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*the others*
acorn(沖田&神楽)/「銀魂」…僕らの日常。
 何事もなかったかの様に、今日も何事かが起こる。


【acorn】


「「あ」」
 伸ばした手の先に、もう一つ、手が伸びている。それが誰の物なのかは、すでに判りきっているが、反射的に神楽は顔を上げた。目線より上に、相手の顔がある。やっぱり。コイツか。
「手を退けるヨロシ。この豚マンは私が先に目を付けてたネ」
 何にもなかったら、普段のくりくりで愛らしい少女そのものの目が、今は凄みのある目付きに変わる。下から鋭く睨み付け、出せる限りの低い声でそう、言ってやった。
「何言ってるんでィ。コイツはオレが先に取ってたんだ。お前が手を退けな」
 目の前の男──沖田総悟も、神楽の様子に全く動じずにそう言った。しかも、涼しい顔で眉一つ動かす事なく。
 その様子が、神楽の怒りを掻き立てる。最後の豚マンが鎮座する、ホットスナックボックスの扉を開ける取手に自然と力が入る。
 沖田の言葉通り、取手を掴む手は、沖田の手の方が下にある。神楽は実質、沖田の手を握っている状態になるから、神楽が力を込めるとメキメキと沖田の手が悲鳴を上げた。
「痛てぇじゃねえか」
「さっさと離さないからそうなるネ」
「あのぉ〜……」
 その時、ホットスナックボックスが乗っている台──つまり、レジ台、の傍らに立っている人間──つまり、このコンビニの店員が、控えめな声をあげた。
「それ、私が取りますんで、手を離してもらえませんか?ていうか、何勝手にレジの中に入ってきてるんですか、あんた達」
「このままだとお前の手が砕けるヨ。いいアルか?」
「やれるもんならやってみろィ」
「………」
 無論。店員の声など二人の耳に入らない。……というか、この場に人間がもう一人いる事すら、気付いていない。
 そのまま、店員以外の時が止まったかの様に、両者の動きが止まった。
 双方共に、感じ取っていた。幼い頃より戦いの中に身を置いて育ってきた者特有の、なんつうか、野生の感みたいなもので分かっていた。
 ──勝負は一瞬で決まる。

