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*the others*
sacrifice(シグレ×サギリ)/「幻想水滸伝X」…今までも、これからも。
【sacrifice】


 ──やべ、しくった……!
 間違ってしまった瞬間にそう気付く人間というのは、よほど勘の鋭い者か、そうでなくてはそういった一瞬の判断が己の全てを左右する世界の中に身を置いてきた者だけだろう。
 この状況を今出来得る最善の状態へとなんとか持っていこうと思考をフル稼働させている男、シグレは後者に値する人間だった。
 こんなに焦ったのは何時ぐらい振りだろう。冷や汗などというものを、凄く久し振りにかいた様な気がする。今だけはさすがに怠そうに振る舞う事もままならなかった。
 僅かな殺気を辿って気配を探る。敵の数は三人。姿は見られないが確実に囲まれている。逃げ道は一つ。自分達が身を潜めている袋小路の向かい側に薄く覗いた隙間が一つある。幸いにも敵は完全にこちらに意識が向いている為、隙間の存在にも気付いていない。一瞬の隙を突けば向こう側へと渡る事は恐らく可能だろう。人並み外れた身体能力とスキルを持つシグレ達がこれ程精神的に追い詰められている要因は、彼らを囲んでいる敵にあった。“幽世の門”。自分達と同じスキルを持った人間。
 しかし、いつまでも思考を巡らせている暇はなかった。短く息を吐くと、シグレ達は合図も無しに、ほぼ同時に動いた。近接武器の忍び刀を持つ彼よりも先に敵へと届いたのは、間接武器の扱いを得意とする女、サギリの放ったクナイだった。
 出せる限りの速度で、走った。

 とりあえず身の安全を確保出来た事に少しだけ安堵感を覚えながら、シグレは狭い倉庫の壁に背を預けた。その無機質な冷たさはいつも着ている法被越しでも充分に伝わってくる。背中が粟立つ感覚に眉根を寄せながら、隣りに居るだろうサギリへと声をかけた。
「……サギリ、大丈夫か?」
「平気」
 直ぐさまよく知る声が帰ってくると、安堵の息を洩らした。
 何故こうなったのかなど考えたくもない。紛れもなく自分の処為なのだから。

「頼みましたよ、シグレ君、サギリさん」
「行きます」
「ああ、めんどくせぇ……」
 オボロから(正確にはルクレティアから)言い付けられた仕事は簡単だった。ドラート攻略の為の潜入捜査。つまり動向を探る事。何やらまた企んでいる様子の軍師のねーちゃんが言うには、ここでのオボロ探偵事務所の働き如何でドラートを攻略出来るかどうかが左右されるらしい。自分達はその作戦の先発隊という訳だ。
「ではドラートで会いましょう。健闘を祈ります」

 潜入捜査自体はすぐに終わりそうな程だった。ルクレティアの推測と街の雰囲気は見事に一致し、後は作戦実行の為オボロを待つだけとなっていた。しかし心に余裕が生まれると、皮肉にも隙も同時に生まれるもので、いかにゴドウィン領と言えども兵に混じって奴等まで投入されているとはまさか思いもよらなかった。明らかな思考不足。場所が場所なだけに、その可能性に気付かなかった自分をシグレは恥じた。

 ──めんどくせぇ……。
 本当に面倒な事になった。舌打ちを一つすると、法被の袖口から煙管を取り出し咥える。『火、持ってねえか?』と訊こうとして、止めた。多分持ち合わせていないだろう。仕方無くごそごそと袖口をもう一度探る。使い切ったと思ったマッチが、一本くらい残っている事を願いながら小さなマッチ箱を取り出し、振った。何の音もならなかった。
「……くそっ」
 小さく毒づくと、サギリが自分の身を探る気配がした。
「マッチ、あるけど」
「へ?」
「そろそろなくなりそうな気がした、から」
「あ……、そうか、悪りいな」
 どうして、と言う前に先回りして返ってきたサギリの言葉に少し、驚いた。なくなりそうだったから、という事はどれだけ吸ってるか見てるという事で……、という事はコイツは……。そこまで考えて思考の回路をぶつりと切った。無い無い。やめだ。こんなのただの下衆の勘繰りに過ぎない。何を馬鹿な事を考えてるのかと、あまりの恥ずかしさに顔が熱くなった。
「!」
 僅かに聞こえた擦過音と共に、暗闇の中に火が灯った。
「どうしたの?」
「ん?あ、ああ、何でもない」
 困惑ムキだしの挙動で煙管を火元に寄せた。サギリは火を付けると、軽く吹いて火を消す。再び暗闇が倉庫内を支配した。
 充分に煙を肺に溜め込んでから細く吐き出す。ああ、やっぱり落ち着く。──筈なのに、何故だろう。心臓の鼓動がやけに五月蠅かった。シグレにとって平静を取り戻す為の上等手段である喫煙をもってしても、高鳴る鼓動を抑える事は出来なかった。きっとアレだ。さっき一瞬だけ見えた、アレの所為だ。
「……やけに嬉しそうじゃねえか」
 ほんのりと明るく火が灯った瞬間、相棒の顔が見えた。何時も通りの微笑を湛えたその顔は、人が見ればただの微笑だが、シグレにははっきりと見えた。確かに彼女は微笑の中に嬉しさを滲ませていた。それ程の付き合いはあるつもりだった。“サギリ”という女の表情から喜怒哀楽の汲み取れる人間なんて、恐らく自分くらいなものだろう。
「だって、嬉しかったの。さっきシグレが怒ってくれて」
「は?あ、その事か……」
 
