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*the others*
time limit(リリア×トレイズ)/「リリアとトレイズ」…悪くないかもしれない。
【time limit】


「はぁ、なんでこうなるのよ……」
 周りを見渡しても辺り一面緑、緑、緑。そんなだだっ広い平原に、リリア・シュルツの腹立たしげな声が風に乗って流されていった。
 半眼でそうなった原因を見やる。原因──彼は、先ほどから忙しそうにせかせかと手を動かし続けている。その後ろ姿は実に頼りなく、“くそっ”とか、“このっ”とか言った言葉が聞こえてくる。
 リリアは退屈そうにその様子を眺める。遠くの方で鳥が高く鳴いたのが聞こえた。
「よしっ。これで大丈夫なはずだ」
 満足そうに彼が額の汗を拭う。そうして彼は、サイドカーのエンジンを始動させる為、キーを一気に回した。
 途端、エンジンは大きな音を立てながら勢いよく回転…──する事もなく、ぷすん、という間抜けな音と共に止まってしまった。再びの沈黙。
「あれ?」
「あれ?じゃないわよ、どうなってるのよ!説明しろ!わたしは飛行機以外はさっぱりだ!」
 自分の無知を堂々とひけらかしながら、リリアは彼に向かってまくし立てた。きつい言い方なのは、腹が減っているのもあるかもしれない。
「バッテリーが切れた」
 冷静に事態を報告する彼に更に憤りを感じる。慌てふためかれても多分むかっ腹が立っていただろうが。
 機械から拒絶反応を受け、お手上げ状態の彼の顔面に人差し指をびしりと突き付けた。彼女が彼女の親から、“人を指差してはいけません”などと教育されたかどうかは、定かではない。
「何でそんな切れそうなバッテリーなんかで来るのよ!」
「ごもっともで」
「予備のバッテリーくらい用意しときなさい!」
「返す言葉もありません」
「じゃなかったら盗んで来い!!」
「はい……いや、えっ!?」
 さすがに聞き捨てならない発言に、彼──トレイズはサイドカーの動力部を眺めていた顔をぐるりと回しリリアに向けた。
「はぁ〜、どうするのよ、これから」
 何度目かの溜め息が平原に霧散して消える。リリアはその場にぺたんと座り込んだ。その振動を受けてか、彼女の腹がタイミング良く鳴った。
「こんなはずじゃあなかったのに」
 腹の音が彼に聞こえていたとしても、もはや恥じらうということはない。そこはもちろん、彼が“トレイズ”だからなのだが。
 それにしても、何でこんな事になったんだっけ、と空を見上げる。青い。リリアはこうなるまでの経緯を振り返る。

「って事は、今日はあそこにママ一人って訳だ?!」
 休日。07:00(マルナナマルマル)。学校が休みだからといって、リリアに朝寝坊は許されない。何故なら、寝起きの非常に悪い母を起こさないとならないからだ。
 いつもの朝。いつもの食卓。ただし、そこにトレイズが居る事以外は、普段と何ら変わりない朝食の風景を、嬉しそうなリリアの声が満たした。
「実質はね。いる事はいるんだけど、まぁいないも同然ってとこかしら」
 それは、要するに“母に口答え出来る人物が”という事だろう。こんな人を上司にもってしまった部下の人達に少しだけ同情してしまう。
「ま、という訳だから今日は飛び放題よ。後から二人でいらっしゃいな」
「い……っ?」
「まだ大丈夫なんでしょう?」
「あ、はい」
 リリアの母が、綺麗な宝石の様な蒼い瞳をトレイズに向け、今まで大人しくカップに口を付けていた彼が返す。何が“大丈夫”なのかというと、リリアは“まだこっちに居られるんでしょう?”という程度の意味で解釈していた。
「そう、よかったわ。リリアちゃんをお願いね」
「むぅ〜〜〜」
 どうせならママが出る時に一緒に連れて行ってくれればいいのにと、リリアは思う。トレイズと行かなければならない、という納得出来ない気持ちは否めないが、すぐに“飛べる事”のわくわく感の方が大きくなり、憂鬱感をやがて頭の中から追い出してしまった。

