◇最低辺の魔王討伐物語
プロローグ 〜2〜
「なんッッッでだぁぁ!!!」
とある町で、青年の悲痛な叫びが響く。
「お前…、ホントに弱ぇなぁ、ジャンケン。」
「じゃんけんでも最弱とか、逆にすげえ!」
「え、でも今ケイトが負けたってことは、ケイトが勇者?」
「おおっ、最弱ヘタレ勇者誕生っつーことか!」
頭を押さえてしゃがみ込んだケイトをまったく気にせず、好き勝手会話する他の青年達。
そして彼らを少し涙眼で睨むケイト。
「………あれ?なんで誰も慰めてくれないの?せめてさ、『ドンマイ☆(☆が重要だよ!)』くらい言って貰ってもいい状況にいると思うんだけど、オレ」
「はぁ?んなわけねぇじゃん、だって“勇者”になんだろ?名誉なことじゃねぇか」
(ヤッタ、やっと話しかけてくれた!!)
ケイトは内心喜んだが、内容が内容だったのでここぞとばかりに言い募った。
「だったらシカに譲ってやるよ“勇者”サマのお役目。いやむしろ貰ってください!」
「俺はパス。なんたって恋人ができたばっかだしな。あの娘を置いては行けねぇよ」
「へぇー恋人が……はぁ!?こここ、恋人だとぉ!誰に?お、オレに!?」
ゴスッ
「ぐはッッ」
「てめぇじゃねぇよ俺にだよ」
人って本気で怒ると笑顔になんだな。あんな満面の笑みで顔面を殴られたの初めてだよ…
後にケイトはそう語った。
「でも、でもさシカ?確か“勇者”って、“魔術師”と一緒じゃないとダメじゃなかったっけ」
「……そういえばそうだな」
「ってことは旅に出れないってこと!?うわーそれは残念だぁー!」
「目を輝かせて言ってんじゃねぇよ…」
その時、声がじゃんけん大会の会場に響いた!
「ふぉっふぉっふぉっ!その心配はご無用じゃっ」
「その声は!!(ってよく言うけど実際に分かる人っているのかな、ホントに特徴的じゃないと分かんないよね。独特のしゃべり方だったり声が高すぎたり低すぎたりしないと分っかんないって。それにもしも人間違いだったら超ハズいじゃん。間違えた時『……あ、すいません間違えました』って言えるか?白い眼で見られる覚悟を事前に持って言えるか?でもそれを考えるとサ○シってスゴいよな…。ポ○モンの〇ケット団だってそんなに分かりやすい感じじゃないのに。『ハーハッハッ!』みたいな?毎回毎回『その声は!!』って言ってあげるなんて……良い子だ良い子。オレだったら3回目で飽きて絶対無視するわ。そんでシカだったら『どちら様ですか?』とか真顔で訊くね)」
ゴンッ
ドガッ
「ぐ、痛ッッてぇー!!なんで殴んだよ町長!あとテメェも何蹴って来てんだシカぁ!!本日二回目の暴力だぞ!?」
町長はケイトを殴った杖を彼の目の前に突きつけた。
「そなた、括弧の中身全部さらけ出しておるぞ。それにわしのしゃべり方は特徴的じゃろ?今時こんな口調なのはわしだけじゃろうて」
シカも文句ありげに話す。
「『シカだったら』ってお前、俺をなんだと思ってんだ。んなこと言わねぇよ。俺ならそいつを見る前にそいつの特徴を言えるだけ言って名前も呼んで。そして最後に『来ると思っていましたよ、お茶とお茶菓子も用意しておきました。紅茶と緑茶、どちらがよろしいですか?』って言ってやるよ」
「…おおぅ…」
凄まじい皮肉の嵐だ……。
オレが言われたらまず土下座する。
「あと町長。町長の“口調”が特徴なんじゃなくて、“その年齢と性別でその口調”ってのが特徴的なんですよ」
「ふんっ、なんじゃシカ、わしの年と性別でこの口調だとおかしいかの?」
「だって町長、まだ12だし女の子じゃないですか」
ゴンッ
「痛ッ!な、なんでオレ!?」
「わしゃもう大人の女じゃ!!文句は言わせんぞ!」
「文句って訳じゃないですけど……はいはい、分かりましたよ“町長”サマ。そんな眼で見ないで下さい。でもそのしゃべり方はどうにかなりませんか?町長は確かに“町長”ですけど、それ以前に“女の子”なんですから」
幼いながらも、町のリーダーとしてその役目を果たそうとする彼女の頭に手を置いてポンポン、とするシカ。
町長は少しふてくされた顔をしたが、わずかに表情を緩めている。
そして、赤くなるその頬の意味は――。
「………なーんかイイ雰囲気のところ悪いけどさ、お二人さん。というかシカ。お前恋人できたんだろ?それ浮気に入んねーの?」
