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*the others*
That's relief.(ロック&ティナ)/ファイナルファンタジーY
【That's relief.】


「素晴らしい!!」
 目の前の男はその狂気染みた目を、目玉が落ちそうになるほどにひん剥いて、そう叫んだ。
「この破壊の力!! まさにあの化け物の力を色濃く受け継いでいるッッ!!」
 やけに甲高い声が少女の鼓膜をぶるぶると震わせる。少女からは、怒ったり、悲しんだりする機能を全て奪われているために、男の声にも不快を感じたりすることはなく、濁った水晶玉のような瞳を男に向けるだけで、その表情にはなんの感情も浮かばないし、もちろん、声を発したりすることもしない。可憐な少女にはあまりにも無骨過ぎる鋼鉄の中から、ただ、目の前で狂喜している男をじっと見下ろしているだけだ。
「魔導アーマーに乗った」
 魔導アーマー。帝国の最新兵器。今、少女が乗っているのも、そう呼ばれてある機械。
「精鋭五十人を」
 少女の目の前には男。少女の後ろに広がるのは、形の分からない死屍累々。機械だったり人だったり、様々な欠片がぶちまけられている。
「たったの三分で! 皆殺しにするとは!!」
 少女の力。人が絶対に持ちうることのない“魔導の力”をその身に宿した少女。
「全くもって恐ろしい娘ですねえ〜!」
 オーバーリアクションで熱っぽく男は語るが、別段少女に説明している訳ではない。もともとこういった性質の男なのだ。少女も男の声を認識してはいるが、何を思う訳でもなく、何かを考える訳でもない。男の喋っているこれは、命令ではないのだ。少女が聞かなければならないのは、この狂気染みた男の、命令の言葉のみ。
 その時、男の顔に残忍な笑みが浮かんだ。
「ガストラに渡してしまうのは惜しい……。この力さえあれば、三闘神なぞに頼らなくても――……、まあいい。とりあえずナルシェの幻獣を回収してから考えましょうか。おい!」
 初めて声が少女に向けられる。
「いきますよ! ナルシェ鉱山で見つかった氷づけの魔物を捕ってくるんだよ!!」
 何の反応をその整った顔に映すことなく、少女は無言で魔導アーマーを動かすと、男の後を付いてゆく。

「はあっ、はあっ……!」
 少女は走っていた。
 鉱山へと向かって、自分の足で走っていた。
 雪に足が取られ、何度も転びそうになる。
「東口の方へ行ったぞ!! ガードを回せっ!!」
 追われている。どうして追われているのか分からない。思い出せない。
 頭が痛い。かといって足を止めることも出来ない。どうしてだか分からないが、捕まりたくなかった。それが、今の少女の唯一の意思だった。
「……ッ!」
 何故だかベッドの上で目覚めた。それまでは機械の乗り物に乗っていたような気がするのに。額を締め付ける感覚がなくなると、記憶が貯まっていくのを感じた。その時にいた、ジュンという男。男が少女の額から外した、操りの輪。
 そして、鉱山へ行け、という男の言葉。どうやら自分は帝国の兵士で、何故だか人に追われていて、それをジュンは逃がしてくれようとしているらしかった。
 流れるように思い出す。しかし、それ以前からは記憶の繋がりがない。何も思い出せない。分からない。記憶がない。ないけれど、断片的なものや、ここ数日のものなど、千切れた記憶がばらばらに頭に散っている。
 氷づけの魔物。
 力の奔流。
 無理矢理絞り出されるかのような、自分の中の何か。
 二名の兵士の、断末魔――。
「嫌……ッ!」
 その先の映像をなんとか脳の彼方に押し留めようと、身を捩り頭を掻きむしる。映像。記憶。見たくない。思い出したくない。何も、
 見えない。
 ふらふらと覚束ない足は、地盤の緩んだ箇所へと吸い込まれ、
「!?」
 そのまま闇の底へと落ちていく。

 目が覚めた時、また違う男がいた。倒れている自分を、心配そうな表情で覗き込んでいる。
「起きたか……。大丈夫か?」
 上体を起こし、それでも立てずに座り込んだままで男を見上げる。
「俺はロック。おまえは?」
「私……、名前は……ティナ」
「ティナか。他の事は何か分かるか?」
「分からない……。何も、思い出せない……」
「まさか、記憶がないのか!?」
 こくりと首肯すると、ロックの瞳に陰が差した。ひどく、悲しそうな目でティナを見ている。ティナはきょとんとロックを見つめ返した。すると、ロックは何かを決意した表情で唇をぎゅっと引き結ぶと、ティナの肩を掴んだ。大きくて、温かな手だった。
「記憶をなくした……俺は、見捨てたりしない」
「………?」
「安心しろ、おまえのことは、俺が必ず守ってみせる。必ずだ!」
 言われた意味も飲み込めないままロックを見つめていると、坑道の奥から慌ただしい足音が聴こえてきた。追手だ。
「行こう、こっちだ!」
 手首を掴むロックの力強い手に立ち上げられると、そのまま手を引かれ、走り出す。
「もうすぐ炭鉱を抜ける。そうすればナルシェを出られる! そこまで走れるか?」
「うん……」
「よし! 振り切るぞ!」
「あ……!」
 そこからは走った。とにかく走った。追っ手から逃げ、坑道内の魔物を時に撃退し、坑道をティナは駆けた。
 ロックは言葉通り、ティナが魔物に傷付けられないように守ってくれた。だけど、ティナも戦い方は知っていたので、ロックと共に魔物と戦った。
 不思議な気持ちだった。
 ロックの言葉が頭から離れない。
 “守る”という言葉。そんな風に言われたことなんて、今までなかった。
「ロック」
「どうした、疲れたか?」
「あなたはどうして、私を“守る”と言うの? 私は、帝国の兵士なのに……」
 “殺せ”と命令されることが日常的で、初めてかけられた言葉に気持ちの整理が追い付かない。もしかするとそれは、操りの輪が外れて感情が表に出たことへの戸惑いなのかも知れないが。
 ロックは何でもないかのように答えた。
「帝国の人間でも、今はたくさんの追手に追われている、一人の女の子だ。俺はそんなおまえを放っておくなんて出来ない。だから、守るんだ」
 やっぱり、不思議な気持ちになる。
 胸の中に暖かい何かが詰まっていくような、そんな不思議な感覚。
「それに……、もう後悔したくないから……」
「え……?」
「あ、な……なんでもない! さあ、出口はすぐそこだ、頑張れ!」
 この気持ちが何なのか分からない。だけど、今まで会った誰よりも、ティナはロックと一緒にいたいと思った。怖い顔で、ティナに“殺せ”と言う人よりも、決意のある目で、ティナを“守る”と言う、この人と。
 ずっと張られていた膜は破けた。ここから、ティナの記憶も、意思も、始まったのだ。何も思い出せないのは、まだ無いから。
 先の不安も恐怖も、ひとまずは考えないようにして、暖かな不思議な気持ちに身を委ねると、ティナはロックの後を付いて走り続けた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

6から、ロックと出会った頃のティナです。三分で――の辺りは捏造です。それにしても、赤子の頃にさらわれたティナが、あんな可愛らしいリボンやら赤のお洋服を着てるってことは、誰か帝国にもティナのお洒落を気にしてくれる人がいたんだろうか、って思いました。

ロック×セリスも好きだけど、実は序盤のロック&ティナが好きだったりします^^


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