「はぁ〜……」
 そして13:30(ヒトサンサンマル)。
 もう随分とこんな所で足止めだ。都会の喧騒に塗れている人にとっては、“わぁ、癒される〜”などと思うだろう一面の緑は、もう見飽きてしまった。
「はい」
 そう言ってトレイズが差し出してきた瓶の水を、リリアは受けとり、美味しそうに飲んだ。半分ぐらい飲んだところで、礼を言ってトレイズに返す。その時に、彼が三分の一ほどかじった板チョコレートを渡された。それをかじりながら、リリアは尋ねる。
「よくこんなの持ってたわね」
「イクストーヴァからここまで遠いですから」
 つまり、これぐらい常備していて当然、という訳だ。チョコレートを積むくらいならバッテリーを積んでおけよ、とでも言いたい気分だが、チョコレートと水が美味しかったので、言わないでおいてやった。
「多分もう制空圏内に入ってる筈だから、動かないで待ってれば見つけてくれると思うけど」
 隣りでトレイズが飛行場のあるだろう方角を見つめながら呟いた。その内容に希望など全く沸かないリリアが空を見上げたまま、返す。
「何分で?」
「さぁ……。向こう次第。管制の人が探査機器を放ったらかしにしたままティーパーティなんかで盛り上がってたら夜まで見つからないかも」
「夜になっても盛り上がってたら?」
「明日?」
「明日も見つけてもらえなかったら?」
「ずっとこのまま?」
「このまま?じゃないわよ、どーすんのよ〜」
 無責任極まりないトレイズの回答にリリアは座り込んだまま、唸った。何日も見つけてもらえず、こんなだだっ広い平原に取り残された自分達を想像しようとして、やめた。恐すぎる。
「信じて待つとしよう。彼女を」
「ママはレーダーとか見る人じゃない。パイロットだ」
 トレイズの何の気休めにもならない慰めも、今はただ鬱陶しいだけだ。リリアはぴしゃりと返す。
 今の気分を最大限に顔に出し、傍らでサイドカーにもたれながら立っている彼に、低い声で呟いた。
「これで死んだら化けて出てやるから」
「その時は俺も死んでるって」
「じゃあ来世で化けて出てやる」
「そこまでして?」
「そこまでして」
「何か複雑……」
「は?」

 来世でもリリアに会えるのなら、それはそれで良いような気がする。たとえ、化けて出て来られようが、呪い殺されようが。
 そんな事にも全く気付かないで、さほど慌てた様子もなくだるそうに空を見上げる彼女を横目で見やる。すぐに地平線の向こうへ視線を戻した。相変わらず、呆れるほど緑一色だ。
「広いなー」
「そうねー」
「………」
「………」
「空気が美味いなー」
「そうねー」
「………」
「………」
「あのさ、もっとこう……」
「感動なんてとっくに消えてなくなったわよ。一面緑過ぎて視力なんて5.0ぐらい上がった気がするもの」
 それはないだろ、と思いながらトレイズは、さいですか、と返した。でも、ほんとに自分もそれぐらい視力が上がっていたら、イクストーヴァで一番の猟師になれるかもしれないな、とこっそり、ほのかな希望を抱いた。

 14:00(ヒトヨンマルマル)。あれからさして会話が続く訳でもなく、だらだらと時間だけが過ぎる。
 その間に鳥が五回ほど続けて鳴き、リリアが三回欠伸をし、トレイズが一回だけくしゃみをした。ちなみに飛行機は、一機たりとも影も形も見えなかった。
 暇だな、と何回目か分からないくらい胸中でぼやいた後、ある事にトレイズは気付いた。
 どうして気が付かなかったのだろう。こんなにも二人っきりで、これほどにない絶好のチャンスだというのに。
 今しかない。“あの事”を告白するのは。
 高ぶる鼓動と緊張を必死に抑えながら、トレイズは左手で握り拳をつくると、それを胸の前へ。外からは見えないが、確かに首からぶら下がっている金のペンダントを、服の上からトントンと、二回ほど叩く。
 意を決して彼女を向いた。
「リリア。実は、俺……お……」
 一際高く鳴いた鳥の声が、やけに五月蠅く聞こえた。
「………」
「………」
「寝てるのか……」
 リリアは気持ちよさそうに寝ていた。地面に座り込んだまま首をだらんと垂らし、器用に寝ていた。寝息が今更になってトレイズの耳に届く。
 彼女の栗色の髪がそよそよと風にたなびく。この時間帯の、一日で一番強い(と感じられる)陽射しが、栗色の髪を照らす。以前に旅行先で出会った小生意気なガキの言っていた事が、今解った気がした。
「はぁあ〜」
 何だか色んな意味でどっと疲れが押し寄せてきて、トレイズもその場にへたりこんだ。そしてそのまま横になる。短い草が頬に当たる。冷たくて、気持ち良い。
 頭の横すぐにはリリアの折り畳まれた足があった。見上げると、俯き、寝息を立てている彼女の顔が見えた。
「やっぱりあの人の言う通り、バッテリー確かめておけばよかったな」
 とは言ったものの、確実にそんな事思ってないだろ、という事を、頭上で旋回する鳥は思ったに違いない。
 トレイズは飽きる事なくリリアの寝顔を眺める。小生意気なガキの言葉ではないが、ほんとに綺麗だと思う。
 その内に自分が凄く悪い事をしている様な気がして、彼は視線を空へと戻した。恐らく、リリアが起きていたら、“何見てるのよ!”とか言われて殴られていただろう。彼女が寝ていて、本当に良かった。
 その時、視界の隅に黒い点が映った。それは段々と大きくなってきて、轟かせる爆音が鼓膜を叩く。
「タイムリミットか……」
 そう呟くと、トレイズはそっと目を閉じた。


【END】




【後書き】

 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 彼のヘタレぶりには可愛さすら感じますね。そんなヘタレな彼が大好きです。
 リリアーヌさんは何ていうか、たくましいです。というか、順応性が高いですよね。優しいし、そりゃ惚れますよ!放っときませんよ。ママも美人だし、彼女も美人さんになりますね!!
 いずれにしても、今後が楽しみです。先生、頑張って下さい!!






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