「はぁ?何言ってんだケイト。8つも年下な女の子だぞ?対象にすら入んねぇよ」
町長にとって最も残酷なことを言われたが、彼女はさらにショックな単語を聞いてしまい瞠目する。
「………こ…、こい、……びと…?」
「ん?……あ、そういや町長にはまだ言ってなかったっけ。まぁ別に言う必要も無いんだけどな。それで、なんとこの俺に恋人ができました」
あらためて言うとちょいハズいな、と言っているシカには見えていないのだろうか。町長の大きく見開かれた瞳が絶望に彩られる様が。
「こ、ここここ恋ぃ人だとぉぉお!?そな、そそそなたいいついつのま間に!」
「いや、町長どもり過ぎだろ」
「五月蝿いそなたは黙っておれっ!何故じゃ!何故なんじゃあ!!」
ガシッとシカの胸ぐらを掴む町長。
自分の身体を前後に揺らす少女の瞳に涙が浮かんでいるのを見て、悔しがっているのだと妙な勘違いをしたシカは自慢気に経緯を語った。
「ああ、なんかさ、じゃんけん大会で俺勝ったじゃん。だから“勇者”になって町を出なくてもよくなっただろ?『離れるのが辛くなるから』って告白できなかったらしいんだけど、今じゃノープログレムってことで。告白してきてくれた女の子がいたんだよー(今さっき)。いやーそれにしても思慮深い娘で――」
「――そんなことより!!!」
町長にはシカの惚気よりも(むしろまったく聞きたくないが)他に聞きだいことがあった。
彼女にとって、今最も重要で必要で希望になり得るモノだった。
「その娘――、歳は…?」
それは、シカの恋人の年齢についてを尋ねる質問。
8という年の差ゆえに全く意識されない町長だか、その“恋人”さんの年齢によって自分がアウトかセーフかが決まる。
「………え?あ、ああ年齢ね。年、齢か…」
「さっさと答えんか!」
「いや、大人っぽいからもう少しいってると思ったんだが、……15だそうだ」
反応は二者二様。
「…な、なんと、わしと3つしか違わなんだ!」
「…はぁ!?ちょい待てお前オレと同じ20だろ!?ってことは5つも下の娘をたぶらかしたのか!」
瞳を希望に輝かせ、笑みを浮かべる者。
空気と一体化していたけれど、驚きの真実に声を上げる者。
「人聞きの悪いこと言うんじゃねェ!てか町長!!そんで何が心配無用なんだ!?」
焦りを顔に浮かべたシカは、話を戻そうと大きな声で言った。
そして待つこと数十秒。
「……………ああっ、そうじゃったそうじゃった!忘れておったわい」
「……えっと…なぁシカ、なんの話だっけ?(小声)」
「…こォんの、あんぽんたんがぁ!!」
ヒゥッ
グサッ
「うぉっ、とと…え、ナイフ?ちょシカ!危ねぇじゃねぇか!今のはマジで死ぬ確率高かったぞ!?かなりの高確率でオレの心臓に突き刺さってたぞ!?てかお前ナイフなんか隠し持ってたのか!!」
「チッ、外したか……。ああ悪ィ悪ィ、手が滑っちまってな☆」
「シカくん…ボクにはキミが恐ろしくて仕方ないよ…」
「おお、お褒めの言葉ありがとう。俺は今の言葉を一生涯忘れねぇぜ」
「イエイエ、ドウイタシマシテ。ムシロサッサトワスレテクダサイ」
こいつ一回言った悪口はどんな些細でもマジで覚えてるからな…。
「こほっほん。こっほほん」
「変な咳払いだな」
「ヘタクソは余計じゃクソケイトぉ!!」
「ヘタクソてまで言ってねェし!オレの扱い雑過ぎじゃね!?」
「黙れ阿呆め!話が進まんではないか!」
「ああもう…町長、そのへんにしましょ」
「ぐっ、いっでぇ…まじで、ざつ…」
仕方なくシカが町長を宥めつつ、ケイトの脛に蹴りをいれ筋を戻す。
「ふんっ、分かっておるわ。………で、この町に居ない“魔術師”のことじゃが。」
「あー、そんな話だっけ?えっと…ああ!“魔術師”が居ないんだから“勇者”も旅に出れないってことで、オレもこの町に残るって話だったな!!」
「いや、そこまで進んでなかったぞ。町長が話すことを聞いてから、お前が残るかどうかが決まるんだ」
「ふっ、流石じゃのう、シカ」
「いえ、そんなことはまったくありません。ただこいつが、最低辺の人間ってだけです。だからこんなやつと比べられるのは至極不愉快ですね」
「…なぁシカ?オレお前と親友だと思ってたんだけど、もしかして違かったの…?オレの一方的な愛情だったの…?」
