sweet temptation like a box of chocolate<甘い誘惑>
3
翌日、朝から家族で買い物に出掛けた。
自分の住む街にはないようなオシャレな服屋も、名の知れたレストランの料理も上の空だった。
夕方に待つお兄さんとチョコレートケーキが何より楽しみだったから。
母さんの買い物が長くて、ホテルに帰るのが予定よりも遅くなってしまった。夕食はホテルのレストランで食べようかと言われたが、1時間だけ部屋で待ってもらった。
走って昨日の部屋に行ったが誰もいなかった。
まだお兄さんの休憩時間ではないのかなと、しばらく一人で待っていると恰幅のいいおじさんが入ってきた。
「おや、えらく可愛らしいお客さんだな」
「男ですから可愛くはいと思いますが」
「いやいや、昨日あいつが嬉しそうに言っていた子だろう。」
「お兄さんの知り合い?」
「そうそう。やっぱり君がかわい子ちゃんじゃないか」はは、と笑う。
「かわい子ちゃんて」
失礼だな、と口を尖らせているとおじさんが口を開いた。
「ついさっきまでここで君を待っていたんだが、今日作った新作を料理長が持って来るように指示したんだよ」
「今持って行ってしまったってこと?」
「そう。昨日君にもらったアドバイスを踏まえてあいつなりにケーキにしてみたんだよ。そしたら中々いいものが出来たから皆で褒めていたら、今から持ってこいと言われたんだ」
「そっか、よかった」
「しばらく戻れないから、代わりにおじさんが来たんだよ」
「そうだったんですか。俺もそろそろ戻らないといけない時間なんです」
「残念だな。すごく食べて欲しいと言っていたから」
「子供の味覚も侮れないでしょって伝えておいてくれますか」
へへっと笑うと、おじさんは了解した!と親指を立てた。
「その敏感な味覚を活かして料理の道を進むのもいいかもな」
おじさんの大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「俺、味覚以外なんにも自慢できるものないんで。手先も不器用だしなぁ」
「出来るか出来ないか、なんてやってみなきゃ分からないだろ。俺は出来ればパティシエになって欲しいけどな」
「パティシエか、かっこいいな」
それもいいかもしれないと思った。
いつかパティシエになったらこのホテルで一緒に仕事をしようと約束した。
結局お兄さんには会えないまま。
でもこの出会いが俺の歩む道を決めてくれた。
俺は今パティシエを目指して絶賛勉強中である。
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