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道物語り
出遭い
 漸く財布を見つけて戻ってきたディーノには悪かったが、ランボも泣き止み全員ケーキを食べ終えてしまったので丁度店から出てくる所で出くわした。落とした財布が盗まれることはなかったが、残念ながら服の汚れは酷くなっていた。運の良いも悪いも相殺されているような姿だ。
 弟子である雲雀とは違って優しい西院島はそんなディーノの頬に付いた汚れをハンカチで拭き取ってくれた。
 「流石ヤマトナデシコ!」と褒めた彼に追い打ちをかけるように、雲雀は先程の手口で西院島に後ろを向かせ、ディーノを殴り飛ばした。
 相変わらず、西院島は雲雀が騙したという事実、及び、背後で起きている事態には気づかないようだ。
 ディーノよりはずっこけないと自負している綱吉と、ランボがプリンとキープしたケーキを2箱ずつ。流石に、綱吉がそんなに要らないとキープされていた残り5箱は遠慮した。
 並盛商店街は人が多いにもかかわらず、雲雀が居るだけで閑散する。

「雲雀様、所有物さんとお話ししても良いですか?」

 ―――あれ? オレの名前、所有物?!

「…良いけど。詮索されても余計なことは言わないでよ」
「分かってます」
「それと、様付けは止めなよ」

 きょとんと首を傾げた彼女に、雲雀は憮然としている。

「君はもう結解(けっけ)の人間ではないんだから、様付けなんてしなくていい。されると反吐が出る。名前で呼ばれるよりはマシだけど」

 西院島は、しばし沈黙してから笑みを浮かべた。

「雲雀様は本当に雲雀様ね…―――でも、様では駄目なのですか? 私は違う意味で『様』を付けているつもりです」
「それでも『音』が同じだからね。どんなに込めているもが違っても、意味は変わらない。やはり好かないよ」
「そうですか…では、せめて「さん」にしますね、雲雀さん。そうだわ。久々ですし、今晩はご一緒しませんか?」

 殴られて戻ってきたディーノは綱吉にこっそりと耳打ちした。

「そういえば、雲雀って良い所の坊ちゃんなのか?」
「う〜ん…―――それなりに良い家柄だとは思うんですけど…―――色々事情があるみたいで…」

 テスト前に見せた神谷に対する態度。彼の家柄が高位にあることを示しているように思えた。
 でも、育ての親。反抗期にしては随分嫌っている。

「皆さん」

 聞こえて来た声に顔を向ければ、西院島がにっこりと笑っている。

「西院島さん。雲雀さんとは…?」
「ふふふ。振られちゃったわ。それでだけど、皆さんはお名前をなんて言うのかしら? 私は西院島直要よ」
「申し遅れました、レディ。オレはディーノって言います」

 軽く会釈して、ディーノは爽やかに笑った。

「オレはランボって言います」
「オ、オレは沢田綱吉です」

 ランボに続いて綱吉も名乗る。
 あらあら、と西院島は笑った。

「ディーノさんとランボ君は外人さんかしら? 日本語がお上手なのね」
「そうだぜ。イタリア出身だ」
「オレは5歳から日本に居るので、どっちかと言うとイタリア語の方が話せないかもしれません」
「そうなの? でも5歳からこっちに居るなんて、両親のどちらかが日本人なのかしら?」
「いいえ。オレが単独でリボーンを…―――」
「ちょっと、待ったランボー! それ以上はストップね!」

 マフィアのボスにされそうな状況ではあるが、彼女は一般人だ。雲雀と親しい様子をいくら見せても彼女は一般人である。首を傾げている所に、ディーノはにっこりと笑いかけた。

