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*the others*
rainbow(シグレ×サギリ)/「幻想水滸伝X」…それは、突然の。
【rainbow】


 幾度目かの灰を皿に捨て、もう一度ソファーに横になる。シグレの特等席であるそこは、やはり今日も相変わらず固くて、いつも以上に寝心地が悪かった。かと言って、彼らに宛がわれた上等な布団の敷いてある部屋で寝ようとは決して思わない。王子軍に参加し、拠点をこの城に移したとはいえ、昔も今も、彼の寝床はこの固いソファーだけだ。
「固てぇ……」
 すでに肌に馴染み、分かりきっている事をあえて口に出して言う。退屈をしている事の証拠だ。返ってくる声は、ない。“オボロ探偵事務所”と書かれた看板の掛かるこの部屋に、今はシグレ一人だけだった。
 ──くそっ……。
 胸中で悪態をつき、億劫そうに寝返りをうつ。長い前髪に隠れて見えない表情だが、明らかに彼からは不機嫌オーラが出ていた。実際、前髪の下では、眉間に皺が寄っていた。
 固く目を瞑り、寝よう、寝ようと努める。そう思う程、寝られない事をシグレは知っているが、今は眠りたかった。寝て、全て忘れてしまいたかった。それ以外の事で、嫌な事から逃避する方法を、彼は知らなかった。
 瞼を閉じれば浮かぶのは、見慣れた笑顔。柔和な笑み。幼い頃から見続けてきた笑顔が、今では明らかに変わってきているのがシグレには分かる。昔はああじゃなかった。あれは、確かに仮面だった。見かけ倒しの微笑み。裏に込められた殺意を隠す為の仮面。
 それが、今では少しずつだが、感情が込められている時がある。彼女が嬉しかった時、面白かった時、楽しかった時、そのいつもの笑顔には、何か感情が込められている気がしてならないのだ。
 感情を限界まで殺された彼女とて、全く感情が無いわけではない。ただ、シグレにだからこそ、その顔を見せていたのが、最近では色んな奴に見せる様になっている。それが気に食わなくて仕方がない。彼女の笑顔の真意を知らない奴等にその、真の笑顔が向けられるのが腹立たしい。
 どうしても苛立ちは治まる事はなく、シグレは天井に向かって吐き捨てた。
「あ〜〜、くそっ!!」

 その音が聞こえた瞬間、どきりとしてサギリは振り返った。おかしい。気配は感じなかった。見れば案の定、知らない男がサギリの少し後ろで煙草をふかしていた。その様子に、サギリは小さく嘆息する。
 ただのマッチを擦る時の擦過音にこんなに驚くのは、やはり“あの事”が気になっているからだろう。
 ──怒ってた……。
 確かに怒っていた。側にいたフヨウは、
「いつもあんな感じじゃないかしら?」
 などと言っていたが、サギリには確かに彼が怒っていた風に見えた。しかし分からないのは、何故彼がそれほど怒っていたかという事だ。
 何に対して怒っているかなど、分からない。知る由もない。何か彼の気の障る事をした覚えもない。
 だから余計に、サギリには彼の事が心配で、気になってしまう。今までの経験上、恨まれる事に慣れてはいるが、やはり気持ちの良いものではない。何か憤りを感じられている事だって、同じだ。それが他でもない“彼”からなら、尚更。
 胃の所に、何か重たい物を抱えているかの様な気分で、サギリは仕事の帰路へと急いだ。

