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貴方という存在・1(竹久々)



「紫の蝶々、紫の蝶々…っと…」


シトシトと細かい雨が降る中、俺達は山の中に足を踏み入れていた。緑に生い茂る裏山は何処と無く肌寒い。

「おおーいっ!ジョセフィーヌ〜!フリードリヒー!!リンダ〜!!!」

半刻程前、3年の伊賀崎が慌てて5年長屋に現れ、毎度のごとく逃げ出した生物を探すべく、八が委員会に呼ばれた。どうやら毒蝶の家族が一斉に逃げ出したらしい。陽が傾きかけていたので、八と一緒に部屋にいた俺と三郎と雷蔵も駆り出されたわけだ。

「あ。雷蔵、いた?」
「ううん、ちっとも…兵助は?」
「俺も駄目だった。」
「おーいっ、雷蔵、兵助」
「三郎、」
「1匹見付けたぞ。八どこにいる?」
「八なら、さっき其処から声が…」

先程から南蛮じみた名を叫び続ける声の方を向けばガサガサと草が音を立て、八が姿を表した。
虫籠には既に何匹かの蝶々がいる(八は4匹も捕まえたのか!)

「丁度いい所に、」
「お。三郎!捕まえてくれたのか!!!」
「ああ、あっちの花畑にいたぞ。ほいっ」
「有難うな!!ほらっおいで。リンダ、」

リンダと呼ばれた蝶々(俺では見分けがつかない)は一度旋回してから大人しく八の指先に止まり、八はそっと虫籠の中にリンダを収めた。

「八、あと何匹いないの?」
「ジョセフィーヌとフリードリヒの2匹だ。」
「2匹ねえ…雨が少し強くなってきたし、何処かで羽休めしているかもしれないな。」
「リンダも羽休めしてたのか?」
「いや、そいつはクルクル花畑で回ってた。」

三郎が両手をぱたつかせながら話していると、今度は横の草むらがガサリと音を立てた。

「竹谷先輩っ!」
「孫兵、どうした?見付けたのか?」
「はいっ!」

走ってきたのだろうか、伊賀崎は心なしか頬を赤く染めながら囲うように合わせていた両手を八に近づけて、開いて見せる。

「ジュンコと一緒にジョセフィーヌを見つけました!」
「そうか。偉いぞ、孫兵!」
「は…、はい…」

八は先程のリンダと同じようにジョセフィーヌを籠に入れてから伊賀崎の頭をワシワシと撫でつけた。伊賀崎はまたも頬を赤く染めるが、今度のそれは走ってきたせいではないのだろう。
(………っ)
何だか、少し、胸が痛い。

「…?兵助、?どうかしたか?」
「いっいや、何でもない…」
「先輩、あと足りないのは1匹ですか?」
「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、…うん、あと足りないのはフリードリヒだけだ。」
「仕方ない、また手分けして探そう。」
「悪いな、皆」

八が苦笑いを浮かべ申し訳なさそうだったが、俺達にしたら、もうこの手伝い自体何回目か分からない程なのだ。だけれどこの男はいつだってこんな風に変わらない。八は、優しい。

「気にしないで、八だって一所懸命なんだから。僕達も手伝えることを手伝うよ!」
「後で夕飯、八の奢りな」
「あ。俺、冷奴付きにして欲しい!」
「お前らなあ…」

呆れながらも微笑みを絶やさない。そんな八が、俺達は大切で。大好きなんだ。
(そう、俺は、八が、…)

「…ん?」

ふと、俺の視線の先にひらひらと舞う、紫が見えた。。少し遅れて隣にいた雷蔵もそれに気付く。

「あ、フリードリヒっ!」
「「「え?」」」

シュタタタタッ!

しかし俺はその雷蔵の言葉より早く、蝶々めがけて走り出していた。
何故だかは、自分にもよく解らない。

(蝶々、紫の、八の、ちょうちょ…!)

ポツリポツリと降る雨が頬を滑るが気にする余裕も心もない。

「 ! 待てっ!兵助!其処は…!」

少し遠くで八の声が聞こえた気がする。だが、俺はかまわずにぐんぐんと蝶に近づき。両の手を目一杯に開き、


ぱふっ


見事フリードリヒをこの手に収めた。

「やった!…!!!」



が、


ふわ、り


突然の、浮遊感。



(……え……、………?)



声も、あがらない。



目の前に広がるのは、急斜面の、緑、緑、緑。


(………あ、あああ、あ!あ)


そこは山の斜面になった崖で、横に生えた木が鬱蒼と繁っている場所だ。この場所から下まではかなりの高さがある。俺の頭が危険信号を激しく鳴らすが、もう、遅かった。






落ち、て、い く








(嗚呼、八、ごめん。俺何してるんだ。こんな所で、死ぬなんて、俺…!)



「なっ!おいっ!!八!」
「駄目だ!待って!八!!」
「先輩っ!!!!」







ガシッ!!!


うぉおおおおおっ!!!!!!!!


ブォンッ!!!!!




「えっ――――うっ!」

強く体を引かれたと思った次の瞬間、ズザザザッ!!ドサリ、俺の体は地面を擦っていた。

「痛っ……――――っ」
「兵助っ!」
「ら…いぞ。何、何が、」
「雷蔵!此方は任せた!!」
「わかってる!」
「え。八は、八、八…八?」

体を引かれた瞬間、グルリと入れ替わるような感覚がした。遠心力というやつか。何か、しらないが。
まさか、まさか、まさか、

「嘘…っ嘘嘘嘘嘘嘘嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああっ…!!!!!!!」

八が、俺を助けるために、俺を引き寄せたかわりに、崖の下に




落 ち 、 た ?




俺は這いつくばりながら崖に手を伸ばしにかかるが、それを雷蔵は止めようと必死に押さえつけにかかる。

「っ!兵助!!!駄目だ!君までッ!!!」
「離せ!離してくれ!!八が、八が!!!はちっ…っ!」
「兵助ッ!」
「………っ………うぅっ…うあ…だっ…って……はち、…はち…っ……」
「よく聞いて、兵助。その気持ちは君だけではないんだ。僕だって、そう」
「雷蔵…」

ギュウ、と雷蔵は震える拳を強く握りしめていた。

「伊賀崎君が学園に知らせに、そして三郎が八を探しに行ったんだ。…きっと、大丈夫。それを僕らが信じなくて誰が信じるのさ、ね?兵助。」
「……ああ、」

俺は一度、静かに目を閉じる。


(八、…どうか。無事でいてくれ。)


手放していた紫の羽が、降りしきる雨の中で弱々しく地に息づいていた。









貴方という存在・1

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あきゅろす。
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