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*the others*
origin(ヒロム×ヨーコ)


 警報とオペレーターによるアナウンスが忙しく鳴り響いている。整備スタッフの慌ただしく走り回る中、グレートゴーバスターへと搭乗する為、野外でのメタロイドとの戦闘を終え帰還したパイロットもまた、格納庫を駆けていく。
「ヒロム!」
 エレベーターへと乗り込もうとする寸前、突然ヨーコに呼び止められ、ヒロムは振り返った。視線で何かと問えば、ヨーコは心配そうな面持ちで言い淀んでいる。こんなところでもたもたとしている場合ではない。段々じりじりとした気持ちになってきて、踵を返した瞬間、
「あの、さ! 大丈夫……?」
 口早に彼女はそう言った。
 知らず、ヒロムは目を見張る。努めて、一度表情をリセットしてから振り返ると、呆れたように言った。
「…………何が?」
 今度はヨーコが目を丸くした。虚を突かれたように、それから怪訝そうにヒロムを見上げる。溜め息が溢れる。なお不思議そうにしているヨーコを振り切り再びエレベーターへと乗り込んだ。どうかした、と問うリュウジに、なんでもないです、と返していると、ヨーコもすぐにエレベーターに乗ってきた。依然として訝しそうにヒロムを見ている。
 そのあまりに真っ直ぐな視線から逃げるように、ヒロムは目を逸らした。

 グレートゴーバスターを操縦する際の“負荷”にも、最近では慣れてきた。とは言えそれは、負荷が軽くなったり、楽に感じたり、という事では決してない。ただ、グレートゴーバスターを“動かす”度に襲ってくる脱力感や倦怠感、全身が鉛にでもなったような重さに、かろうじて耐えられる時間が伸びただけ。試運転が即実戦となったあの戦闘で初めて負荷を味わった瞬間に感じた、“一秒でも早くコックピットから脱出しないと、自分は意識を失ってしまう”という危機感が、最近の戦闘ではそこまで頻繁ではなくなってきただけだ。
 言わばーー。
 気力で自身の体力の限界をねじ伏せる。
 それは、桜田ヒロムが十三年間の間で知らぬ間に身に付けていた癖のようなものであり、彼固有のスキルだった。

「ヒロム! ヒロム! どこ?!」
 その声を聞いて、ヒロムは僅かに辟易したような面持ちで部屋から出る。読みかけのバスターギアのマニュアルもそのままに、足早に階段を下りると声のする方へ向かった。
「姉さん、何?」
 居間に顔を覗かせれば、酷く安心した表情の姉リカが駆け寄ってきて、有無を言わさず小さなヒロムの体を抱きすくめた。
「どこに行ってたの! 心配したのよ!?」
「どこって……、朝からずっと部屋にいたけど……」
「部屋で一体何してたの?」
「本、読んでた」
「何の本?」
 胸がじりじりとした。溜め息を吐きそうになるのをぐっと堪える。
「……別に、ただの漫画だよ。もういいだろ。部屋に戻らせてよ」
 リカの腕から脱け出し、自室へ向かう。姉が呼ぼうとも、振り返ることもせず、ヒロムは部屋に逃げ込んだ。再びマニュアルを開くとそれに没頭した。

 転送研究センターが亜空間に転送されてからというもの、姉は豹変した。エネルギー管理局による保護を頑なに拒んで、引きこもるような二人だけの生活。少しでもヒロムの姿が見えないことがあると執拗なまでに捜しだし、寝ている間にも夜中に必ず居るかどうかを確認してから床に就く。何かあった時の為にとバディロイドの“チダ・ニック”を自宅に置くことさえ猛反対し、
『何かって何ですか? これ以上まだ“何か”あるって言うんですか?!』
 そう喚いていたのを、当時幼いながらにして、ヒロムはよく覚えている。
 病的だと思う。
 可哀想だと思う。
 ーー姉さんは、あの日からずっと怯えている。
 ヒロムに見えないところで隠れてずっと泣いている。
 全て戻す。転送研究センターが亜空間に転送される前の状態に戻す。
 消えてなくなった転送研究センターも戻して、父さん母さんも戻して、ヨーコのお母さんも戻して、そしてーー。
 姉さんの笑顔も、取り戻す。
 もう誰の涙も見たくない。
 ーー誰かが悲しいのはたくさんだ。
「………きっと、元に戻す」
 強すぎる想いはやがて自身の思考さえも変化させる。戦闘やバスターギアの扱い、バスターマシンの操縦に関するものやメガゾードに関する知識など、様々な事柄を頭に叩き込むことも、リカに隠れて基礎トレーニングをしたり、ニックに軍格闘術を教わり鍛錬することも、彼に降りかかるすべての疲労や苦痛は、彼を止めるに全く至らない。どれだけ辛かろうと、どれだけ痛かろうと、どれだけ眠かろうと、ヒロムは一切止めない。投げ出さない。自身に安息を、全く与えない。休息とて、いつもニックの説得により得ている始末。
 体力の限界を、気力でねじ伏せる。
 そうしてヒロムはただ、交わした約束と己に課した約束の為に、ひたすら前へと進んでゆく。

