*the others*
a charming feature(ヒロム×ヨーコ&リュウジ)
割に合わない。
一度そう思ってしまうと、もうその事が頭から離れなくなる。
身体にわずかな異変を感じた。
――やば! そろそろおやつ食べとかないと……。
ヨーコは走りながら腰のポーチを探る。左手にイチガンバスターを持っている為、片手でのポーチから中身を取り出すという作業が非常にやりづらい。
意識せず、走る足が遅くなってしまう。とは言え立ち止まって悠長にしている余裕はない。
「待て!」
逃走するメタロイドを先頭を走るヒロムが追いすがる。それにリュウジが続く。やっと取り出せたウエハースをかじるヨーコは少し遅れて付いていく。
ヒロムに続いて角を曲がろうとしたリュウジが、ヨーコに気遣わしげな視線を送ってきた。
「大丈夫!」
ムキになって返すヨーコの頬は、憮然として膨らんでいた。
――やっぱり、割に合わない……!
【 a charming feature】
考えれば考えるほど、自分だけが不利だと感じてしまう。それでもそうせずには自分自身の身体の自由が利かなくなってしまうので、ヨーコはメロンパンにかぶりつく。半ばやけ食いのようにむしゃむしゃと食い進める。そうして考える。どうして自分はいつだって食べ続けなければならないのか。食べなければ四肢を動かす事が出来なくなってしまうのか。どうして自分はそうなのか。どうして、自分のウィークポイントはそうなのか。
単純に、不便だ。そのくせワクチンプログラムによる脚力の強化なんて、戦闘時に活躍することなど滅多にない。それならば、ヒロムの過度加速や、リュウジの腕力増強の方がよっぽど役に立つ。彼らのウィークポイントなんて、ヨーコのそれに比べればそれほど困る事の少ない可愛いものだ。
ーーずるい。
ヨーコの頬が不機嫌そうに膨らむ。
このままだとどうにも腹の虫が収まらないので、腹いせに少し悪戯をしてみることにする。
司令室のテーブルで黙々と作業に没頭しているヨーコに、なんとはなしに近付いてきたヒロムが不思議そうにヨーコの手元を除きこんできた。
「何を書いてるんだ? 珍しく宿題でもやってーー、っ!!?」
ヨーコの描いているものを見た瞬間、ヒロムの動きが油の差していない機械のように鈍くなる。
「お、まえ……、絵、下手、だな」
「そんなこと言ってるくせに固まりかけてるじゃん」
完全にフリーズしなかったのは、確かにヨーコの描くニワトリの絵があまり上手くないせいかもしれないが。
額と肩に冷却シートを貼り、更に二の腕を保冷剤で冷やすリュウジの姿を遠目に見付けたヨーコだが、煮えたぎるおでんの鍋を両手にしながらもそれ以上近付けないでいた。
ーー熱暴走して、もし私に襲いかかってきたらどうしよう。
少し怖くなって、引き返そうとしたその瞬間。
「あ」
急激に身体の力が抜けていき、立っていられなくなって、おでんの鍋を持つ力も抜けて。
派手な音を立ててその場に倒れてしまった。
充電切れ。
ーーおやつ、いつから食べてなかったっけ?
「ヨーコちゃん?! 何してるの、こんなところで! ていうか、何でおでんが床に散らばってんの?」
困った顔でそう言いながら、自分では全く動かせなくなったヨーコの身体を、リュウジはひょいと持ち上げた。
ーー私、何やってんだろ。
自己嫌悪が、とめどなく襲ってきた。
「自分のワクチンプログラムがどうやって決められたか、ですか?」
そう繰り返すヒロムの眉間には、怪訝そうに皺が寄っている。
「うん、前にそうやって訊かれてさ。なんか自分のウィークポイントが不便だって言うんだよね」
少し離れて付いてくるヨーコを振り返りながら、リュウジは困ったように言う。
「そんなの俺だって不便ですよ。リュウジさんもでしょ?」
「まあ、ね。でもそれだけじゃなくて、脚力増加もそんなに役に立たないって、拗ねてるんだ」
ヒロムは足を止めて振り返った。離れた場所でヨーコもまた足を止め、自分を見るヒロムを見た。
「くだらないですね」
わざとヨーコに聞こえるように、そう言った。ヨーコが目を見張り、睨み付けてくるのが見えた。
「今は余計なことをぐだぐだと考えている場合じゃない。メタロイドを追って一刻も早く削除するのが先です」
苦笑するリュウジに声をかけ、ヒロムは再び身を翻す。
「ヒロムに私の気持ち、分かんない!」
ヨーコはその場を動こうとはしない。苛々が募り、溜め息を吐き出した。
「あのな、おまえの脚力増加が役に立たないんじゃない。おまえがそれを生かせてないだけだ。大体、ワクチンプログラムがあるからヴァグラスと戦えるんだ。ワクチンプログラムは十分役に立ってる」
「……容赦ないなぁ」