 別に急いでいる訳ではなかったが、シグレは勢いよく“事務所”のドアを開け放った。ずっと自分の胸中でもやもやと渦巻いているこの苛立ちを、早く紛らせたかった。いくら待てども一向に訪れる気配のない眠気など、あてにはならない。それならもう、何か行動をしていないと耐えられなかった。
「っ!!」
 そこには、驚いて目を丸くして立ち尽くす、サギリがいた。
 いつもの微笑を湛えながらその場を動こうとしないサギリの脇をすり抜けてシグレは部屋を出ようとする。
「シグレ」
 その肩口に声がかけられた。
「あ?」
 億劫そうに首だけ振り返る。
「私、何かした?」
 サギリの表情は普段の通り、そのものだ。
「……何の事だよ」
「シグレ、怒ってる」
 何に対して、なのかは嫌でも気付いている。酷く馬鹿馬鹿しい、子ども染みた理由だ。そんな事、言えるはずがない。
 “お前が他の奴等に笑顔を見せたのがムカついた”なんて。
「別に。怒ってねえよ」
 パタン、とシグレの後ろのドアが閉められる。サギリだ。
「う……」
 思わずたじろいでしまう。斜め下からあの微笑で見上げられ、軽く口が引きつった。
「私が分からないとでも思ってるの……?」
 ──逆ギレかよ……!
 分からない筈がない。自分と彼女の関係はそんな希薄なものではない。しかし、シグレの内心がサギリに見抜かれているのと同じように、サギリの感情だってシグレには手に取るように分かる。
 だから悔しいのだ。笑顔の仮面の下に隠された、彼女の真の意を分かってしまうからこそ。
「……お前だってな。俺が分からねえとでも思ってんのかよ」
「何の事……?」
「〜〜〜!」
 言いたくても言えない事のもどかしさ。“俺以外の奴に、そんな顔見せんなよ。”本能のままにそう言えたらどれだけすっきりするかは分からないが、それだと本当にただの子どもだ。
 顔が自然と赤くなるのを感じた。こちらを窺うサギリの視線が痛い。泳ぐシグレの視線が、前髪に隠れていて、本当に良かったと思った。
 どちらにしろ、シグレの混乱っぷりはサギリに筒抜けだとも思うが。
「……気持ち悪い」
「!?」
 言われると傷つく言葉、ベスト3には入っていそうな言葉をさらりと言われ、胸中になにかが刺さるのを感じた。
 ──気持ち悪いって、何がだ?
 俺が挙動ってる事がか?それともこの前髪か?
 譲れない信条を、手放そうかどうか迷っているさなか、そんな事意にも介さない様子でサギリはぼそりと呟いた。
「シグレを怒らせるなんて、嫌……。胸の辺りが、気持ち悪い」
「サギ……」
 サギリは自分の所為でシグレが怒っている、という事など当に分かっている。つまり、自分の事がシグレにそんな風に思われている事が耐え難いと、そういう事らしい。
「私が何をしたのか分からないけど、謝る。……ごめんね?」
 そういう事じゃない。そういう事じゃないのに。
「ば……っ」
 何故サギリが謝る?何故自分はサギリを謝らせている?
 悪いのは、シグレだ。その胸中に沸いた、醜い嫉妬だ。
「悪くねぇ!俺は何も怒ってねぇよ!お前は何も悪くねぇ!だから、謝んな。……頼むから」
「シグレ……?」
「むしろ謝んのは……、いや。何でもねえ」
 ガシガシと頭を掻く。気付けば、サギリが自分の顔を覗き込んでいた。
「う、あ……っ?!」
 その近さに、思わず彼女の肩を掴み、距離をとる。
 前髪の隙間のシグレの目と、少しきょとんとなったサギリの目とがぱちりと合う。そのまま固まった様に動けず、見つめ合う事一秒、二秒……。
「ふふっ」
 サギリが笑った。
「今日のシグレ、本当に変」
「あ……」
 いつもの柔和な笑みに、目を細めて声を乗せる彼女の笑いは、本物だった。
 情けなくも、自分だけに向けばいいと願った、サギリの本心からの笑み。
 油断するとすぐにも彼女を掻き抱こうと震え出す愚かな両手を、決死の思いで彼女の肩から引き剥がした。
 間違いなく自分に向けられている彼女の笑みに幸福感を覚えつつ、まだ震える手を必死に気力で抑え、複雑な思いでシグレは呟いた。
「畜生が……」




 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 シグレは中身まんま子どもだといい。サギリは鈍感だとなおいい。
 そうやってシグレが一人やきもきしてたらいい。





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