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道物語り
怪異と犬
 綱吉は目が覚めると保健室で眠っていた。
 目を覚ますと獄寺の顔がぱぁっと明るくなって、安堵の雄叫びを上げるように自分を「十代目ぇ!」と呼んで手を握った。

「獄寺君…? あれ、オレ…―――」
「学校のゴミ捨て場でゴミ袋の中に居る所、恐れ多くもこのオレが見つけさせていただきました!」

 ―――何ぃー?! ゴミ捨て場に捨てられてたってことか?!

 獄寺は涙もほろろに「見つけられて良かったっす」と綱吉の手を両手で包んだ。

「今日は燃えるごみの日でしたから、丁度ゴミ収集車が来てまして…」


 ―――超、危機的状況だっ!


 つまり、獄寺が見つけてくれなければゴミ収集車と一緒にゴミ捨て場―――否、ゴミ収集車は回収時に車内へ詰め込むのにグルグルと回っている機器がある。あれに巻き込まれて―――なんて物騒な想像で頭の中の自分は見るに堪えない姿になっていた。そんなのはグロテスクな漫画やゲームだけにしてくれ。
 顔を歪めて何があったのか問いかける獄寺に、少し記憶を遡った。

「えっと、確か―――催眠スプレーをかけられて…?」
「なっ?!」

 驚愕に目を見開いたあと、獄寺は椅子を蹴飛ばして床で土下座してしまった。いつもの反応を示す獄寺に、いつものように慌てて対応した。いつものことながら本当に彼の行動にはどぎまぎさせられる。
 獄寺を大人しくさせて、改めて説明を求めることを決断した一瞬、獄寺の首から今まで見たことのないネックレスがぶら下がっているのに綱吉は気づいた。しかし、そのフォルムには見覚えが有った。

「もしかして、神谷さんとは会ったの…?」
「はい。あのカマ野郎にコレを…―――」

 獄寺が言うカマ野郎…―――神谷忍は雲雀の育ての親にして、怪異の理解者だ。並盛神社で神主をしていて、怪異関係でお世話になる。カマ野郎の理由は間違いなく中性的な顔と仕事以外は絹のような黒い長髪を結わずにいるためだ。
 獄寺は制服の胸元から引っ張り出す。こちらも、金の円盤の中心にあいた穴に水晶が嵌めこまれている。しかし間近で見るのは初めてで、それには漢字や干支、丸を線でつないだような形、その他にも色々書き込まれていた。まるで阿倍清明が使っていたとされる羅針盤をそのまま刻み込んだような文様が彫り込まれていた。
 きっと、これを笹川了平も身につけているのだろう。

「こんなものがなくっても、十代目の傍には居られるんスけどね。結構格好良いんで使ってやる事にしました」

 これまた上から目線の偉そうな言い方が彼らしい。ふんっ、と少し興奮気味に鼻息を荒く獄寺は漏らした。「この和の雰囲気漂ってるのが…」と語り始める所を見る限り、彼の美的センスとマッチしたようだ。話を上手い具合に切り上げて、綱吉は現状を理解しようとまず綱吉が陥った状況をゆっくり思い出した。

 生徒玄関にやって来た和服のお兄さんが、実は榎本興治で―――。

「榎本!? そうだ、榎本は?!」
「榎本?! あの野郎がどうしたんスか?!」
「あーそうだ! 寝ぼけてる場合じゃないぞ! えぇっと…!」

 焦燥に身体が勝手に動く。身ぶり手ぶりを意味なく加えて、綱吉は自分が陥った現状を説明した。
 校内に入って来た『いつひとさん』―――三枝木寛十郎と名乗った『いつひとさん』が「前の身体は榎本興治」と言い張ったのだ。その途端に催眠ガスをかけられて眠気に負けた、と何とも無様な結末だが獄寺には衝撃が大きかったようだ。ぐっと表情を歪ませ、肩を震わせて俯いた。

「面目ないっす! オレが居ながら…―――!」
「いや、勘違いしたオレが悪いから良いんだけど―――」
「いいえ! 右腕として失格です!」

 腿の上で握られている拳が目に分かるほど震えている。俄かに滲み出て来た赤に、今度は綱吉が目を見開く。

「獄寺君! 強く握り過ぎ! 血が…―――!」
「大丈夫っす…すみません…―――」
「大丈夫とかそんな問題じゃ―――」

 獄寺の手当てにと片足をベッドから出す。


「すみません…。十代目…―――」


 そう、獄寺は声を押し殺して謝った。

「オレ、浮かれ過ぎてたみたいっす…漸く、あいつらに『追い付けた』気がして…―――」
「獄寺君…?」

 獄寺は顔を上げることなく、ただ俯いていた。

「芝生も視えるようになって、野球馬鹿は前から少しだけど視えるって…―――聞いた時、正直焦ってたんです…十代目は何時だって渦中に居るのに、自分だけは蚊帳の外の、更に外に居るみたいで…」

