*the others*
flatters(ヒロム×ヨーコ)
このミッションが終わったら、一番に話しに行こうと思っていた。でも、大好きな先生の大事な結婚式なので、それをきちんとお祝いしてからだと自分に言い聞かせた。結婚式はとても素敵だった。先生の奥さんになる人はとても綺麗で、初恋の人が知らない女性と結ばれたというのに、やきもちだとか、ショックだという気持ちは全く湧いてこなかった。むしろ、花嫁さんと一緒に幸せそうにしている先生を見て、自分もとても幸せな気分になった。
良かったね、先生。
おめでとう。
おめでとう。
ヨーコは心のなかで何度もそう繰り返した。
そうして、ヨーコの中で、何かが一区切り付いた。
【flatters】
結局、基地に戻っても、話をする時間は直ぐには得られなかった。戻ると夜で、パーティードレスを着替えて、お風呂に入って、食事を摂る。時間は刻々と過ぎて行った。
時間が必要だった。ゆっくりと話すだけの時間が。しかし、そうするだけのタイミングがなかなかない。
ヨーコはパジャマ姿のまま、最後にもう一度だけ探して歩き回る。恐らく今日を逃すともう、タイミングがない。
最後のチャンスは、どうやらあった。
「ヒロム!」
自室に戻らず彼がそこにいることがラッキーだと思った。彼はブレイクエリアのテーブルで書面に何かを書いているところだったが、ヨーコに気付いて顔を上げた。
「今日はおつかれ。大変だったね、色々」
自分も向かいの椅子に腰を降ろしながらヨーコはそう言った。ヒロムはそんなヨーコの様子に一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せてから、おつかれ、とだけ言って、また作業を再開させた。見れば、今日のミッションでのメタロイドとの戦闘データをまとめている。取り付くしまもないその様子に、ヨーコの唇が尖る。
「あのさ」
「なんだ?」
ヒロムは顔を上げない。作業は続く。
「今日、ありがと。守ってくれて」
それでも伝えたいことがあるからこうして彼のことを探していた。だから、ヨーコは素直にそう言った。
「守る? そんなことあったか?」
それがヒロムの中ですでに忘却の彼方だったことは心なしかショックだったが。
「エスケイプがいきなり撃って来たとき。ヒロム、守ってくれたじゃん」
ヒロムは一瞬きょとんとした面持ちになって、それから短く、……ああ、と言った。
それはあまりにも突然の出来事だった。メタロイドを誘き寄せるための偽の結婚式だから、敵の襲撃は予想の範疇、むしろ想定していたことだったが、エスケイプが直接現れて二挺拳銃を構えた瞬間、場が停止してしまうかと思うほどの緊張が走った。先生を守らなきゃ、と思った。生身で、それも一般人である先生を。
自分たちの方へ向かって、リュウジとヒロムが走ってくるのが見えた。リュウジは先生と二挺拳銃の射線上に割り込んだ。リュウジが先生を守ってくれるのなら先生にはもう心配することはない。ヨーコの思考はもう完全に戦闘態勢に切り替わっていた。先生は大丈夫。エスケイプが撃ってきても死なない。自分も死なない。先生を守らなくていいなら、避けるなり椅子に隠れるなりどうとでも出来る。
それなのに。
そんな、“一般人”ではないヨーコを、ヒロムは庇った。戦闘ライセンスを持ち、訓練を積んでいるヨーコを、ヒロムは庇ってくれたのだ。伏せたヨーコの肩を掴み、己の懐に隠すようにして、弾幕との壁になってくれた。
その時抱いた妙な気持ちまで鮮明に思い出せる。気持ちの全てに答えが出ているわけではないが、とりあえずはっきりと分かるのは、
「嬉しかった。いっつもは守ってばっかりだけど、守られることなんて、無いし。なんか変な感じだった」
「俺も何であんなことしたのか分からない」
パタリとペンを置いてヒロムはヨーコをじっと見る。心底理解出来ないという表情。
それはミッションで。
作戦で。