『気持ち悪りい』
 その言葉はシグレの冷静さと自制心を根こそぎ奪い去るには充分過ぎる言葉だった。
 狭く、薄暗い路地裏で聞き捨てならない言葉を吐いたゴロツキに向かって、うっかり殺気を放ってしまったのだ。当然、それを察知出来ない程“幽世の門”は甘い集団では無い。『疑わしきは消す』の信条と共にしつこく、それこそ地の果てまでも襲いかかって来るのだ。かつて自分達もそうしていた様に。
 しかし、取った行動は相応しくなかったとしても、あの時感じた怒りに後悔は無かった。もし今が“仕事中”でなかったら、間違いなくあのゴロツキ共をぶっ飛ばしていたところだ。
 “気持ち悪い。”その言葉を投げられている彼女を見るのは初めてではない。いつもその顔に微笑を湛えたサギリ。それは決して嬉しくて、楽しくて微笑っているのではなく、苛烈極まりない環境で幼少を過ごしてきた彼女の“生きる為の術”であり、“殺人技の一つ”でもあった。今更剥がす事の出来ない“微笑の仮面”をその顔に張付かせたまま、外の世界で暮らす様になってから今日までの八年間、“ヘラヘラ笑いやがって”だの、“何がおかしい”だの、時折罵られる彼女をシグレは見てきた。その度に感じた無力感や苛立ちは、“何も知らないくせに”と心無い人間を返り討ちにした時の怒りよりもずっとずっと大きかった。
「慣れてる筈なのに」
 サギリの消え入りそうな声が聞こえた。その言葉にズキリと胸が疼く。罵倒される事に慣れるなんて、絶対に間違っている。何が彼女をそうさせた?慣れさせたのは誰だ?組織?心無い人間?それともこの俺か──?
「でも、やっぱり辛くて……」
 それは明らかに泣いている声だった。暗がりで顔こそ見えないが、きっとこんな時でも彼女はその柔和な顔にうっすらと微笑を湛えているのだろう。
 自分はいつも何も出来ない。彼女が何も知らない馬鹿な奴等に罵られている時も、彼女が本当に辛い事があって思いっきり泣き喚きたい時も、彼女の為に何をする事も出来ない。ただ、自分の心のままに馬鹿な奴等をぶっ飛ばしたり、彼女の側にいる事しか出来ない。そして、今も。シグレはやり切れない思いに胸が締め付けられるのを感じた。
「!?」
 その時、暗闇の中でふいに柔らかなものにシグレは触れた。それが隣りに座るサギリの手だという事を理解するのに少しの時間を要した。
「だから本当に嬉しかったの。シグレ、ありがとう」
「ん、あ〜〜……、いいってことよ」
 心臓の鼓動がバクバクと五月蠅かった。ただ偶然に隣りにあった手に自分の手が触れただけなのに、何をこれ程意識しているのか。そんな自分に呆れながらも、その手をどうしていいのかも解らない。煙草をふかしてみる。やっぱり軽く混乱した自分を救ってはくれなかった。
「っ!」
「ごめんね?」
 僅かな温もりに心が震えた。サギリが自分の手に彼女の手を重ねてきた様だ。何だか、もうそれが自分の手なのかどうかも分からなくなってきたけれど。
 ずっと。ずっと彼女のそばにいたつもりだった。なのに彼女に触れるのが初めてかもしれないという実感に改めて気付いた。
 ──ああ、サギリの手ってこんなに……──。
 柔らかくて、小さくて、そして少し冷たくて。
 何が“ごめん”なのかは分からない。彼女が自分の手に手を重ねてきた真意も恥ずかしながら分からない。でも彼が彼女に言えるのは、出来るのは一つだった。
「ばかやろ……」
 自分より少し冷たい彼女の手から、温もりを探して掻き集めるかの様に、シグレはサギリの手を握り締めた。何回か握り直して、ゆっくりと指を絡める。いっその事、自分の熱が彼女の手に全て移ればいい、そう思いながら彼女の小さな手を包み込んだ。
 彼女と共に生きた今日までの日は、お互い背を預け、守りあったからここにある。シグレは幾度となくサギリの背を守ってきたし、サギリが自分の背を守ってくれたからこそ戦えた。それは闇に生きていた頃にとっては当たり前の戦闘態勢で、何の疑問を持つ事もなくそうやって“任務”を遂行してきた。なのにここへきて、言い様のない程の保護欲が彼を支配している。
 守りたい。いや、絶対に守る。たとえその為に自分が傷つく事になっても、この繋がれた手を再び血で汚す事になっても──。
「シグレ」
「ああ」
 ゆっくりと手を解くと武器に手をかける。あまりの冷たさに少し苛立った。扉の向こうの気配を逃さない様に注意しながら静かに臨戦態勢に入った。
 互いの顔も見えない中、それぞれの武器を手に闇から外へと、二人は消えた。


【END】




【後書き】
 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 好きです。オボロさんファミリー。理想の家族ですよね。(違う)あれにレーヴン入ったりしても面白いですよね。(お前だけな)というか、レーヴン入りの協力攻撃、カッコいいよ・・・!!






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