「ナオイさんは妊婦さんなんだな」
「はい。もうすぐ出産の為に入院するんですよ」
「わぁ! おめでとうございます!」
「ありがとうございます」

 西院島はにっこりと笑う。へぇ、と感心していると、ディーノは「そうだ」と何かを思いつく。

「ナオイさん。結婚生活どんな感じ?」
「そ、それをストレートに聞くんですか、ディーノさ…―――」

 ざわっ。

「?!」

 突然、全身を舐めた寒気に綱吉は腕を擦る。

「若きボンゴレ? どうかしました?」
「うん…い、いや…―――何か、寒気が…」

 ざわざわと首を撫でる寒気に辺りを見回す。
雲雀が居るのに耐えきれず、人気が全く無くなっていた。
 西院島はディーノの問いかけにくるりと背を向けた。
 それに、ディーノは「はっはーん」と笑う。

「ナオイさん、もしかしてアツアツ? 良いねぇ。それなら是非、初めて会った時とかプロポーズの言葉とか聞きてぇなぁ」
「やだ。ディーノさんったら」

 頬に手を当て向き直った西院島を綱吉は見つめた。楽しそうな笑顔の中に、何かが有るように見えた。

「楽しそうですね、西院島さん」
「う、うん…―――」
「あの人ったら、初めて私にあった時は歩道橋で、突然転んだんですよ!」

 ―――そんな出会いなんですか?!

 ディーノは「へー」と流石に苦笑いを満面の笑みで隠す事に専念し始めた。
 しかし、惚気ている西院島はそれから、と手を組み合わせて物思いに耽り始めた。

「そのあと、階段から転げ落ちるものですから私が救急車を呼んで付き添ったのが出会いですね! 本当に、運命ってあるものなんだわ!」
「お見合い…とかじゃないんだな」

 そう問いかけたディーノに、西院島は「えぇ!」とハキハキと目を輝かせた。

「お見合いで何度か男性を紹介されましたけれど、あまり私とは会わない感じがしてたので…」
「西院島さんって、今22ですよね?!」

 出会い頭、見事なドジっぷリを発揮する西院島の夫にビックリしている綱吉に追い打ちをかけるように西院島は答える。

「えぇ。昔から私の家系は両親が選んだ方とお見合いで結婚相手を選ぶしきたりだったの…」

 世界が違うとはこのことか。雲雀と同じ良家の出身のように思えてならない。お見合いなんてものは綱吉の頭の中では、失礼ながら相当歳をとっている男女がするものだと思っていた。歳の差結婚なんて例外は、芸能人とかだけの頭でいた。

「あの人の目が覚めた時に事情を聞きましたら、私に一目惚れしたせいですって! ですが私もまだ16でしたし、その御誘いは家の事情もあってお受けできませんでしたの」
「事情って、しきたりとかの関係で…?」
「はい…―――ですが、私もどうしても彼の事が気になっていて…思い切って雲雀様に打ち明けたら…」

 ―――そ、そこで雲雀さん出てくるんだ?!

 唖然とするしかない男3人組。
 西院島は彼らに背を向けて顔を上向けた。感慨にふけた背中を見せる西院島の目を盗むように、再び、こそっとディーノが綱吉へと耳打ちした。

「きょ、恭弥って本当に何処のボンボンだ?!」
「実は雲雀さんジャパニーズマフィアとか言いませんよね…?! ついでに、西院島さんも…!」

 ディーノに続いて問いかけて来たランボ。
 綱吉も雲雀が『誰かに何かをして感謝されている』という推測に、信じられないと脳内がパニックを起こして真っ白だった。

「オ、オレもよく分かんなくて! りょ、両親が居ないことぐらいしか…」

 ―――って、しまった!!

