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*the others*
Thank you.(一騎×真矢)/「蒼穹のファフナー」…君の知ってる、自分でいたい。
【Thank you.】


「やっぱりここにいた」
 はにかむ様な少女の微笑みに一騎は、やっぱり適わないな、という風に観念した。
「遠見。どうしてここに……?」
 聞いても無駄だという事は分かってはいるが、一応聞いてみる。次に彼女が言うだろう言葉は、もう分かっていた。
「ん。なんとなく一騎くんがいるんじゃないかなぁと思って」
 やっぱりだ。そんなに自分は分かりやすい動きをしているのかと恥ずかしくなってしまうほど、真矢には自分の行動や思考が筒抜けなのだ。
 いや、この少女にはそういう事が分かってしまうのだろう。彼女はそういう才能の天才なのだから。
「ごめん、一人になりたかった?」
 気遣わしげにおずおずと尋ねてきた彼女に、咄嗟に「いや」とだけ言って、黙り込む。気の利いた言葉の一つも浮かばない自分の脳を、一騎はなじった。
「横。座るね」
 そう言って隣りに掛けてきた彼女と自分との間に空いた、遠慮を表したかの様な距離に、何故だか一騎の心臓がちくりと痛んだ。
 二人の間に流れるしばしの沈黙。海からの風が髪をかき上げ、ひとり山の木々を揺らす。辺り一体に響く、ざあっという音は、木々のざわめく音なのか、はたまた断崖に打ち寄せる波の音なのか見当がつかなかった。
「島、やっぱり小さくなったよね」
「そう……か?」
 返した言葉はたったの三文字だったが、真矢のいきなりの問いにちゃんと反応出来た事に一騎は安堵した。
 島全体を見渡してみる。さっき返した応えの通り、一騎にはそうは思えない。
 まだ自分が何も知らない小さいだけの、ただの子どもだった頃からずっと見てきた、島のままだ。
 とは言え、何ヵ所か切り離されたのも実際にこの目で見ているし、何より遠見が“小さい”と言っているのだからそうなのだろう。
「やっぱり、乙姫ちゃんのイメージがおっきいからかな」
 それを言われると、確かに一騎にも竜宮島が少し小さくなった様な感覚を覚える。
 背中まで伸ばした黒い髪に、凜としたまなざしを持つ、それでいて無邪気で、その辺の女の子と何も変わらない、小さい少女の姿が脳裏によぎる。
「島全体は小さいのに、でも──」
「あったかい……か?」
 直後、酷く驚いた真矢の瞳が自分を見つめた。
「……?」
 まるで不思議なものでも見るかの様に、ぱちぱちと瞬きを繰返す彼女の瞳から、どうしてか目が逸らせない。
 その内に何だか物凄く恥ずかしくなってきて、まるで“ベリッ”とでもいう音がしそうな勢いで、一騎はようやく真矢から視線を剥がした。なんだろう。凄く頬が熱い。
「あはは。一騎くんに私の考え言い当てられちゃった」
「いや……、俺も同じ事考えた、から」
 何気なく言ったつもりの言葉だったが、真矢が頬をほんのり赤く染めながら、「何だか照れちゃうね、それ」と言って笑ったのを見て、改めて自分がどれだけ恥ずかしい事を口走ってしまったのかが解る。
 どんどん熱をもっていく顔を俯かせ、もう何も言わないでおこうとひそかに心の内で決めた。
「でも、一騎くんとおんなじ事考えてたなんて、嬉しいな」
 そう言って柔らかく笑う彼女の顔が優しくて、綺麗で。見つめていたら時間を忘れてしまいそうなほどだったので、またもや上げた顔を俯かせる。
 声だってずっと聞いていたくなるほど甘くて、温かくて。遠見って、どうしてこんなにも俺を安心させてくれるんだろう、と、一騎はいつも思わずにいられない。
「いつもは私が一騎くんの考えてる事、当てちゃうのに、今日は逆だね」「うん」
「なんか不思議な感じ。皆城くんとのクロッシングとはまたちょっと違う感じみたいな」
「……ああ」
「ていうか、比べられる様なものじゃないか」
「………」
「あ、ごめん!また私一人でしゃべっちゃってたね……」
 違う意味で黙ってしまった一騎に不安を覚えたのだろう。真矢が慌てて謝ってくる。それを否定しようと、今度は一騎の方が慌てて顔を上げた。
「いやっ、大丈夫だ……から」
 何が大丈夫なのかは自分でも分からないが、とりあえず真矢が苦笑して、「ありがとう」と言ったので、一騎も内心で胸をなで下ろした。
 それ以来、真矢は黙ってしまった。
