やっと、また逢えたね。(小平太夢) ※死ネタ 泣かせて。みやび。 そう言って私は大きな桜の木の下にドッと腰掛けた。腕も脚も身体中が重たくて痛い。額の汗を拭う掌は、乾いた血でベトベトだった。そして、もう片方の手で押さえている腹には、乾ききらず止めどなく流れる血液がじくじくとなっていた。 苦しい。吐く息は荒く、自分がこれからどうなるかはもう解っていた。死ぬことは、怖くはない。寧ろ、先に旅立ったみやびを想えば、安堵すら覚える。嗚呼、私もようやっと再び彼女に会えるのだ・・・。 「はあ、っ、みやび、漸く私も、そちらにいけそうだ。」 私はみやびと、この桜の木の下で約束をした。例えどちらが先に旅立ったとしても。決して直ぐに後を追いかけてはならぬ。自分の生を正しく全うしてから、再びまみえようと。 みやびと離れて、どれだけの月日を過ごしただろうか。もう、私にはわからない。だけれど、ただこの幾年かを君との思い出だけで過ごしたのは、なかなか寂しい日もあった。やはり、私は、君と供に生きていたいと、思うよ。 私がぼんやりとそう考えていると、ポツリポツリと雨が降ってきた。それは桜を小さく揺らし、私の頬を冷たく濡らす。 「君も、泣いているのか。・・・ふふっ、意外に泣き虫だったものなあ。これだけ待たせたのだから、仕方ないね」 太い幹に預けた背に、木の温もりを感じながら、私は静かに雨音を聞いていた。確か、みやびと出会ったのも。こんな柔らかな雨が降った春の日だった。 みやびは今の私の様に桜の木の下にいて、雨宿りをしていたんだ。けれど桜の間からすり抜ける雨粒に困っていて、其処をお使いでたまたま私が通ったんだ。 少し雨に濡れたみやびの姿は、儚く透き通るように美しくて、私は初めて見た彼女に正しく一目惚れした。 "傘をお忘れで?" "ええ、雨が降るとは露知らず・・・" "なら、これを使って下さい" "でも、それでは貴方が濡れてしまいますよ。" "かまいません。私は身体が丈夫ですから!" "そうは言っても、雨を冷たく感じるのは皆同じです。受け取るわけにはまいりませんわ" "ふむ・・・なら、これでどうです?" "え?" 私は考えて、彼女を自分の傘の中に入れた。みやびは驚いた様に目をぱちくりさせて、私を見上げる。 "これならばどちらも濡れません!いい考えでしょう!" "・・・ふふっ、可笑しな人。私の様な者にそうまでして下さるなんて・・・" "貴女が風邪を引くのが嫌だったんですよ" 私が顔を覗き込めば、みやびは途端に真っ赤になって直ぐに視線をおよがせた。そんな私と彼女が恋仲になるには、そう時間は長くかからなかった。 今でもこんなに色鮮やかに君の事が思い出せる。みやびの声も仕草も香りでさえも鮮明なままさ。だけれど、胸が満たされないのは、この頬を伝う雨の雫が知っている。この雨粒は、果たして私のものかな。いや、君の流す涙によく似ているね。 「おや、みやび・・・?」 ふと、微睡む私の前には懐かしい彼女の姿があった。暖かい陽射しを背にして、みやびに良く似合っていた藤色の着物を揺らがせている。 "小平太" あの鈴の音のような声がした。私の名を確かに呼んだ。 「みやび・・・」 私が思わず体を動かせば、先程まではあれだけ痛くて重かった身も嘘のように軽く、彼女の元へと進むことが出来た。もう少しでみやびに辿り着こうかとした隙間に、私は一瞬だけ後ろを振り向く。 はて、其処には桜の木の下に腰を下ろした男がいた。彼は雨雲が去った後の柔らかな陽の光に照らされながら、どうやら眠っているように見える。 やっと、また逢えたね。(久しぶりに抱き締めた彼女のあたたかさに、私は静かに目を閉じるのだった。) [もどる][すすむ] |