 慌てて口を塞ぐと、ディーノはさっと顔を青くする。

「ちょ! オレそんなの聞いて…―――」
「待ったー! すみません! 今の内緒です!! 忘れて下さい! そして雲雀さんには言わないで…―――」
「何時の間に…?」

 そう、西院島がぼそりと呟いた。
 「へ?」とヘタレの代表3人組は声を揃えて西院島を見やる。
 西院島は口を閉じて、また辺りを見回す。髪の毛がサラサラと揺れている。その表情は今までと違って険しい。

「どうしたんだ、ナオイさん?」
「え? えぇ…―――」

 西院島は緊張した面持ちで、何度も確認するように辺りを睨めつけた。
 綱吉はただなぶってくる空気に気味悪さを覚える。

 ―――何か、嫌な予感が…。

 今まで緊張した面持ちだった西院島は、困ったように眉根を寄せて首を傾げた。

「私達お話しに夢中になってしまいましたが、雲雀様が何処に行かれたか存じてる方はおりますか?」
「え?」

 綱吉達も改めてきょろきょろと辺りを見回した。
 先程から人気がない商店街だったが、その元凶である雲雀がさえ見つからない。人っ子一人居ない、がらんどうだ。

「雲雀、さん…―――?」

 嫌な予感がする。
 胸がざわつく。

「雲雀さん…?」

 おかしい。
 何で人が『一人も』いないんだ。
 でも、そんな事はさっきからで…―――『さっき』から?

 魂が告げる、『異常』事態。

 そんなの夜でもないのに『有り得ない』。
 それに、夜だってこんなに不気味に静かじゃない。
 そう、『こんなに静かじゃない』。
 秋口だ。せめて、虫が鳴く。
 もっと風の流れだってある。
 こんなに空気は乾いてないし『淀んで』いない。

「雲雀さん…―――っ!」

 綱吉は直感する。





 此処は、『異界』だ。


∞∞∞


 雲雀は花を咲かせて会話を始めた4人に呆れながらも数メートル先を歩いていた。
 目的は勿論、沢田綱吉の母親に接触して事を円滑に運ぶためだ。しかし、異邦人であるディーノが直要にとてつもなく不躾な質問を繰り出した。

「ナオイさん。結婚生活どんな感じ?」

 ―――あの、外人…!

 雲雀は一瞬で殺気だって振り返ると、道行く人間達が顔を真っ青にして遠のいて行く。
 そんな光景を風景の一部として捉える雲雀は目を疑った。

「…―――西院島…?」

 たった今まで話していた。
 たった今まで気配もあった。
 しかし、雲雀が捉えた視界に4人の姿は『なかった』。

 ぱっと掻き消えて。
 ぱっと消え去った。

 脳内で導き出される結論は、彼には当然の帰結。


 ―――異界に『食われた』…!


「くそっ!!」

 身近にあった電信柱を殴りつけて、抉り取った。

「何でだ?! 何で、僕だけ『弾かれる』!!」

 足元に転がったコンクリートに、周りの人間が小さく悲鳴を上げる。
 雲雀が怒った、と悲鳴のような声が聞こえてくる。

 あぁ、煩い!
 煩い、煩い、煩い!
 見れば分かるだろう、怒ってるのぐらい!
 だったら一々考えないで何処かへ行け!!

 雲雀は再び脳内のデータの引き出しから対応策を選び出す。
 今回の怪異は『影響』型だ。
 よりにもよって『4人丸ごと』連れて行くなんて!

 雲雀は携帯電話を引っ張り出しながら、リダイヤル欄でボタンを下げて行く。

「だから君の呪いは『穴』なんだよ、全く!!」

 不本意で仕方ない。
 嫌で嫌で仕方ない。

 電話を繋げた先に、出てくる人物の声に『助け』を求める事実に、雲雀はただ携帯を握りつぶしてやりたい気分だった。
 単調な電子音が携帯電話へとコールを入れる。受信者を呼び付けて震えているだろう。
 数秒待った後、トゥルル、という呼び出し音は切れた。

《…―――誰だ》
「雲雀恭弥だ」
《んなっ?! 雲雀?! 何で、テメェ…―――!》
「並盛商店街にさっさと来い! 沢田綱吉殺す!!」
《んだと?! 脅しとは良いどきょ―――》

 ぶつ、と電話を切って、雲雀は携帯を睨めつける。

「さっさと来い、駄犬…!」

 『いつひとさん』で馬鹿をやらかした駄犬―――獄寺が、省エネモードで真っ黒く染まった画面にちらりと見えた気がした。

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