 だからこそ譲れない。沖田は考えていた。その爽やかな顔に一片の変化も出す事なく。
 何故だか事あるごとにこの少女とは衝突する事が多い。それも、自分との力量は、どうやら互角である様なのだ。こんなに細っこい女のくせに。宇宙最強戦闘種族だか何だか知らないが、気に食わない。
 何としてでもこの豚マンだけは手に入れなければ。沖田の負けん気に火が付いた。自分はこの女とは違う。任務でこれを買いに来ているのだ。
 副長が何とはなしに、
『あ〜、豚マンとか食いてぇな……』
 などと呟いたから、別に命令された訳でもなく、買いに来た。何て自分は上司思いなのだろう。副長は食べたかった豚マンが食べられて満足、オレはそれに薬を仕込んで副長の座を手に入れる。まさに一石二鳥(間違い)ではないか?
 それをこのチャイナ娘ときたら、人の出世のチャンスを邪魔しやがる。自分の様に何か特別な理由がある訳でもなく、きっと
『豚マンが私を呼んでるネ』
 とか、くだらない事で狙っているに違いない。
「離すヨロシ!豚マンが私を呼んでるネ!!」
 やっぱりだ。こんな奴なんかに、絶対に譲る訳にはいかない。
 その時、普段めったに使う事のない沖田の頭に何かが舞い降りた。機動戦士風に言うと、何かキュピーンとかいう感じのアレが、唐突に沖田の頭に来たのだ。思いついた事を、満を持して言い放った。
「あっ!あそこの木にごっさ美味そうな酢こんぶが大量に成ってるっ!!!」
 よく考えてみれば(というか考えなくても)これほど矛盾した話はないのだが、こんな“つくならもっとマシな嘘をつけ”と、どこぞのメガネにでも突っ込まれそうな阿呆な話でも見事に引っ掛かってくれるのがこのチャイナ娘で、
「えっ?!どこどこ?!!」
 などと、目を輝かせながらすでにドアへ向かい、走っている。
 ──あばよ、チャイナ。お前が阿呆で良かったぜィ。
 沖田の口角が吊り上がる。完全勝利を確信して、ホットスナックボックスの扉を開けようとした、その時!
「甘いネェェエ!!!」
 どこからともなく雄叫びが聞こえた。
「この私を出し抜こうなんて十年早いアル!!酢こんぶなんてどこにも無かったヨ〜!!」
 そんな馬鹿な!?確かに消したと思ったのに!!反射的に扉を開けようとする沖田の手が止まった。
 いや、確かに奴は引っ掛かった。そして確かに店から出ていった。しかし、奴は引っ掛かった上で、あの極地から返ってきたのだ。リレーで例えると、転んでバトンを落とした上に最下位に転落したのに、自分の前を走る人間全員をゴボウ抜いて返ってきたかの様な快挙だ。
「ホアチャァアア!!」
 天井スレスレまで飛び上がった神楽が、こちらへ急降下してくる。綺麗に伸ばした爪先は、寸分の狂いもなくホットスナックボックスへクリーンヒットした。
 これには沖田も、ホットスナックボックスの取手を離さざるを得なかった。流れ弾もとい、ガラス片を避けて後ろへ飛ぶ。
 派手な音を立てて、ガラスが割れた。と、同時に派手なリアクションで店員が嘆いた。
「オィイイ!!何してくれてんだ!ちょっ、おま……、一体コレなんぼすると思ってんだァァアア!!?」
 勿論。二人の耳に入らない。
 飛び散る破片越しに、お互いの目が合った。驚いた事に、笑っていた。
 それは、もう一度手を合わせられる事に嬉しさを感じているかの様な笑みで、多分好敵手っていうのはこんな感じなのだろうなと、周りが見たら思っていたかもしれない。今いる周りの者──店員が、多分、というか絶対そんな事を思っていた事は無いだろうが。そしてそれは、今死闘を繰り広げている二人にも言えた。
 ──オレの!
 ──私の!
 ──豚マン!!!──
 今二人の頭にあるのは、好敵手とかそんなものではなく、悲しい事に“豚マン”のみだった。さっきの笑みだって、実際、勝利を確信した笑みに他ならなかった。
「もらったネェェエ!!!」
「!!?」
 宙に舞ったたった一つの豚マンに、伸ばした沖田の手が届く事はなく、店員の頭を踏み台にして飛び上がった神楽の手が僅差で豚マンを掴み取った。
「捕ったどーーー!!」
 軽やかな動きでレジ台に着地し、勝利の叫びを上げた所までは良かった。まだその時点では、豚マンの運命は、“神楽の胃袋行き”で決まっていた。そう。まだその時点では。
 グシャ……ッ。
「「あ」」
「あぁあああ!!豚マンンンンーー!!!」
 派手な叫び声は、神楽に蹴りを入れられたのにどうでもいい様なタフさを見せつけ、復活してきた店員のものである。
「………」
 自分の手の中でぐしゃぐしゃに潰れた豚マンを見下ろして、神楽はポツリと呟いた。
「……興奮して力が入ってしまったヨ」
「アラレちゃんか、お前はァアア!!!」
 先ほどからことごとく無視されているにも関わらず、まだその様な突っ込みを入れるこの店員は、どうやら“ツッコミスト”であるらしい。しかし、そんなツッコミストの突っ込みを余所に神楽はというと、天性の貧乏臭さをここぞとばかりに見せびらかし、手のひらに付いた豚マンの残骸にありついていた。
 綺麗に舐め終わった瞬間、速攻で踵を返した神楽の背中に、店員は訴えた。
「お勘定!!てか、弁償代!!!」
 首だけ振り向いた神楽が肩越しに放った言葉は、
「ツケといてくれィ!」
 以上。終わり。それから何も無かったかの様にひょいと店内から姿を消した。
 一方、そんな神楽を器物損壊、無銭飲食等の罪で本来しょっぴかなくてはならない立場の沖田は、懐から妙なアイマスクを取り出し欠伸を噛み殺しながら、誰が見ても今から寝る気満々です、といった様子で、
「やってられねぇや」
 と、一言残し出て行った。
 一人、取り残された店内。床に散らばるガラス片。
 コンビニの外を通りすがった人々は皆一様にして、
「オイィィイイイ!!!!」
 という、獣の慟哭にも似た悲痛な叫びを聞いたという。
 その頭上、遥か天上では、お天道様が呑気に浮き世を照らしていた。


【END】




【後書き】


 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 沖神、というか、沖田&神楽みたいな感じで。この二人、どっちもボケ属性なので、必然的に第三者が入ってしまいました。
 それにしても店員、マダオ並みについてないな……。てかむしろ、この店員、マダオでもいいかも。マダオはボケもツッコミもいける貴重なキャラですよね。アレ?何いつの間にかマダオについて語ってんだ?






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あきゅろす。
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