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道物語り
違った世界

 どうしよう、どうしよう…。
 でもなぁ…―――。

 肌で感じる気持ち悪さに綱吉は眉根を寄せた。
 これは間違いなく『異界』であるとは綱吉は分かっていた。しかし、この異界は綱吉がよく接触するような『異界』とは違う。完璧とは言わないが、『普通の世界』と『馴染んで』いるような気がするのだ。
 綱吉自身、『何かがあった』と心当たりがあるのは悪寒がしたあの一瞬だけで、後は一切気にならなかった。骸の『神隠し』や笹川了平の『探し物』の『異界』はどちらも似て非なるものだ。しかし、それとは全く『質』が違う。
 綱吉達の世界が『普通』というならば、『普通になりそこなった』世界。
 『普通』に近い『異界』…―――気を抜けば異界にいるという事実を忘れ去って『此処でも』生活できそうなぐらいだ。

 まるであの『神隠し』の時のように…―――記憶をすり替えられて、その世界の住人として『取り込まれる』ように。

 だとしたらまずい。
 一刻も早く、此処から出ないと…―――。

「ツナ?」
「わぁっ!!」
「おいおい、どうした? そんなに驚いて?」

 後ろからディーノに声をかけられて心臓が跳ねる。耳元でバクバクとうるさいほど聞こえてきた。
 そうですね、とランボが覗き込んできた。

「若きボンゴレ。お顔が真っ青ですよ?」
「いいい、いや! なんでもない! ちょっと、考え込んでだだけだから! あはは!」

 うっかりでも驚きすぎでも持ち帰ったケーキの箱を落とさなくて良かったと安堵する。そんな白い箱を見下ろして、綱吉はそうだと閃いた。

 ―――これを口実に、早く家に帰るように言えば良いんだ!

 恐らく、これは雲雀が言っていた『怪異』だ。恐い目にあいながらも、帰還者は帰ってきている。引きずり込まれる骸や了平の時とは違うのだ。
 『帰ろうと思えば帰れる』、怪異なのだ。

「ケーキも貰ったし、早く家に帰ろう!」
「えー? もうちょっと、ゆっくりしていかねぇか、ツナ? 折角、サイジマさんとも知り合ったんだしさ」
「そうですよ。幼きフゥ太さんでも、待ちきれないと駄々をこねるような事はしませんって…―――イーピンじゃないんですから」

 ね、とランボも西院島にウィンクする。
 出鼻くじかれた気分だ。

 ―――何かやばいぞ?! もう少しゆっくりしたいって雰囲気だ!!

 他に方法はないかと回転の良くなったらしい頭で思考を巡らせる。

 ―――そうだ! 西院島さんとゆっくりしたいなら!

「それなら西院島さん、オレんちに来ませんか?! ウチの方がきっとゆっくり出来ますし、そんなに遠くないですから!」
「あら? お住まいはどちら?」
「中央区です! 並森中学校と同じ区域です!」
「並森中学校かぁ…―――懐かしいわ〜♪ 私、母校ですのよ?」
「そうなんですか! オレも今その学校に通ってるんですよ! なはは…―――」
「でも、電車からちょっと遠いわね」

 うん、と腕を組んで考え始めた西院島。
 確かに、5つ先の所から並森に来ているのだ。電車は残念ながら、海岸沿いを走るため中央区から離れている。妊婦である彼女には道のりが辛くなってしまう。妙案だと思っていた綱吉は窮地へと追い込まれる。

「でも綱吉君のお宅だし、お邪魔しちゃおうかしら♪ お母様、いらっしゃるのでしょう?」
「は、はい! ついさっき商店街から帰ってきて、家にいるんです!」
「そうですか! 聞いてみたいことがあるから丁度良いですね」
「か、母さんでよければいくらでも質問してください! 世話焼くの本当に上手いですから!!」

 なんとか西院島をだしにランボ達を家へと連れ帰る口実につけこんだ。後はこのまま商店街を抜ければ…―――。

「そういや。オレ達、何処歩いてるんだろうな」
「そうですね」
「え…?」

 綱吉は改めて周りを見回した。
 確かに、商店のような建物が建ち並んでいて商店街の風合いが残っている。しかし、綱吉は『見落としていた』事実に気づかされることとなる。



 ここ、『何処』?!



