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*tales of…*
front entrance(ジュード×ミラ)

「私のそばで、私を支えて欲しい」
 彼女は真っ直ぐにジュードの目を見て、間違いなくそう言った。だけど、言われた意味を即座に理解出来ずに、ジュードは数瞬固まってしまった。頭の中で言われた言葉を復唱する。意味を咀嚼して嚥下する。やっと脳がそのままを理解して、ジュードは頭から湯気が出そうなほどに赤面した。
「?!! な、な、何を言っているの、ミラ?!」
 ミラは、少しだけ頭を傾げて不思議そうな顔をした。おや、理解出来なかったか、というように。そして、
「君に私の事を支えて欲しいんだ」
 同じことを繰り返した。
「!!!」
 何を言っているの、と言ってはみたが、何を言われたのかはちゃんと頭で分かっている。この場合は、“何ということを言っているの”という意味で言ったのだが、誤解されてしまう言い方を、咄嗟にジュードはしてしまった。だから、恥ずかしい台詞を二度も言われるというこれまた恥ずかしい結果になる。
 口をぱくぱくとさせて、たじろいでいるジュードに、
「たのむ」
 付け加えてそう言った瞬間、操り人形の糸が切れてそうなるように、ミラはどさりとその場に崩れて尻餅を着いてしまった。


