え? は、はい…勿論です」
「要は『それをやれ』って言ってんだ」
「はい?」
首を傾げた獄寺に「まだ分かんないの…!」と震える雲雀を、リボーンは宥める。
「嗅覚ってのは広範囲の探索に持ってこいだからな。警察犬は何処に居るか分からない被害者を『臭い』で探すだろ。雲雀でも異臭が『何処にあるか分からない』んだ。でも、その異臭を探し当てて欲しい…―――そう言いたかったんだろ」
雲雀が沈黙の後、くるりと背を向けた。
肯定ととって良さそうだ。
「分かるか、ボケぇ!」
「草壁なら分かる…」
「雲雀と草壁は一心同体みたいなもんだからな。何を言いたいか分かるんだろ…―――」
「冗談じゃない」
雲雀は目をかっと開いて、こちらに怒気を放つ。
「一心同体なんて気持ち悪い。彼は『ただの』補佐だよ」
『ただの』と言い切った雲雀。
その一瞬だけ、獄寺の脳裏には、小さく笑う草壁がよぎった。
再び歩き出した雲雀の学ランが、翻る。
「赤の他人だ…」
群れを嫌う、一匹狼。
かつての自分と、姿が重なる。
それでもその姿は『鏡像』だ。
そっくりでも左右対称。
独り『を』追い求める彼。
独り『で』追い求めた自分。
決して、相入れ合うものではない。
先を歩いていた雲雀が突然立ち止まって、ポケットをごそごそ漁り始めた。
「こんな時に…―――!」
取り出したのは折り畳みの黒い携帯電話。並盛の校歌が着メロだ。
パカリと開いて、ボタンを二度押して。
雲雀は、また獄寺達に初めての表情を見せる事となった。
「は…?」
それは俗に『驚愕』と呼ばれるものだ。しかし、彼もこの後、同じ表情に浮かべることとなる。
「どうした、雲雀」
狼狽える雲雀に、リボーンは問いかける。
長い沈黙の後、雲雀は画面を食い入るように見つめ、ぽつりと呟いた。
「沢田から……『メールが来た』…―――」
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