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*the others*
dear world(アレン×リナリー)
 頬を滴が伝い、遅れてその事実に気付く。分かっている。その理由はちゃんと分かっている。
 だけど。だけれど、自分はこんなに涙脆かっただろうか?なんだか最近泣いてばかりいるような気がする。
「どうして、泣いているんですか?リナリー」
「そんなの……っ!」
 理由など分かりきっている。
「アレンくんが、勝手だからよ……っ!」


【dear world】


 その事実を聞いたとき戦慄した。だが、事実に頭が追いつかない。同時にその報告に、事実に対する拒絶。無数の防衛規制がリナリーの脳をかき乱す。
 アクマ。ノア。リナリーが黒の教団に連れて来られ、まだ幼い頃からエクソシストとして戦ってきた。リナリーの家族とも言える仲間を数々殺してきた集団。その存在にリナリー自身に生死を彷徨わせた、この戦争の根源たる敵。
 アレン・ウォーカー。寄生型イノセンスの適合者にしてクロス元帥の弟子。自分よりも年下で、なのにその心は眩しいほどに強く、苦しい時はいつだってリナリーを励まし、助け、守ってくれた。いつの間にか、自分の知らないうちに頼ってしまうこともあった少年。
 その彼と、ノア。結び付かない。十四番目。混乱する。考えられない。思考が停止する。
 それでも目の前にいる少年はいつものように優しい瞳でリナリーを見つめている。
「リナリー……?」
 アレンの手がそっと伸びる。手袋に包まれた左手。強く、優しく、そして何より温かい、左手。それがリナリーの頬にゆっくりと近付いて、ぴたりと止まった。
「リナリー……」
 もう少しでリナリーの頬に触れるというところで、リナリーが肩を強ばらせたのだ。その瞬間、アレンが僅かに目を見張ったのをリナリーは見た。
「……僕が、怖いですか……?」
 そう言ったアレンの表情は少し自嘲じみていた。リナリーが背筋を震わせると、溜まった涙は宙に散った。
 違う。そういったことじゃない。怖いなんてあるはずがない。だって今目の前にいる彼はリナリーのよく知るいつもの彼だ。怖いなんてあるはずがない。
 リナリーを見つめる瞳はひどく哀しい。何を考えているのだろう。唐突に聞かされた事実に、己の存在を拒絶されたのだと絶望しただろうか?
 そんなはずないのに。
「違、う……。アレンくんのことが怖いなんて、あるはずがないじゃない……っ」
 しっかりと、決然とした思いでアレンを見つめた。そうして何秒間見つめ合っていただろう。逸らすことなどしたくなかった。自分の本当の気持ちを知って欲しかった。その絶望は杞憂なのだと気付いて欲しかった。アレンもまた、リナリーから目を逸らすことをしなかった。その瞳から、思いを全て汲み取ろうとしているように思えた。
「なら、どうして、泣いているんですか?リナリー」
「そんなの……っ、アレンくんが勝手だからよ……っ!」
 少年はきょとんとした目でリナリーを見る。言われたことに見当が付かないという表情。何も感じていないと思っただろうか。誰の為を思っての涙か気付かないものだろうか。その傲慢さ。他人の為だけに働く彼の優しさ。自身の辛さは周りに一切分け与えない。それがリナリーには本当に辛い。
「勝手だよ、アレンくんは……」
 窓から微かに吹き込む風がリナリーの髪を揺らす。初めてこの新しいホームへと足を踏み入れた日。一人だけ別室へと連れて行かれたアレンが、再びリナリー達の前へと戻ってきた時に見せた表情が忘れられない。
『なんでもなかったよ』
 そう言って薄く笑った彼に感じた違和感が間違いじゃないということを確信出来たのは長官からのあの言葉。
 “ノアを飼う”
 ノア。十四番目。アレン。結び付かない。繰り返すのは、なぜ。どうして。
「どうして一人だけで苦しむの……」
 リナリーの世界の一部が異常をきたしている。悲鳴をあげている。泣いている。リナリーの心がきしきしと声をあげて泣いている。