 辺りをぐるりと見渡すと、どの建物も綱吉自身が『見た事のない』ものだった。
 一昔前を連想させるような古ぼけた建物。コンクリートが主流の今の時代には見慣れない木造建築が列をなしていた。まるで、世界大戦があった頃にタイムスリップしたような風景だ。

 ―――そうだ…此処は似てても『異界』なんだ…!

 対処のしようがない現実にぶち当たっていると、綱吉はようやく理解した。

 ―――どうしよう……もしかして、オレがみんな巻き込んじゃったんじゃ…!

 左腕に巻き付いている包帯を思い浮かべ、綱吉は唇を引き結んだ。
 恐らく、近くに居た彼らを『連れてきて』しまったのだろう。
 腕に空いた『穴』にでならば誰彼構わずつれてくるぐらい造作もないのだろう。雲雀は数メートル離れていたから、巻き添えを食わずに済んだ。
 そうして改めて、綱吉は雲雀に頼りっきりだったという事実を実感した。どんな時でも、彼の知識や手回しがあったからこそだ。そして今の今まで怪異と遭遇して、仲間達に手助けしてもらってきた。

 そのツケが、回ってきた。

 全身から引いていく血の気に、覚えるのは絶望。


―――ぼんごれ…―──―
つなー?―――かおい…る
……すよ…―――だ――ぶ
か…?―――ぼ――れ――
―な―――つ―───――
――つ――――ぼ――――
―――───────つ―
――……………―――――
―――――――――……―
――――…―――――――
――――――――――――
――――――――――――



「ほーら綱吉君、どうしたんですかー?」
「いだだだだだだっ!!」
「あら、ごめんなさい」

 さすがに箱を持ったまま頬を撫でる事は出来ず、じんじんと痛んむのはやり過ごすしかなかった。しかし、そっと西院島が綱吉の頬を優しく撫でる。

「ごめんなさい。少し強くつねりすぎちゃったわ」
「あ、だ、大丈夫です。 ちょ、ちょっと考えごとしてて!」

 痛みを訴えていた頬が、熱を帯びる。

「そうなの? でも、考えすぎるのは良くないわ。もうちょっと気を楽にして、方向性を変えて考えてみたらどうかしら?」
「え、えっと…」

 手を離した西院島は、にっこりと綱吉に笑いかけた。

「そう。特に綱吉君はこういう所でぼーっとしちゃ駄目よ? 巻き込まれて酷い目に遭うわ。真っ直ぐ前を見て、どうすれば良いかを考えるの。お手本が貴方の周りにいるんだから」
「―――西院島さん…?」
「何だ、ツナ。何か悩み事あんのか?」
「え?」

 覗きこんできたディーノは、眉間に少し皺を寄せている。

「あ、いや…えっと…―――」
「恋のお悩みなら、オレでもレクチャー出来ますよ」

 さっと横に入ってきたランボは、いつものように片目を閉じて小さく笑んでいた。

「若きボンゴレよりも、経験ありますからね」

 ―――負けてる! 何か、男として負けてるのが分かる!!

 確かに、未来のランボの方が現在の綱吉より恋愛経験が豊富そうだ。顔だってイケてるし、何よりフェロモンが勝っている。
 一年年上なのに。
 そして、5歳の頃はあんなにウザかったのに…―――いや、現在進行形だ。何処で見違えたんだ、ランボ!

 未だに笹川京子に恋愛対象として見てもらえていない綱吉は心を涙で溢れさせるしかなかった。
 ふふふ、とその様子を見守っていた西院島はお嬢様らしく口元に手を添えた。

「ところでお三方。『いつひとさん』というお話はご存知かしら?」


 ――― ?!


 ぎょっとする綱吉を余所に、ランボとディーノはきょとんとした顔で西院島へと振り返った。
 彼女は返答を待っているように、ニコニコと笑っているだけ。

 綱吉は、そこではっとした。

 雲雀と、何かしら関係のある西院島。
 よく考えてみれば…―――現在『失踪中』の富永正男と知識優(ちしきすぐる)も『関係』があったのだ。

 この状態で、彼女が切り出した『いつひとさん』。

 ―――も、しかして…。

 襲ってきた怖気に心臓が激しく早鐘を打ち始めるのを、綱吉は再び耳元で聞き取った。

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