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*the others*
fan after flap(鈴緒×キタロー)/「最強!都立あおい坂高校野球部」…その言葉はとっておくよ。
【fan after flap】


「いたたたたっ!!ちょっと、ちょっと!痛いって!キタローッ!!」
 机の上に一回転してしまいそうな程の力で右手を押さえ付けられ、思わず鈴緒は場所もわきまえずに大声で喚いてしまった。
「もうちょっと手加減しなさいよぉ。いたたた……」
 唇を尖らせ、右手首をさすりながら抗議する。うっすらと涙まで滲んできた。
 後ほんの少しでも力を込められたらポッキリといっていたのではないかと思うと、恐ろしい気がしないでもない。
「鈴ねえ、弱えぇなぁー」
 それでも目の前の少年は悪びれるどころか、信じられないといった様子で先ほどの鈴緒よりも唇をつんと突き出し、尖らせてみせた。
「あんたが強いのよ!」
「でも負けは負けだかんな」
「……分かったわよ。何でも好きなもの頼んでもいいわよ」
 たかが寿司をおごるかおごらないかの腕相撲で、手首を骨折させられたんじゃたまったものではない。こんな時に限って温泉旅行なんぞに出かけている父を心の底から呪いながら、鈴緒はあっさりと降参した。
「全く……。たまには違うものでも食べたらいいのに」
 今月ヤバいのになぁ〜……などと、こっそり呟いてみたところで給料日前の苦しさを理解してもらえる筈もなく、当の本人は“トロ!トロ!!”などと叫んでいる。ん?トロ?ちょっとマテ!!
「ちょっと!待ちなさい!ごめんなさい、おじさん!今の取り消し!!」
「ぶー!さっき鈴ねえ何でも頼んでいいっていったじゃん──…って!!」
 遠慮容赦ない従弟の額を、これまた容赦ない力でデコピンしてやる。個人的な恨みがこもっていない、という事もない。
 店のおじさんに憮然とした顔を向けられようが、この際構ってなどいられない。
 外の店でトロなど頼もうものなら、給料日前でなくとも、いくら金があっても足りやしない。ましてや、育ち盛りの部員達のお陰で鈴緒の財布は底が抜けているのではないかと思う程、金が一人でに飛んで消えていくのだ。野球部の監督がこんなに金のいるものだとは夢にも思わなかった。
「おじさん、こいつにはカッパね!」
 赤くなった額をさすりながら半眼でこちらを睨む彼に、鈴緒は断固無視を決め込む。“大人の余裕”という名の安っぽいプライドは、無残にも消え失せていた。

