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*tales of…*
axis of the way(ユーリ×エステル)

【axis of the way】


 もともと諦めのいい方ではないのは自覚している。というより、諦めがちの性格ならば、そもそも今の自分は無いに違いない。
 組織の体面に追われて正しいと思ったことを遂行できない騎士団。税を払うことはおろか、その日を食べていくことさえままならない状況にも関わらず搾取され続ける下町の住民。それを糧に肥え太り、挙げ句の果てに道楽気分で殺人まで犯したのにも関わらず然るべき罰も咎めも受けず無かったことにしてのうのうと生きている貴族の人間。
 どうして世の中というものはこうも歪んでいるのか。どうしてこれが罷り通っているのか。自分はこれを許すことが出来ない。だからユーリは自分の道を自分で決めた。選んだ。その為に必要だと感じるものには妥協せず、その道の進む先に罪なるものにしか為せない道が塞いでいようと、切り開き、被り、受け入れる。自分はもう、この道を往くと決めたのだ。
 だからいつだって後悔はしない。
 無論今のこの瞬間とて――。
「こりゃ、やばいかもしれねえな……」
 そんな言葉が口をついて出た。が、口元には皮肉げな笑みさえ浮かべている。呼吸は荒く、不規則だった。肺の辺りに違和感を感じる。
 その束の間の間にユーリの頭は目まぐるしく回る。魔物を殺す為の算段、いや、この場合は魔物から逃げ仰せる算段に変えた方が良い。魔物を葬れないのは酷く癪だが、意地の為にみすみす命を差し出すつもりもない。
 しかしユーリは今、一人だった。
 援護も無く、隙を作る仲間すら居ない。ユーリただ一人だった。
「あいつらはまぁ……心配はないと思うけど……」
 一人になる直前まで居た人びとをちらりと気にかける。

 ギルド“凛々の明星”はユーリを入れて三人と一頭から成るギルドだ。とはいえ、全員揃っての仕事もあれば、一人でこなせるような仕事もある。現に仲間のジュディスなどは、移動輸送手段を持っているため、そういった仕事を回されて、一人で取り掛かることも多い様子だった。
 そして今回の仕事。ユーリが一人で受けた仕事だった。
 護衛任務。言ってしまえば非常にあっさりとしたものだが、魔導器の全てがなくなった今の時代、この仕事は急増の傾向にある。闘う術を持たないものを魔物から護りながら任意の場所へと送り届ける。自分に向いていると思ったし、実際多くの護衛を引き受けてきた。
 今日も今までと変わらない任務になるはずだった。
「……!」
 魔物の巨大な前足での降り下ろしを、ユーリは横っ飛びして避けた。呼吸をする度に胸が痛む。どうやら肋が折れているらしい。直ぐ様立ち上がり、魔物と対峙する。普段のユーリであれば、難なく倒せる相手だが、今回だけは相手が悪かった。魔物は魔物でも、その中で気性の荒い凶暴な魔物。“ギガントモンスター”と呼ばれる奇行種だった。
 出くわした瞬間から対象を護りながらの退却を断念。その速さ、力、桁違い。やむを得ずユーリ一人がこの場に残り、足止めを決意。幸いそれまでが荷車での移動だった為、上手く逃げ仰せている。
 頭がくらくらとして、視界が霞んできた。武醒魔導器がないというだけでこれほど苦戦するものなのか。今までそれに、これほど自分は頼っていたのか。そう思うと、自分自身に情けなさすら感じた。薬品類も持たず飛び出したのが痛かった。幼馴染みである帝国騎士団の団長である青年が、今の自分を見たら何と言うだろう。かつて旅した仲間達は。
 今まで何度も危ないと思える瞬間はあったが、今回は本当に助からないかもしれない。かといって諦めた訳でもないが、どうすれば助かるのかということも想像が付かなかった。
 魔物が固い鱗で覆われた凶悪な尾を振り回す。ユーリは刀で受ける。衝撃。受けきれない。吹っ飛ばされる。受け身を取ろうと体を捻った瞬間、激痛が走りそのまま落下。まともに地面に叩き付けられた。
 ――マジで、今回、死ぬか……?
 死に対する実感が無かった。奪ったことはあっても、奪われる際の気持ちなど、想像だにしなかった。だから、恐怖もなかった。死ぬ気なんてなかった。だけど、脳からの命令を、ボロボロの体はことごとく無視した。
 ――体が、動かねえ……。
 刹那、一人の少女の姿が脳裏に過った。

 名を呼ばれたことでうっすらと意識が回復してくる。清涼な、それでいて悲痛そうに自分の名を呼ぶ声に、自分はどうやら目的の場所へ辿り着けたのだということが分かり、安堵した。途端に全身を様々な痛みが遅い、眠りの淵に落ちかけていた意識を無理矢理引き戻される。顔をしかめてうっすらと目をあけた。泣き顔が目に入る。胸の激しい痛みは、目の前の人物を泣かせていることへの痛みなのか、はたまた肋骨が折れていることでの痛みなのか、区別が付かなかった。
 そこにいる、自分を抱き起こそうとしている少女の名を呼んだ。自分の物とは思えない、ひどく掠れた声が出て、少し驚いた。突然押しかけたことを詫びると、少女はふるふるとピンク色の髪を揺らしてかぶりを振った。
 やがて、地床に触れていた冷たい体がほの暖かくなるのを感じる。体が熱を持ち、急激に活性化してゆく。活力を感じる。注がれる。少女を見る。無言で、無心で祈っている。その体が淡く発光し、力を発動させている。魔導器がなくとも使える力。かつて毒と呼ばれた癒しの力は、その力の本質が換わってもあの頃と変わらず心地好く、さすがだと思えた。 少女は癒しながらも説明を求めた。視線で求めていた。
 さて、何から話したものか。
 今回の依頼の事。
 その経過。
 これほどの傷を負った理由。
 あわや死ぬ思いをした体験談。
「…………」
 久しぶりに会った少女は帝国副帝としての政務が忙しいのか、目の下に薄い隈が出来ている。
 少女にも聞きたいことが出てきた。
 ちゃんと休んでいるのか。
 食べているのか。
 帝国の政治方針はどんな方向性で現在どんな具合なのか。
 天然な陛下と口うるさい騎士団長は相変わらずなのか。
 何からどう話せばいいのか、言葉が見付からず、唇を薄く開いたまま、お互い無言で見つめあう。
 思えば、自分は好運だった。
 あの魔物が、別で現れた魔物に気を取られて自分から離れていったこともそうだし、此処に辿り着けたことも、この場所に少女が居合わせたことも、好運としか言い様がなかった。
 しかし、自分はそのことについて、たとえ今回のような結果を得られなかったとしても、きっと何一つ後悔しないのだろう。
 これが自分の選んだ道なのだから。
 そう思うと、ある言葉が浮かんだ。
 自分が決めて、選んだこと。死の間際に、ユーリが確かに思ったこと。過った映像。ユーリがこの先どの道を行っても変わることのない、確かな想い。
 これしかないと思った。
 白く、淡く、清浄な光。
 少女の目を見ていると、ユーリの顔に本当に穏やかに笑みが浮かんだ。
 囁く。
「……ちっとおまえに、逢いたくなってな……」
 少女は一瞬だけきょとんとして、それから嬉しそうに微笑んだ。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

こんなことがあるかもしれない的なその後のテルカ・リュミレースでのユーリとエステル。というか依頼は。 や、多分カロル先生がなんとかしてくれてる、はず……。



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あきゅろす。
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