*the others*
carry out(シンク×ミルヒオーレ)
【carry out】
「姫様、これを」
そう言って差し出された青い小箱を、ミルヒはきょとんとなって見つめた。
訳が分からず目の前の少年と小箱を交互に見ると、少年は気まずそうに控え目な笑みを浮かべた。
「受け取って欲しいなぁ、なんて……」
少年の手にある小箱を、両手でそっと取った。何か固くて、質量感のあるものが入っている感じだった。
「もらっても、良いんですか?」
「うん。これだけはどうしても姫様に持ってて欲しいんだ」
「何でしょう、開けてもいいですか?」
そう言って蓋に手をかけた瞬間――
「あ!」
「きゃっ?!」
少年が突然ミルヒの手を掴んだものだから、ミルヒも思わず悲鳴をあげてしまった。
「あ、す……すみません!」
「いえ、私こそ……」
「ただ、その箱は……、出来れば僕が帰った後に開けて欲しい、っていうか……」
「わかりました。シンクがそう言うなら、そうしますね」
そう告げると、シンクはほっとした表情を浮かべて、ありがとう、と微笑んだ。
今日のビスコッティ領はすこぶる天気が良い。ここ最近になってシンクと訪れるようになった城の近くの平原に、こうして二人して腰を下ろしていると、朝の爽やかな風が、二人の髪を優しく撫でる。
「シンクは、色んな人にプレゼントしてますよね」
気持ち良さそうに目を瞑っていたシンクが、瞳をミルヒへと向ける。綺麗な、宝石のような蒼い目だと、いつもミルヒは思う。
「うん、フロニャルドの人達にはほんとお世話になったから、少しでも恩返しが出来たらなー、って思って。て言っても、使い古しのお古なんだけどね」
「シンクがくれるものだったら、みんなきっと喜んでくれてます」
「そうかな、そうだと良いけど」
あはは、と笑うシンクの笑みが、どこか寂しそうなのに、ミルヒの胸にも僅かな痛みが走る。本当に帰るんだな、という実感。でも、またすぐに戻ってくる。彼の言う“ナツヤスミ”が終われば、また。少しの間だけの、辛抱。
だから、ミルヒは軽い気持ちでそれを口に出してしまった。自分を元気付けるかのように。ちょっとだけ、冗談めかして。
「でも、なんだかそれって、まるでシンクがもう帰って来ないような感じです、ね――」
――!!
愚かにも、そこまで自分で言ってから気付いてしまった。
パズルの最後のピースが、かちりとはまった感じがした。避けられるのなら、避けたかった。不意に見つけてしまった答え。違うのだと、自分の思い違いなのだと思おうとした。だけど、考えれば考えるほど、否定しようとすればするほど、全ての辻褄が合ってしまうのだ。リコッタが研究所にずっと籠りきりなのも、エクレールが剣の訓練中に鬼気迫る勢いで騎士団員を打ち負かしたことも。このところミルヒが不審に感じたことの全てが、“シンクは二度と戻って来ない”と考えると全て道理が通ってしまう。
――そんな……。
おろおろと隣を見上げる。少年の横顔は、やはり少し寂しそうだった。それから、“そうかな”と微笑んだ。少なくとも、シンクはその事に気付いている様子に思えた。だけど、確認するのは怖かった。出来なかった。自分の考えを、“仮説の段階”にしておこうと、往生際も悪く思っている自分がまだいた。答えあわせをすることがとてつもなく怖かった。
「姫様」
不意にシンクの声。
ミルヒの肩が、びくりと跳ねた。
「僕は、必ず戻ってくるよ」
ミルヒの喉が震えた。
“出来ないんですよね?”
胸の内では、そう言っていた。
「戻ってくるから」
“嘘、ですよね?”そう叫んでいた。
言葉が出なかった。そのかわり、涙が出そうになった。喉の奥が苦しくて、目蓋の内側が熱かった。ここで啼いてしまえたら、どんなにすっきりするだろう、そんなことすら思えるほど、辛くて、悲しくて、切なかった。
――シンクと、もう会えないなんて……!
「だから、そんな顔しないで。姫様っ」
ことさら明るい声だった。ミルヒは、涙を堪えるのに精一杯だった。
彼を悲しませる訳にはいかない。
この“優しい嘘”に、自分は乗らなくてはならない。
朝の風が、二人の髪を揺らす。いっそのこと、涙も悲しい思いも全て、風がさらっていってくれたら。そう思い、目を閉じて、深く深呼吸した。
「シンクは、嘘をついたこと、ありますか?」
「え?」
シンクが、はっとなってミルヒを見た。
「私はあります」
「そうなの? 姫様でも嘘なんてつくんだね」
「ありますよ。うんと小さな頃ですけどね」
ミルヒは遠くを見つめた。晴れ渡るビスコッティの平原ではなく、遠い昔を。
「その時は咄嗟についた嘘でも、その後は、ばれてしまうのが怖くて、それを隠そうとして、さらにたくさん嘘を重ねて……」
まるで何かに囚われているかのような、そうでなければ追われているような恐怖感を思い出す。
「嘘って、辛いですよね」
皆が傷付かないように、シンクが嘘に囚われていても、追われていても、自分はそれに乗らなくてはならない。きっと、それがシンクの望みなのだから。
「うん、そうだね。嘘は辛い。でも僕は……――、僕はきっと、嘘になんてさせない。それを本当に貫き通してしまえば、嘘にはならない」
綺麗な、蒼い宝石のような瞳が、じっとミルヒを見つめた。大きな意志を秘めた、力強い瞳だった。
「だから姫様。そんな顔しないで。ね?」
――シンクは、あきらめていない……?
その力強さに吸い込まれそうになってしまう。
自分は本当に愚かだ。
還す方法がないのを知らずに、逢いたい一心で一方的に召喚して、還す方法が判ると、今度は戻って来られないことに嘆いて。
本当に愚かで、自分勝手だ。
それなのに、シンクはいつだって悲観的にならない。どんな時でも、彼の瞳は真っ直ぐに前を向いているのだ。
嘘ではない。
願望――いや、きっと決意だ。
彼の。
それを、自分が信じなくてどうするというのか。
シンクの蒼い瞳を見つめる。力強く微笑まれ、ミルヒも精一杯の笑顔を返した。溜まっていた涙が、ぽろりと一粒こぼれ、泣き笑いのような表情になった。
「シンクって、嘘をつくのがあまりお上手ではない方ですよね」
「うーん……、確かにそうかも!」
そして、二人して笑いあった。
不意にシンクの手が伸びてきて、ミルヒの頬に触れた。温かさを感じた。それから、優しく優しく撫でてくれた。ミルヒは目を閉じて、彼の手の感触をただ、堪能した。こうして彼が自分を撫でてくれるのが、ミルヒは大好きだった。
「姫様」
「はい、シンク」
「僕をまた、喚んでね。そうしたら、きっとまた、帰ってくるから……!」
「はい……!!」
もう悲しまない。
もう揺らがない。
彼の決意に、自分の心の全てを預けるかのように、ミルヒは優しく撫で続けてくれる彼の手に、自分の手を重ねた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
もし姫様が、シンクが帰って来られないということを知っていたら、な話。でも、最後のシンクが飛ばされる件で、姫様の必死そうに引き留めながらの告白、泣き崩れるところ、どうも気付いてそうだと思ったんですが、リコが約束を守ったんですよ! って言ったところで、どういうことですか? ってならないのを見てたら、うーんどうだろ、と思ったり。
まあとりあえず、シンクと姫様が可愛ければそれでよし、です(は)。
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