【front entrance】


「やっぱりまだ無理だよ。もう少し休んでから行こう」
 ジュードの呆れた声が、静かな小屋に響いた。小屋、と言ってもその地下、言ってしまえば倉庫、といった方がしっくりくる空間。実際に倉としても使われているこの部屋。かつてエリーゼがここ、ハ・ミルに居た頃に、監禁生活を強いられていたのがこの部屋だ。ティポ曰く、“頭がぐるぐるするジュース”もとい、パレンジワインの貯蔵庫として、使われている。ミラはそれを飲んで、足腰立たない状態になっている。要は、酔っぱらってしまったのだ。
「何を言う。私はこんな所で休んでいる場合ではらい。さっさと行くろ」
 回らない舌でそう宣言し、立ち上がろうとして、おっとっと、とたたらを踏む。ストンとその場に尻餅。はあ、とジュードは溜め息を吐いた。
 先ほど言われた言葉をそのまま受け取って勘違いしていた自分が恥ずかしい。一体何を期待していたというのだろう。足がふらふらで立てないから支えてくれ、そういう意味で言われただけなのに。
 勘違いによる恥ずかしさと、ミラから告げられた時の真っ直ぐで凛とした眼差しを思い出して、また顔が熱くなってきた。
「アルヴィンとエリーゼはどこに行った?」
「二人なら出ていったけど……、もう帰って来ないと思うよ。アルヴィンなんて、“マクスウェル様の面倒、よろしく!”なんて言ってエリーゼを連れてっちゃったし」
「そうか、ならジュード。やはり肩をかしてくれ」
 ワイン瓶の並んだ棚を掴んで、ミラは立ち上がろうとする。足元はふらふらと覚束ない。
「どうやら私は君の支えなしではいられないらしい」
「!!」
 この言葉をそのまま受け取っては駄目だ。これはそういう意味ではなくて、というかそういう意味ってどういう意味だ本当に自分の言っている言葉がどういう場面で使われて、何を意味するのか、ちゃんと分かって言ってほしい。
「だ、駄目だよ! この村で休息出来る宿がないのはミラだって知ってるでしょう? だから、ここで休んでいかないと! 眼球の動き、顔色、脈拍、全部が酩酊状態だ。僕は医学生として、あ、えっと、元、だけど……、でも、酔っぱらったミラに外歩きさせるなんて出来ない!」
 早口で捲し立てて、息も荒くミラを窺う。彼女は依然として無表情にジュードを眺めている。それからつとめて普段通りに彼女は言った。
「そうか。ジュードは私を支えてはくれないのか」
 とても重大なことを断ってしまったかのような自己嫌悪。胸が物凄く苦しいのは何故だろう。
「ならばもういい、君には頼まない。そこを退いてくれ」
「だ、駄目だってば!」
 ふらふらと出口への階段へ向かおうとするミラに、両手を広げて立ち塞がった。
 すらりと倉庫という場所で普通は聞かない音。ジュードはぎょっとなる。いつもより切れのない動きで、ミラは抜刀した。
「私の使命の邪魔をするならば、君とて容赦しない!」
「どうして……!!」
 不本意ではあっても、大人しく斬り倒される訳にもいかず、ジュードは咄嗟に構えた。気合いとともに振り降ろされるミラの剣。ジュードは手甲で防ぐ。食いしばった歯から呻き声が漏れた。剣撃を手強く感じたのではない。むしろ万全ではない状態の彼女の一撃は軽く、楽に防げた。しかしそれ以上にジュードは悲しかった。ミラの敵と見なされ、攻撃されているというこの状況が。その役になってしまった自分が。
「やめようよ!」
「使命の為だ!」
 やめて。敵を見る目で、そんな目で、僕を見ないで――!
「僕は……、僕はミラの――」
「はぁぁっ!!」
「敵じゃないのにっ!!」
 大振りな一撃を身を捩って躱すと、慣性で伸びた腕を掴む。神速の速さでもって組付した。床で激しく背中を打ったミラが、息を大きく吐き出し、ごほごほとむせた。
「あ……」
 肩で息を繰り返す。徐々に興奮していた頭冷静さを取り戻すと、ジュードは自分達の状況を理解した。
 自分の体の下にあるミラの体。乱れた髪に火照った顔。まるで押し倒しているかのような体勢の自分。ミラのマゼンタの瞳が、ジュードを見上げている。ジュードの全身が熱を帯びて熱くなった。
「あ、あ……、僕……」
 しかし、身体が固まってしまって動けない。
「ジュード」
「ミ、ミラ……」
「少し頭が冷えてきた」
「え……」
 ワインのアルコールが抜けてきたのだろうか。先程の気合いとは打って変わって、ミラは手足を弛緩させたまま、ジュードを、というより、ぼんやりと宙を眺めている。
「ティポの言っていたように、どうやら頭がぐるぐるとしていたようだ。こんな状態でナハティガルの元に殴り込んでも、きっと返り討ちに遭うだけだろう。君のいう通り、少し休んでから行くとするよ」
 そう言うなり、ミラの目蓋が閉じ、彼女は寝てしまった。きょとんと、ジュードの目が丸くなる。このタイミングで寝てしまうものだろうか。だけど、アルコールの作用で眠気を感じる、というのは聞いたことがある。試しに首に手を当て脈拍を量ってみる。少し速いが、概ね正常だった。
「はぁ〜〜……」
 大きな溜め息が出た。
 散々だ。何故自分はこんな場所で酔っ払いの相手などしているのか。ここに居ない傭兵の男を恨んでしまう。
 しかし振り回された。気持ちを。
 ミラの言葉には嘘がない。在るのは真実だけだ。故に厄介なのだ。真っ直ぐに、あまりにも真っ直ぐに言葉に乗せた気持ちを、投げ込まれてしまうから。
 思わず項垂れてしまうと、良い匂いがした。ミラの頬にジュードの鼻先がわずかに触れた。どきりとして目を開けると、整った鼻や、長い睫毛、形の良い柔らかそうな唇が、とても近くにあった。
「!!」
 雷にでも撃たれたような衝撃を感じた。脳が指令を出す。理性で捩じ伏せた。そしてぎくしゃくとミラの上から体を退けた。自分は何という体勢でいつまでいるのか。
 自分自身が情けないのか、この騒動を引き起こしたミラを疎むのか、早々に逃亡したアルヴィンを恨むのか、相変わらず心はぐちゃぐちゃで、何も考えられなかった。
「何、やってんだろ、僕……」
 膝を抱えて、傍らで眠る女性を見下ろす。平和そうな寝息が、かすかに聞こえた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ハ・ミルでのサブイベントより捏造アフターです。足にきてるミラ様を担ぎ出す前にひと悶着あったらいいな、とか。



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あきゅろす。
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