 確かに、何時だって傍に居たいと言ってくれる彼は、綱吉を十代目と慕い、守ると誓ってくれている。きっと誰よりもその『要らない現実』に劣等感を抱いていたのだろう。
 それは、よく分かっている。
 彼の『いつひとさん(怪異)』と対峙して―――彼の『いつひとさん(心)』と面と向かって知った。
 綱吉にしてみれば要らないモノだ。出来れば仲間達にそんな特殊能力は持っていてほしくはない。しかし、彼はそれが歯痒くて仕方なかった。どんな時でも、どんな場所でも、獄寺隼人と言う人間は沢田綱吉という人間を守りたいのだ。それが戦争のど真ん中だろうと、血の海だろうと、はたまた怪異の中であろうとも。
 しかし、『そんな事』は。

「でも、それは―――」
「分かってます」

 獄寺は言いきって、苦笑する。

「十代目が『怪異』に関わっちゃいけない言ってくれることも、それが事実であることも、分かってます…―――『オレ自身』を呼び出して、『よく分かりました』…」
「だっ! だったら!」
「ですが! それでは『十代目はどうなさる』んですか?!」
「オレ…?」

 突然切り出された内容に、綱吉は虚をつかれた。
悔しさが獄寺の表情を苦々しく染めている。

「何時だって十代目は『怪異』に向かって行かれるじゃないですか…! おこがましいとは思いますが、そんな時、誰が十代目をお守りするんですか?!」
「え…。あ、え……?」

 真っ白になった頭へ、獄寺は険しい顔で語りかける。

「十代目…今まで『怪異』に遭って来て『まともに』帰って来たことなんて一度もないじゃないですか…!」

 うぅんと、と記憶を掘り下げる。
 初めて遭遇した神隠し。痣を残しただけではなく、呪いと呼ばれる『穴』まで貰って帰って来た。いやいや、それのせいで全ての事が起きている。
 二度目の遭遇、人形探し…―――遭遇当初は鬱血し、爪が剥がれていることに気づいていなかったか。途中で気を失って波釜弘介とも接触したか。
 三度目はあれだ…―――『いつひとさん』。表立った殺気を向けられた。『いつひとさん』とは逢う度戦闘になり、あまつ獄寺の『いつひとさん』には首を絞めかけられて病院送りだった。

 まったくもって獄寺の言う通りではないか。だからと言って「その通りだね」と認めてしまえば付いて来るに違いない…―――否、もう付いて来る気でいるだろう。

 それは避けたい。あれは、理屈じゃなく、思想に構わず、誇りに『かけず』関わってはいけないものだ。

「あ、いや…ほら、さ。オレはこの通りピンピンしてるから…」

 現状、綱吉は五体満足であるという事実が言い訳になるはずもなく。

「今まではそれで上手くいっても、次は大丈夫とは限りません! 六道の奴が良い実例です!」

 今までの結果オーライで事無きを得ていたが六道骸は窮地だった。当本人は大丈夫だと否定するだろうが、それは紛れもない事実だ。果たして、そんな状態が今後、綱吉にないと言いきれるだろうか。
当然皆無だ。綱吉自身より、知性、体術、実力、全てを上回る幻術師が敗北を喫したのだ。

 不味いぞ。これは獄寺に言いくるめられるパターン―――否、彼の誠実さに負けてしまう悪い流れだ。
 さっと引いた血の気に、綱吉の口から今までにないほど無責任な言葉が飛び出す。


「大丈夫だよ、雲雀さん居るから」


 隠そうともせず、濁らせることもなく、とてつもなくストレートに、素直に出てしまった。


 ―――しまった!


 後悔は具現し獄寺は案の定絶望したように椅子から転げ落ちた。
 確かに雲雀は理解者であり、体験者であり、解決の糸口を持って頼りになる。しかし、彼の力ばかり借りていてはいけない。そうは思っていてもやっぱり彼に頼ってしまう。頼らざるおえない状況が多い。そう本心では思っていても、それを発するのは…―――卑怯だ。
 その後、獄寺を宥めた。その途中で、血相を変えた雲雀が飛び込んで来た序に顔面を殴りつけて保健室の窓を綱吉は頭で割ったのだ。何故かその後、散々怒りをぶつけられて保健室という身体を癒す場で逆に傷だらけになったのだった。

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あきゅろす。
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