 突然、さっきまで聞いていた彼女の声が中断されて、残念に思った。
 ずっと聞いていたくなる声。
 むしろ、この声がいつまでも聞けるなら、ずっとしゃべっていてくれてもいいのに、と一騎は思う。そんな事、ただのエゴイズムに過ぎないけれど。
「……もう、決心ついた?」
 不意に真矢がぽつりと呟いた。
 その時の彼女の様子が、何だかさっきまでとは違う様な気が、一騎にはした。
 いつもは真っ直ぐに相手の目を見てしゃべるのに、その視線は断崖の向こうの海に固定されたまま、どこか違う所を見ている様な感じだ。
 怯えている、様に見えた。そして、もしそうだとしたら、彼女をそうさせているのは紛れもない、自分だ。
 決心。何の?とは聞かない。あの事しかない。以前、真矢にだけ話した、あの事。だから、一騎はその答えを言うべく、口を開いた。
「ああ。ついた」
「………」
 真矢からは返事は返って来ない。どうやら続きを待っている様なので、更に告げる。
「……やっぱり、島を出ようと、思ってる」
「そう、なんだ……」
 落胆した様な真矢の様子に、一騎の胸が痛んだ。でも、心なしか“やっぱり”という風にも見えた。
「俺、こうすると思った……?」
「ん。なんとなくわかってた」
「そうか……」
 思った通りの真矢の言葉に、一騎は酷く安心した。
 自分がいつか、帰ってきたとして。この島の、他の何が変わったとしても、彼女だけは変わらずに居てくれるだろう。そう思える気がした。しかし、すぐに、それはただの願望に過ぎないのだと、気付いた。
「私も……。ねぇ、一騎くん。それ、私もついて行っちゃ駄目、かな……?」
「え……?」 驚いて目を丸くする。今度はこちらを真っ直ぐに見据えた真矢の瞳を、訳が分からないまましばらく見つめていた。
 すると、真矢はふっと真剣な顔をほどき、諦めた様に、悲しげな笑みを浮かべてみせた。
「……ごめん。迷惑だったよね。あはは、何言ってんだろ、私」
「いや、そんな事は……」
 まさか真矢がそんな事を言ってくれるだなんて、願ってもない事だった。
 素直に、嬉しい。他の誰でもなく、真矢となら、一緒に行ってもいい。そう、心から思えた。
 でも、真矢はそれでいいのだろうか。他の全てをなげうってまで、自分に付き合わせてしまっても良いのだろうか。そう考えると、少しだけ怖くなった。
「それに、家の手伝いとかしなきゃいけないし、お姉ちゃんもそろそろ入院するって言ってたから……。やっぱりそんな時間、無い……か」
 そう言って淋しげに笑う真矢の顔を見ている事が出来ずに、一騎は視線を断崖の向こうの海へと移した。
 これで本当に、終わったと、思った。でも、真矢が島に残る事についての奇妙な安心感も、あった。
 真矢に、自分の知っている、安心出来る場所に居て欲しいという勝手な思いを、何故かいつも一騎は抱いていたのだ。
 それに、居場所が出来た様な気がした。自分が帰って来られる、場所が。
「遠見は……、変わらないで、いてくれるか?」
 願う様に、そう言っていた。
「私は……変わっちゃったのかもしれない。どうだろ。うん、多分変わった。この一年で。……でも、これから変わるつもり、無いよ。一騎くんの知ってる、私でいたい」
「そう……か」
 ゆっくりと紡がれる真矢の言葉に心から安堵する。
 帰って来られる場所がある。彼女はこの先、変わらずにここに居てくれる。
 それはやはりただのエゴなのかもしれない。
 しかし、紛れもなく遠見真矢という少女は、真壁一騎にとっての居場所で、拠り所だったのだ。
「一騎くんも、変わらないで、いてくれる?」
「俺は……、俺も。遠見の知ってる、俺でいたいって、思うよ」
 そう言って真矢を見ると、彼女が本当に安心した様子で微笑んだので、一騎もつられて笑みを浮かべた。
 天を振り仰ぐ。そこには、今までと何も変わらない蒼空が、どこまでも広がっていた。


【END】




【後書き】
 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 最終話の、その後と思って頂けたら幸いです。あれは目……元に戻りましたよね?(は)あの後はハグなんかしててくれたら最高だけど、してないだろうなぁ。(笑)
 でも、こんな感じのもどかしい二人が大好きです。






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