「着いたぞ、ヒロム」
 目を覚ました。
 同時に今の自身の状況を瞬時に理解する。
 グレートゴーバスターで出撃。メガゾードをシャットダウン後、運転をオートドライブに切り換え、その後すぐに意識が落ちた。どうやら格納庫に到着したらしい。
『ヒロム? どうしたの? 着いてるよ?』
 ヨーコからの通信が入る。すぐに降りてこないヒロムに対して不審に思っているらしい。通信を音声モードにしてくれていたニックに感謝する。
「……ああ。さっきの戦闘データをまとめてた。終わったら降りる」
『そんなの、ヒロムがやらなくても……』
 普段バディロイドに任せていることをわざわざパイロットが行う。さらにヨーコの不信は募っている。無言を通していると、
『じゃ、先行ってる』
 やがて小さく呟いた声を最後に、通信が切れた。
「ヒロム。ヨーコにバレてるぞ」
「……分かってる」
 いくら体の限界を気力でねじ伏せたとしても、溜まった疲労に知らない振りをしていても、最終的に限界を超えてしまうと気力とてねじ伏せられてしまう。それこそが自身の体力の、本当の限界。逆らえない、脳による指令。つまり、無意識。先ほどメガゾードとの戦闘後に意識が落ちたのがまさにそれだ。
「でも、今は休んでいる時間なんてないし、そんなつもりもない。ヴァグラスは、待ってはくれない」
「ヒロム……」
 ニックの沈痛な呟きに返す言葉は何も浮かばなかった。

 咄嗟についた嘘に真実味を持たせる為に、帰還までの僅かな間に休ませていた脳を再び働かせ、ヒロムは取り合えず本当に戦闘データをまとめる。
 しばらくしてコックピットから出ると、それまで別の作業を行っていたらしい整備スタッフ達が、慌ただしそうに各バスターマシンへの分離作業に取り掛かった。その事に若干の申し訳なさを感じつつも、ヒロムはシャワールームへと向かう。
 細い通路を歩く。一人分の足音が、やけにくぐもった音でヒロムの耳に届く。ぼんやりとした頭で歩を進めていると、視界も僅かに回り始めていることが分かる。頭を振って、再び歩き出そうとする。
「!」
 足がもつれてその場に膝を付いてしまった。
 直後。
「ヒロム!」
 聴こえた悲鳴のような甲高い声に、ヒロムは内心で舌打ちした。一番見つかりたくない人物に見つかってしまった。
「ちょっとヒロム! 大丈夫!? やだ、しっかりしてよ!」
「……ヨーコ、うるさい」
 すがり付く腕を引き剥がして立ち上がる。途端、ふらついた。即座にヨーコがヒロムの体を支えた。
「やっぱり大丈夫じゃないじゃん。馬鹿……!」
「……ヨーコには、関係ない」
「関係なくないッ!!」
 ヒロムの体を支えていたヨーコの手に、力がこもる。掴まれた腕に、僅かな痛みを感じた。
「私たち、仲間じゃん……! 同じバスターズの仲間じゃん!
 なのに、何でヒロムばっかりこんなに辛い目に遭わなきゃならないの? グレートゴーバスターだって、何でヒロムだけに負荷がかかるの?! 同じ仲間なのに、関係ないとか言わないでよ!!」
「…………」
 確かに限界だった。もう、気力でどうにか出来る問題ではなかった。頭はぼんやりとするし、足元はふらつくし、視界はぐらぐらと揺れる。
 回らない頭でも理解出来たのは、どうやらヨーコは自分をひどく心配していること。
 そして、何故か今、彼女は泣いているということ。
「分かってる。こんなこと言ったってヒロムの負担が軽くなるわけないって。でも……心配ぐらい、させてよ……! 一人で平気なふりしないでよ……!」
 言って、ぎゅっとしがみついてきた。同時にヒロムの胸も締め付けられる。
 ああ。
 自分はもう、誰の涙も見たくないのに。誰も悲しませたくなんてないのに。その為に今の自分があるのに。その為に自分はいるのに。どうしてヨーコは泣いている。どうして、自分にすがり付いて泣いている?
 あるのはヴァグラスを倒すという使命だけ。それを成せるのは自分達だけ。その為に今を生きているのに。自分は何か間違っているのだろうか?
 ゆるゆるとヒロムの腕が上がる。何故だか無性に、目の前の少女に対する保護欲が抑えきれなくなって、しかし何をどうすれば良いのかも分からなくて、ヨーコの両の肩を掴んだ。始めてまともに触れた少女の肩は、小さく細かった。ヨーコが涙で濡れた瞳を丸くしてヒロムを見上げる。思わず目を逸らしてしまったけれど、無意識に小さくごめんと呟いていた。
 今の自分を止めるなんて出来ない。変えるつもりもない。
 だけど一つだけ確かなことは、
 ーーヨーコに泣いてほしくない。
 それだけだった。
 心配させないように戦うなんて考えただけでも難しいけれど、実戦してみる価値は有るのかもしれない。
 これ以上、ヨーコを泣かせたくないのならーー。
 少女の肩から離した手を組んで、呆れ顔で見下ろす。
「何でヨーコが泣くんだよ……?」
「……っ! ヒロムが馬鹿だから!」
「おまえな……、年上に向かって馬鹿馬鹿言うなよ」
 苦笑してみせると、ヨーコはふんとそっぽを向いた。
 その目は赤かったが、涙はもう、止まっていた。



ここまで読んで下さってありがとうございます。

ヒロムはいつだって負担をものともしない。強いけど不安になる。



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