 はっきりとその感触が分かった。気付けば頬をアレンの指が触れていた。涙の粒は白の手袋に吸われて布地にじわりと染みを作った。手袋の指はリナリーの涙を拭いそっと離れてゆく。
「僕は駄目ですね。リナリーを泣かせてばっかりだ」
「分かってるよ。私じゃ何も出来ないことくらい」
 アクマの魂が見えるからと、一人で背負いこもうとするなと言った時とは訳が違う。アレンの中のノア。リナリーがいくら嘆いたとて、どうすることも出来ない。だから繰り返すしかないのだ。なぜ彼が。どうして彼だけが、と。
「でも……」
 一人で苦しまないでほしい。一人で悲しまないでほしい。リナリーに変えられるものが何一つないとしても、一人じゃないことを分かってほしい。隣りにはアレンを大切に思っている仲間達がいることを思い出してほしい。
 せめて、やりきれない時くらいは傍に寄り添わせてほしい。
「僕だって、急にあんなこと言われて、どうしていいか分からないんですよ」
「うん……」
「師匠はいなくなるし……」
「うん……」
「マナのことも……」
「うん……」
「誰かにこんなところ見せたら、本当に心が折れてしまいそうで……っ」
「アレンくん」
 震えていた。声だけじゃなく、その体までもが。抱きしめた少年の体は、団服越しでもその温かさが伝わってくる。確かにここにいる。ノアと呼ばれた白髪のエクソシストは、リナリーの腕の中で震えるただの一人の少年だった。
「いいんだよ。見せてよ。一人で苦しまないでよ。私達にも……、アレンくんの苦しみを分けて」
「……っ」
 おずおずとアレンの手がリナリーの背中に触れる。それから震えるように不器用にリナリーを抱きしめる。温もりが伝わる。少しだけ早い心臓の音が聴こえた気がした。自分のだろうか。それとも彼の……?
「一人じゃないんだよ、アレンくんは。無理して笑おうとしないで」
「……リナリー」
「何?」
「そのままで聞いて。僕、今どんな顔してるか分かんないから……」
「……分かった」
「僕はいつもリナリーに助けてもらってるよ。リナリーがこんなにも僕の事を想ってくれるから、リナリーが僕の為に泣いてくれるから、僕は守りたいんだ。戦えるんだ。頑張れるんだよ」
「私も……、だよ」
「前に進む事を思い出させてくれる」
 ぎゅっと力のこもった手が、彼の意志を伝えてくれる気がした。背中から彼の強さが伝わってきた気がした。少しだけ高いところから囁く声は、リナリーの鼓膜を震わせると同時に決意も流れてきたような気がした。仕草の一つ一つに、言葉の一つ一つに、アレンの意志が見える。やはり、眩しくて、強い。まるで自分の方が強さをもらっているようだ。
 ああ。やはりこの子は――。
「リナリー。守るよ。みんなを。だから――」
 私を生かす世界。
「僕を守って」
 この先彼の身にどんなことが起きようとも、この先彼を想う自分がどんな境遇に立たされようとも、何故かは分からないが、全てを信じきれるような気がする。
 世界は儚く、悲しい。それでいて強く、眩しい。だからこそ、愛おしい。全てはリナリーの世界のままに。全てはリナリーの世界のために。
「守るよ」
 微笑む。涙はいつの間にか止まっていた。





ここまで読んでくださってありがとうございます。
ディーグレはどの戦いもかなり絶望的ですが、その絶望的な中でもアレンって絶対諦めませんよね。仲間が倒れても、動ける限り、動けなくても戦う。何でこんなに頑張れるんだろうって思います。それはマナに誓った誓いの為なんだろうけど、“人間もアクマも愛し”のところでもう戦う理由はマナだけじゃないんだろうなと思いました。
師匠のメッセージ聴いてまた前に進むことを確認したり超ポジティブなアレンなんだろうけど、きっと弱ってる時もあるはず。そんな時はリナリーが優しく癒やしてくれたらいいなと思いました。



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あきゅろす。
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