sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
パティシエ見習い
吉岡 翔 19歳。
ただ今製菓専門学校二年生です。
田舎町から毎日愛車のモンキーをかっ飛ばして、あの思い出のホテルのある街まで通っている。
本当は東京にも憧れた。有名校も多いし、周りは有名なパティスリーがひしめき合ってるしそりゃあ夢のような場所だもの。
でもただでさえ金が掛かる専門学校。母さんが「一人暮らしなんて父さんの安月給じゃ無理。家から通える所限定で受けろ」と言ったので、ものすごく狭い選択肢の中から選んだのがここなのだ。
まぁ俺の就職の第一志望はあのホテルなので、同じ街の中にあるわけだし過去に就職した卒業生もいるから可能性はあると思う。
どちらかというと問題なのは、そのホテルが俺の想像以上に名門だったということだ。
フランスの大手リゾートホテルで、外資系ということで給料も高いらしく競争率はものすごく高い。しかも製菓部門は毎年コンテストの受賞者を出すほど有名で実力者が多数いるため、新卒が入社できる枠はほんの僅かなのだそうだ。
ちなみに俺が昔出会ったおじさんは、現在シェフパティシエなのだそう。あ、シェフパティシエはパティシエの中で一番偉い人ね。お兄さんは名前を知らないので、今もホテルにいるのかどうか不明。会えたらいいんだけどね。
ホテルの一次面接は夏にあるのだが、それまでに実力を少しでもつけるため絶賛勉強中なのだ。
さて、この学校は勉強の一貫で様々な先生達が講習会をしてくれるのだが、今日はみんなそわそわして落ち着かない。
もちろん俺もだが。
なぜなら超スペシャルゲストが自分のレシピを使って講習会をしてくれちゃうからだ。
そのスペシャルゲストとは今、若手パティシエの中でも群を抜いて有名な緒方尊(おがた たける)さんだ。なんなら様付けでもいい位だ。
どう有名なのかというと、まだ28という若さでありながら、あらゆる賞を総なめにして、三年前に自分の店を持つなり生産が追いつかないほどの人気ぶりだ。
そして何より見た目がイケメンなのだ。少し茶色い髪を無造作にセットし、ワイルドな見た目に高い身長。しかも細マッチョ。コックコートさえもかっこいいとか反則だと思う。
それに実力がともなっているから、男も憧れちゃうのだ。
今日はそんな緒方様が来るということでみんな気合いが入っている。主に女子が、だけど。
クラスのマドンナ、ゆうかちゃんまでもがいつもよりメイクに気合いが感じられる。
くぅ、ゆうかちゃんもファンなのか。そうかそうか。
「うえーん、みーたん慰めて!」
思わず前の席に座る親友にしがみついた。
「キモい呼び方するんじゃねーよ、バカ」
「じゃあ水無瀬様、世の中のイケメンを滅ぼして頂いてもよろしいでしょうか」
「よろしくないだろうな。少なくともお前のお気に入りのゆうかちゃんに嫌われることは確実だ」
「くう。でもアタシ悔しいの。世の中結局イケメンで実力のある人間がモテるという事実が。なのに自分もちょっぴり憧れている所がまた悲しい」
「それは仕方が無い。あの人に憧れないやつはいないだろう。そんなお前のバカな所、俺は嫌いじゃないぜ」
「みーたん」
「翔子」
ガシッ、
「そこのバカ共、コントはもう終わりだ。引っ込め」
いつも俺たちの絡み合いに突っ込むのは、担任の平凡メガネくんもとい田中先生だ。
「みんな席に着くように。バカは後ろに立っていてもいいんだがな」
見た目は平凡でまるでの◯太くんの様だがツッコミに関しては非常に鋭い。ジャックナイフの様に。
その田中先生の後に付いて入ってきたのは、言わずもがな緒方様である。
教室の至る所から悲鳴が聴こえる。
やはりイケメン滅べ!と心の中で呟いた。
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