[携帯モード] [URL送信]

*the others*
back home(ハイア&ミュンファ)

【back home】


 叩き付けられるように閉められたドアの大きな音に、ミュンファはびくりと肩を跳ねさせた。だから、部屋に入ってきた時に声をかけようと思っていた、“お疲れさま”とか、“大変だったね”などの労いの言葉も、一気に頭の中から吹き飛んでしまった。
 少年は上半身裸のまま、乱暴にベッドに腰をおろすと肩にかけたタオルでがしがしと濡れた髪を拭き始めた。
 ハイアは非常に機嫌が悪かった。
 その証拠に彼は言葉を発しない。機嫌の悪い時、極端に口数が少なくなるのは彼の昔からの癖だ。そのくせ胸の内では目まぐるしく色々なことを考えている。考えて、咀嚼して、こねくり回して、そうして一人で悶々と悩んでいる。
 それをただ見ているだけの自分が、ひどくもどかしく、そして情けない。
 出せばいいのに、と思う。
 出してほしい、と思う。
 彼が少しでも口に出してくれさえすれば、ミュンファは“うんうん、そうだね”と、彼の気持ちを共感出来るのに。一つの問題を二人で分かち合い、彼の心の負担を軽くしてあげることが出来るかもしれないのに。
 それさえもさせてくれないのは、ミュンファのことなど何の頼りにもしていないからなのだろうが、改めてそう自覚すると、ものすごく悲しくなってくる。だからといって事態がどうなるかと言えばそうではなく、依然としてミュンファにとって彼のことは気掛かりであり、心配なのだった。
「あの……、ハイアちゃん、これ……」
 震える手を必死に抑えてミュンファはずっと持っていたジュースの缶を少年へと差し出した。
 本当なら部屋に入ってきた時に、労いの言葉と共に渡すはずだったのだが、タイミングが掴めずにジュースはミュンファの手に包まれるがままになっていた。それ故にキンキンに冷えた状態ではなくなり、常温になってしまったのだが、ハイアに何か話しかけたくて、思わず差し出してしまった。
 ハイアは少しキョトンとした表情でミュンファとジュースとを見比べた。初めて部屋の中に自分以外の誰かがいたことを思い出したような表情だった。
「ん、ありがとさ〜」
 完全に毒気を抜かれたようなその顔に、ミュンファは少しだけホッとする。缶ジュースを受けとると、ぬるくなってしまったことに彼は何も指摘せず、ごくごくと喉を鳴らした。
 今なら言えるかな、と思った。
 初めにかけたかった労いの言葉を。
 しかし出来なかった。ジュースを飲むハイアの顔が、またむっつりとしたものに戻る。彼の中の怒りは簡単に消えるものではないのだ。
 ――あう……。
 情けない。
 こんな調子では、ハイアに存在を忘れられても仕方がない。
 肩を落として床を見つめていると、不意に部屋全体に剄が膨れ上がったのを感覚した。反射的に顔を上げると、放り上げられ空中にある缶と、その向こうに復元された錬金鋼、そしてハイアの顔が見えた。
「ふっ」
 短く呼気を発し、手の中の刀を一閃。一振りしただけなのに(正確にはミュンファには一振りにしか見えなかった)、缶は細切れになってしまった。
 足元にぼとぼとと落ちてくる破片。戸惑った瞳でハイアを見ると、彼は錬金鋼を基礎状態に戻し、大きく溜め息を吐いた。
「ハイアちゃん……」
「あ〜、くそっ!」
 ハイアはがしがしと頭を掻く。
「ミュンファ……、ちょっと出てってくれさ」
 明らかな拒絶の言葉にミュンファは愕然となった。目の奥がジンジンと熱くなり、視界が揺らいだ。
「でなけりゃ、きっとおれっちはお前に辛く当たってしまうさ」
 ミュンファは目をしば叩かせる。どうやらミュンファのことを気遣った言葉だったようだ。今度は違う意味で泣きそうになった。悩んで、怒って、足掻いて、きっと今、すごく辛いはずなのに。それでもこうしてミュンファを気にかけてくれている。
 だからミュンファは――。
「出ていかないよ」
「はん?」
 この少年のそばを離れないと、決めたのだ。
「出ていかない。わたしは、ハイアちゃんと一緒にいる」
「……ふーん。じゃ、好きにすればいいさ」
 ずっとそばにいて、彼を支える。もしかしたら支えにもならないかもしれないけど、その怒りや悩みをせめて分けてもらうような人間になる。そうして、彼の力になる。どれほど時間がかかろうとも。
「わたしだって怒ってるんだよ?」
「……? どうしてミュンファが怒るさ?」
「だって、あの人よりもずっとずっと、ハイアちゃんの方が強いのに……」
 脳裏に浮かぶのは先ほどの試合の風景だ。勝てる試合だったのに、引き分けざるを得なかった。そういう筋書きだったからだ。天剣を獲るにはグレンダンの女王に、一般市民にハイア・ライアの名を刻み付ける為にはどうしても必要な演出だったのだ。
「少なくともミュンファよりは強いさ〜」
「あう……」
 意外な角度で切り返され、ミュンファは言葉に詰まった。確かに武芸者として見習いであるミュンファと、天剣授受者有力候補としてハイアと戦った今日の彼とは、実力は雲泥の差だろう。けれど、そんな彼とハイアとの実力の差はきっとさらに雲泥の差であるに違いないのだ。
 それなのに、わざと引き分けなくてはならないなんて。
 むう、とミュンファは頬を膨らませた。ハイアがくつくつと笑うのが見えた。
「なーんか、お前見てると力が抜けっちまうさ〜」
「そ、そう、かな……?」
「ああ。お前って本当に変なやつ」
「そ、そんなこと、ないよ」
「変さ〜。こんなおれっちと一緒にいる時点ですでに、さ」
「わたしはずっと、ハイアちゃんと一緒にいるよ」
 それは揺るぎない願い――決意だった。なにがあろうと、これから世界の存亡をかけた戦いが始まろうと、決して自分はハイアから離れたりはしない。それは確信だった。
「……後悔するぜ?」
 急に少年の顔が近付いてきて、ミュンファの心臓が痛いくらいの鼓動を叩く。小さい頃から見てきた少年の顔。左目の周りに刺青を入れたり、成長に伴ってより端正になり、変わった部分もあるけれど、どこかやんちゃな面影はそのままな、ミュンファの大好きな顔。
 鼻と鼻とが触れそうな程の近さに胸が苦しくなる。もうミュンファはぴくりとも動けない。
「し、しないよ……後悔なんて……」
 そう返すのが精一杯だった。
「どうだか、さ〜」
 そう言って彼は顔を離した。何故だか少しだけ惜しいような気持ちになったが、ハイアが本当に穏やかに笑っていたので、ミュンファも微笑みを浮かべた。
 彼の心の負担を軽くすることが出来たのか、出来なかったのか。いずれにしても、ハイアのそばで、こうして彼と笑い合うことが出来るだけで、ミュンファは幸せだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

本編のハイアとミュンファが可愛くて……! 幼馴染み最強。ずっと一緒にいたら良いよ^^



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!