すべての起こりうる事態を予測して、想定して、関係各所に手回しをして、綿密に打ち合わせをして、そして行ったメタロイドを削除する為に下った特命。しかし頭では理解していても、滲み出る感情を完全に抑え込むのは難しかった。
囮だと分かっていても、それでもドレスを試着した時は、普段スカートすら履かない自分が、あんなに素敵なドレスを着られたことが嬉しかったし、仲間の皆にすぐに見てもらいたいと思った。
しかしすぐに作戦だと自分に言い聞かせた。
ーーもしそんなこと言ったら、なんて怒られるか分かんないし。
なのに、リュウジは大袈裟に取り乱し、司令官も普段とは様子がおかしかった。
「みんな、ちょっとずつ、変だったよね」
「……そうか。俺もどこかおかしかったのかも知れない。よく考えれば、あそこでヨーコを守る必要なんてなかったわけだ。それなら、あの弾幕に紛れてバスタースーツを着てエスケイプに斬りかかっていた方がよっぽど効率が良かった」
「そう、だね……」
嬉しかった気持ちが一気に萎えていく。言葉にだしてこうもはっきり言われてしまえば、もう何も言えない。はっきりと否定されてしまうことの辛さ。今日一番といえる嬉しさを、あれは間違いだった、なんてなかったことにしてしまう、厳しい台詞。
そうだ。ヒロムはいつだって厳しい。
「でも、俺はあの時ああすべきだと思ってた」
「え……?」
「何て言うか、よく分からないけど、これは傷付けたり汚したりさすがに出来ない、って思ったら、勝手に体が動いてた」
期待したらいけない。裏切られた時が辛いから。
「………汚れたらって、ドレスが?」
そっぽを向いたまま、皮肉げに呟く。
「特命部持ちだもんね。ああいう経費。仲村さんが言ってたの聞いたーー」
「おまえが、だよ」
聞こえた予期せぬ言葉につい顔を上げると、
「ドレスを着たヨーコを、汚したり、怪我させたりしたくなかったんだ、俺は」
ヒロムはヨーコの顔を覗きこんで、はっきりとそう言った。
そうか。
そういえばリュウジや司令官があまりにも強烈だったから忘れがちだったけど。
司令官にエスコートしてもらいながらバージンロードを歩いた時、ヒロムは確かーー。
ーー笑ってた……。
それはミッションで、作戦で、自分は囮で、浮わついた気持ちなんて作戦進行の邪魔になるから我慢しないといけないのに、それなのに。
ヒロムは確かに笑っていた。ウェディングドレスに身を包んだヨーコを見て、穏やかに笑顔を浮かべていたのだ。
ーー聞いてもいいのかな。
あの時、ヒロムに一番聞きたかった言葉を。
“ねえ、見て。どう? 似合ってる?”
ーーと。
それを口にするまでもなく、言葉はヒロムの口からしっかりと返ってきた。
「おまえ、ちゃんと可愛いんだな。ドレス姿、良かったよ」
そう言って、ヨーコに向かってあの時と同じ笑顔を浮かべた。
「!」
同じだ。
あの時と。エスケイプが撃ってきて、ヒロムが庇ってくれた、あの時の。ヒロムの腕の中で感じた気持ちと今、まったく同じ感じだ。
ーー変なの。
心臓がとても速くて、胸がきゅっと苦しくて、顔が熱くて、悲しいような苦しいような、それでいて、嬉しい気持ち。この気持ちは一体なんだというのだろう。
ヨーコと向かい合って座る、彼の、テーブルに無造作に置かれた手に、触れたくて、でもそうしてしまうと自分の中で何かが取り返しのつかないことになりそうな気がして、ヨーコは自分の手を痛いくらいに握りしめた。
「ああいうの、何て言ったっけ。……ああ、“馬子にも衣装”、だったか?」
真顔で告げるヒロムの顔面に、ヨーコの拳がめり込んだ。
期待する度裏切られて、悲しい思いをしたと思ったら優しくて、かっこよくて。
ああもう。
そんな自分が馬鹿みたいだと思うくせに、それでもいつも、勝手に彼に振り回されに行くのは、その自分なのだ。
「一言多いっ!」
腹が立つのに思わず笑みが浮かぶ。
さっきはあんなに触れたくても伸びなかった自分の手が、今はいとも簡単に彼に殴りかかっているこの状況が、不思議だと思う反面、どこかほっとした。
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