 帰り道を二人肩を並べ、歩く。夕飯時をすっかり過ぎたこの通りも、昼間のそれとは思えない程静かで、車通りも少ない。時折通り過ぎていく車のヘッドライトが、二人の影を前から後ろへ運んでいった。
「やっぱり寿司は政オジのに限るなー」
 あれだけ食べておいて、腹をさすりながら聞き捨てならない事をさらりと述べるキタローに、鈴緒の拳が震えた。誰が金を払っていると思っているのか。ほんとに毎回毎回。
「これで負けたら承知しないからねっ」
 ピッと彼の鼻先に人差し指を突き付ける。すると、彼は考え込む様な表情で腕を組んだ。
「どうかなー。政オジのトロ食ってないから分かんねぇや」
 無責任極まりない彼の発言に、一瞬だけ息が詰まった。色んな意味でツッコミたいところだが、そんな気持ちはすぐに消えてしまう。直後にキタローは、へへっと笑いながら「じょーだん、じょーだんだよ」と笑ってみせた。
 もう、と鈴緒も唇を尖らせ、頬をぷっと膨らませる。内心では、解ってるわよ、とこっそりと呟いた。
「オレが完封してやるからさっ。まっかせなさい!」
「何言ってんだか」
 あははと笑いながら、いつもの傍若無人な発言を茶化した。
 ほんとにいつでも自信満々なんだから。この少年……いや、このチームは。まぁ、言ってみればそれが彼らの良い所でもあるし、その自信満々さが今までの奇跡に貢献してきたことも無いとは言えないのだけれど。
 ほんとに、この子達に救われてるなぁ、と鈴緒はつくづく感じずにはいられない。
 職員会議で立候補して、白けた視線を浴びたあの日から今日までに色んな事があったけど、辛くなかったと言えば嘘になるけど、やっぱり野球部の顧問でいて、良かったと思う。
 部員達が去っていってしまったあの時。あれ程悔しい想いをしたのは酷く久しぶりだった。数人が残ってくれた、とは言っても野球が好きで好きで仕方がない鈴緒にとっては、素直に辛い出来事だった。
 意見の食違い、価値観の相違、程々に出来なかった自分、早々に諦める事を選んだ彼ら達。自分が顧問じゃなかったら、彼らから野球を奪う事もなかったかもしれなかったのに、とも思った。
 かと言って、落ち込んでいる暇など無かった。落ち込む暇さえ与えてくれなかった。それが、彼ら。荒川ボマーズ。自分のかけがえのない、弟子たち。
 春風の様に、懐かしい掛け声と共に現れた少年達は、まだ幼さの残る雰囲気をそのままに、しかしあの頃よりさらにたくましく、頼もしく鈴緒の目に映った。
 彼らが掛け降りてきたさま。華麗で、力強くて、自分を心から安心させてくれたあの時のプレーは、まるでネガに焼き付けられた写真の一枚一枚の様に、鈴緒の脳裏に鮮明に残っている。あぁ、彼らだ。間違いない、確かにボマーズだ、と思った。
 長い、長い夏が、始まりを告げたのだ。
「鈴ねえ?」
 頭上から掛けられた声に、鈴緒は我に返る。
「えっ?な、何だっけ?」
「どうしたんだよ、ボーッとして」
「何でもないわよ」
 そう言って取り繕ったかの様な笑みを浮かべると、キタローは怪訝そうな瞳を向ける。
「……ったく。しっかりしてくれよな」
「あはは、そうね。私がしっかりしなきゃね」
「そうだよ。頼むぜ、監督」
 そうだ。しっかりしなくては。自分はこのチームの監督なのだから。ただ“頑張れ”と応援するだけの存在などではない。自分に教えられる事はまだまだたくさんある。
 自分はこの子達の師匠で。この子達と、一緒に闘っているのだから。
 いつもの歌を口ずさみながら前を歩くキタローの歩幅に追いつこうと、少しだけ足を速める。
 再び彼の横に並ぶと、彼の命とも言える左手を、そっと取った。
「?!、?なに?」
 驚いてこちらを見下ろすキタローをよそに、鈴緒はまじまじとその人差し指を見つめる。
 傷あとは残ってはいるが、すっかり完治している。
「もう完全に治ったみたいね」
「ん、あぁ、鈴ねえやみんなのおかげだよ」
 へへっと笑いながら鈴緒の目の高さで指を振ってみせる。
 取った手は、すぐに自分の手からすり抜けてしまったが、いじめ抜かれた形跡は充分過ぎる程に鈴緒の手に伝わった。
 豆が出来ては潰れての繰返しで、カチカチになった手のひら。酷使し続けた為に変形し、節くれ立った指。自分とてそれほど女らしい手とは言えないが、彼の手はそれ以上に“野球の巧い手”になっていた。
 そして、それ以上に感じたのは──。
「大きくなったね、キタロー」
「そりゃまあ、成長期ですから」
「そっか、まだ高一だもんね。これからもっともっと大きくなるよね」
 とは言ってみたものの、少しだけショックだった。あのちっちゃかったキタローが、こんなに大きくなったなんて。従姉としては喜ばしい事だとは思うが、何だか素直に喜べない。
 その原因はなんだろう。それに、どうしてだろう。こんなにも顔が熱いのは。分からない。
 並ぶ肩と二の腕がぶつかり、擦れ合った。

 ──うぉあ?!!
 肩がびくつく。素早く自分の口を塞いだ。声に出てしまったと思った。
 さっきは思わず鈴緒の手から逃げ出してしまったが、その感触は充分過ぎる程にキタローの手へと伝わっていた。
 あのバンソコ女といい、鈴ねえといい、女ってのはみんなこんなに柔らかいものなのか?
 こんな事、今まで思った事無かったのに。
 菅原鈴緒は、北大路輝太郎にとって、従姉で、師匠で、監督で。
 しかし、女だった。
 ──〜〜っ!!
 頭の中のものを全て追い出すかの様に、ぶんぶんと被りを振る。
「キタロー」

「な、にっ……?!」
 従弟の様子が何だかおかしい様な気がしたが、怪訝そうに首をかしげただけで鈴緒は特に疑問を口にはしなかった。代わりに別の言葉を口にする。
「私、あお高の監督でほんとに良かったよ」
 自分は監督として、まだまだかもしれない。
 だけど、それでも師匠と、監督と呼んでくれる子達がいる。一度あきらめかけた夢を、もう一度見させてくれるみんながいる。それだけで鈴緒は幸せだった。
「鈴ねえ」
 どこか不満げな声に、顔を上げる。やはり不満そうな瞳が、自分を見下ろしていた。
「そういう事は甲子園に行ってから言ってくれよ」
「あ」
 そうだった。悦に入るのには少し早すぎたか。
「ごめんごめん。ちょっと早過ぎたわね」
「鈴ねえは絶対俺が甲子園に連れていくんだから」
 あの日から幾度となく聞いてきた言葉。今日はやけに頼もしく聞こえる。
「ありがとう」
 そう言って微笑むと、何故だか顔を逸らして急に走り出した従弟の背中を見つめながら、鈴緒はこっそりと一人苦笑した。


【END】




【後書き】

 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 鈴ねえがキタローの手に手を重ねるシーンを目撃した日からすっかりきちゃいました。バンソコも好きだけど、やっぱり鈴ねえが……!キタローのしゃべり方は独特なので、難しいです。
 それにしても、あお高は全員かっこいいですよね。あんなチームあったらそりゃあ最強!ですよ。






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