現実を伝えたつもりだったが、それでもヨーコは動こうとしない。俯いた頭からは表情が読み取れないが、よく見ると肩が微かに震えているように思う。
ヒロムの重い溜め息が港倉庫内に響く。メタロイドがどこまで逃げたのだろう、とか、司令室も自分達が足止め状態であることに気付いているだろうな、とか、懸念は増すばかり。
ヒロムは足元に視線を落とした。倉庫内の二階部分。鉄骨を組んだ足場の上。およそ十メートルの距離を挟んでヒロム達と、立ちすくんだままのヨーコ。
「ヨーコちゃん、行こう? メタロイドを削除しないとーー」
「リュウジさん」
ヨーコの説得を中断されて、リュウジが不思議そうにヒロムを見る。
「この足場、破壊してください」
「わかった。……え?! 今なんて?!」
「この足場を破壊してください、と言ったんです」
「なんでそんなこと……」
「ヨーコの機嫌を直す為です」
言い張るヒロムに、納得いかない様子ながらも、
「その言葉、信じるからなっ!」
表情を引き締めた。
「はあああっっ!!!」
気合いと共にリュウジの上腕二頭筋が異常なほどに盛上がる。振り上げた拳を、リュウジは足場である鉄骨へと叩き付けた。
「!!?」
ゴワン、と金属の鈍い音が轟き、鉄骨がひしゃげる。まるで積み木で作った城が崩れるように、足場であった部分は一階へと落ちてしまった。
今は落ちた足場の向こう岸に立ち尽くすヨーコ。信じられないものを見るような目でヒロムとリュウジを見ている。
「置いていく。そこでいつまでも拗ねてればいい」
「な!? ヒロム?! ちょっと、ヨーコちゃんの機嫌を直すんじゃないの?!」
「いいからリュウジさんは黙っててください」
「な……、何言ってんのよ! 出来るわけないじゃない……!」
さすがに頭が冷えたのか。自分の我が儘と特命と、どちらが優先すべきことかを思い出したようだ。しかし、行くと言ったところでヨーコの前から消えて無くなった足場。さっさと行くぞ、そんな目でヨーコを促せば、彼女はおろおろと立ち尽くしている。だからヒロムはきっぱりと言ってやった。
「跳んでこい」
「!?」
「ちょっと、ヒロム! いくらなんでも……」
「出来るだろ。ヨーコの脚力なら」
とは言えそこは十メートルの距離。なかなかヨーコの足は動かない。
「さっさと跳んでこい。俺が、受け止める」
最後の言葉を言い終わるか終わらないかというところで、ヨーコが跳んだ。常人ではあり得ない距離と高さを、重力の鎖から解き放たれたかのように美しく、ヨーコは跳んだ。しなやかで健康的な脚が空中で泳ぐ。長いポニーテールが重力に逆らってふわりと踊る。十メートルの距離をたっぷりと滞空して、広げたヒロムの両腕の中へと、飛び込んできた。
「!」
下半身に力を入れて踏ん張るが、思ったほどの衝撃は感じなかった。それよりも逆にヨーコの予想外の軽さの方が驚きだった。
「……?」
ヨーコはヒロムから離れようとはしなかった。ヒロムの首に腕を回したまま、ぎゅっとしがみついてくる。そんな彼女を放り出すことも出来ず、とりあえず声をかけてみた。
「俺達には、そんな真似、出来ないからな」
「…………うん」
耳元で聞こえたヨーコの声が、妙にか細くてくすぐったかった。
それでもしがみついたままのヨーコにどうしようかと戸惑っていると、リュウジがことさらに明るい声でメタロイドを追おうと促した。これ幸いにと、ヒロムは腕に抱えたヨーコをストンと降ろす。
「行くぞ」
短く告げて走り出すと、ヨーコも後に付いてきた。
「機嫌、直ったみたいだね」
リュウジの囁きにヒロムは肩をすくめてみせた。全くくだらない。ワクチンプログラムとウィークポイントなんて、何をどう恨もうが拗ねようが変えることなんて不可能だし、意味がない。受け入れて利用して活用していくしかないのだ。そうした事実と真実。それが現実だ。
「ヨーコちゃん、あまり気にしない方がいいよ」
背中ごしに声が聞こえてくる。
「ヨーコちゃんにはヨーコちゃんの良いところがーー」
「リュウさん」
「?」
「私、自分の脚力が好きになった」
現実。昇華結果オーライ。
それは何よりなことで。
リュウジが足早に近付いてきて、ヒロムに囁いた。
「……もう俺をダシに使うなんて、やめてくれよ」
「何の話ですか?」
とりあえずとぼけておいた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
バスターズの三人が可愛くて仕方ないです。16歳で最前線に立たされるヨーコちゃんを歳上ズが可愛がったりしてればいい。
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