「……さぁ?とうだったんだろうな」
「ひどいっ!ワタシとのことは遊びだったのね!恨む、恨むわ。ワタシはアナタを許さない!!」
「気色悪ィ」
「………泣いてもいいですか」
ケイトは地面にのの字を書きだした。
幼なじみの情けない姿を見てため息を吐いたシカだが、今日二度目になる質問を町長にした。
「それで、町長。“何が”心配無用なんです?」
「そりゃあ決まっておろう、“魔術師”についてじゃ。実は今この町に、旅をしているらしい魔術師が来ておっての。しかも丁度良いことに魔王討伐に行くために“勇者”を探しておるそうじゃ。だから『この町の勇者を連れて行けば良いではないか?』と訊いたら、OKが出たのじゃよ」
町長はどこから出したのか、ケイトの旅行用カバンを本人に押し付けた。
そして爆弾を投下。
「しかしなぁ、その魔術師は今日出立すると言っておっての…いくら説得しても折れなんだ。という訳でケイト。そなたもその魔術師と共に今日出発じゃ!」
「……速っ!!展開速過ぎだろ!?ちょ、オレまだ町のみんなに別れを言って――」
「そんなことをしておる暇などありはしない!ほれ、カバンの中には一通り必要なもんを入れておいてやったわ。さっさと行くがよい、町の西門からじゃぞ」
「た、淡白!淡白過ぎるよ町長さん!!そそそそれにシカにだってなんにも言ってないし――」
「行って来い。お前なら大丈夫だ。なんたってGなみの生命力があるからな、殺されても死なねぇだろ」
「矛盾してるよシカさんンンン!『殺されても死なない』ってどんだけー!?って古っ!!オレのギャグ超古いな!」
ケイト大混乱。
自分が何を言っているかも分かっていないだろう。
「ま、マジでオレが行くの!!?ムリムリ絶対ムリ!!」
「なあケイト。俺さ、お前と一緒に居られて楽しかったぜ」
妙に深刻そうな顔をしてシカは語り出した。
「………は?何言ってんの?お前はオレに何死亡フラグを立てようとしてんの?なんかこれ聞くと帰って来れない感じのなんだけど。死亡フラグ確実に立ったんだけど。え、大丈夫か?」
「お前と居るとろくなことにはなんねぇけど、まあ楽しかった!町にある全部の家をピンポンダッシュして逃げ回ったり、秘密基地だっつって町長室に変な落書きしたり、町の影があるとこ以外を踏んだらドボンとか言って外歩く時は影ん中に居たり、売り物のマシュマロを袋ん中で潰したり。そういや、マシュマロ潰しは世界征服の第一歩だ!ってお前、言ってたっけ…あれだけは、どう考えても理解できなかった。すまねぇな……」
「昔はオレも若かったのよ…」
ほんっっっとにろくなことしてねぇな自分…。
というか、シカが『マシュマロ潰しDE世界征服』を理解できるんだったらオレは今すぐ出家して坊主になる。
妙な心境に陥っているケイトを無視してシカは続ける。
「確かにケイト、お前はどうしょもねぇアホだ。それに最弱でヘタレで、ピーマンであると同時にナッツだ。つまり弱っちい上に頭ん中すっからかんって意味。無謀無計画無鉄砲、と悪いところはたっっくさん見つかる。でも同じくらい良いところも(きっとたぶん希望系で)存在してるんだ。それを忘れるな」
「…シカ……(何か含みを感じたけど嬉しい)」
「まぁ、ちゃんと帰って来いよってことだ」
はにかんでそう言った親友の心の暖かさを感じて、やっと自分がすべきことを受け入れられた。
「ああ、絶対、帰って来る。そしたらまた、さ。マシュマロ潰しでもやろうな」
「いや、マシュマロ潰しはちょっと…」
……そんなこったろうと思ったさ!
そうだよな!
オレだってふざけて言っただけだし!
これっぽっちも残念なんて思ってねぇし!
裏切り者だなんて責めてねぇし!
「まぁ影踏みくらいなら付き合うぜ」
……オレはほんっっとにバカだけど、シカはほんっっっと良いヤツだ!!
そうしてケイトは町の人々や幼なじみに大した別れを告げる間もなく、魔術師が待っているであろう西門に向かって歩いて行った。
これがこの青年――ケイトの人生を変えたのは、まず間違い無い。
そしてこれからも、魔術師と出会ったことで彼は波乱万丈な一生を送ることになるだろう。
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