[携帯モード] [URL送信]

*tales of…*
学園ヴェスペリア〜intermission 3〜

【dawn】


「さぁ、張り切って今日も部活動をしましょう!」
 名前の分からない様々な薬品の臭い。丸やら三角やら細長いのやら、これまた様々な形の硝子の容器の中で沸騰する液体。そんな場所にあまりにもそぐわない声が、爽やかに響き渡った。エステルだ。
「んじゃ、どんな依頼が来てるのか開けてみてくれよ、部長」
 研究準備室に持ち込んだ他の教室の椅子に、リラックスしきった姿勢で腰を降ろしたユーリが言う。
「ちょっと待ちなさい! 何で当たり前みたいにここにいるのよ?!」
 がたん、と教員用のロールチェアを蹴ってセーラー服の女子生徒が立ち上がった。不機嫌そうにユーリを指差して、リタが詰め寄るが、当のユーリに怯む様子は一切ない。まるで意外そうにきょとんとした様子で、
「なんで、って……」
 エステルを見上げる。
「部活動をするから、ですよ?」
 さも当然、といった様子でにっこりと笑った。しかしリタには納得のいく理由ではないらしい。
「だから! 何で“ここで”なのよ!」
「それは、ここにリタがいるからです。やっぱり部活動は部員皆でしないと駄目です」
「おまえ、ここから出てきやしねえじゃねえか」
 ユーリがそう言うと、リタは言葉に詰まってしまう。
「そ、それはだって……、ていうか、あんた達の部室ってどこなのよ!? それが分かんなかったら行きようがないじゃない!」
 ここへ来て初めてエステルの表情が曇った。依頼の書かれた用紙の入った箱を両手で抱きしめたまま、ピンク色の頭を俯かせてしまった。
「その……、無いんです。部室……」
「まぁ、やっていくのに精一杯で部屋どころじゃなかったからな」
「ですから、わたし達がここへ来ます。リタも一緒が良いですから。ね? 良いですよね?」
 リタの顔がみるみる真っ赤に染まってゆく。何かを言おうと口を開くが、わなわなと震えるだけで言葉は出てこない。
「おーおー、大胆なおじょーさんはお前の部屋を部室にしちまうつもりらしいぜ?」
「そ、そんなつもりじゃ……?! もう、ユーリは意地悪です……」
 そんなユーリとエステルのやり取りを余所に、リタはロールチェアに座ると二人に背を向けた。明らかな拒絶の態度に、エステルの表情が曇る。しかし背中越しに聞こえてきたのは、意外な言葉だった。
「べべ別に来てもいいわよ。あたし以外誰も来ないし」
 エステルはユーリと顔を見合わせた。エステルの顔に笑顔の花が咲く。ユーリの口許が不敵に歪む。
「ありがとうございます、リタッ!!」
 背中からエステルに抱きつかれた少女は、顔を真っ赤にしながら、苦しいと言って、やはり怒った。

「それでは、依頼を開けますね」
 ロールチェアの上で胡座をかくリタは半眼で。教室用の椅子にもたれたユーリは寝てしまっているのか目を瞑っている。
「ちょ、ユーリ、寝てないです?!」
「起きてるよ」
 ひらひらと手を振って応じた。
「ちょっと待って。依頼って、そこに入ってるやつ、書いてあること本当にするわけ?」
 リタがロールチェアの上で身を乗り出す。エステルはあっさりと答えた。
「そうですよ」
「おまえの依頼だって受けたじゃねえか」
「そうだけど……。本当にやるの?」
「困っている人がこの学園にいるのなら、なんでもしてあげたいです」
 リタは何も言わなかった。ユーリも何を口にすることもなかった。
「じゃあ、読みますね」
 エステルは用紙を一枚取り出すと、澄んだ声で用紙に書かれた内容を読み上げた。
「“英文の和訳が解りません。助けてください。トート”」
「……何よそれ」
「次行こうぜ、部長」
「あ、はい。それでは……。“マーボーカレーパンがすぐに売り切れてしまいます。買っておいてください。ルブラン”」
「……馬鹿にしてんの?」
「次」
「はい。えっと……、“ヒュラッセインさん、付き合ってください。アシェット”」
「あぁぁーー!!! もう!!!」
 リタの叫びにエステルがびくりと身をすくませた。
「なんなのよ!! さっきから!! ふざけた依頼ばっかり!!!」
「最後のやつはともかくな」
「最後のも意味分かんない。なんなの、アシェットとかいうやつ!」
「そうですよね。付き合う、って一体何に付き合って欲しいんでしょう?」
「……………」
「……………」
 ユーリとリタの視線を受けつつも本気で理解していないらしいエステルが可愛らしく小首を傾げた。
「とにかく、雑用部って、本当にこんなことばっかりしてるわけ?」
「“雑用部”じゃないです。“リベルテ部”です」
「前から思ってたんだが、その……なんとか部ってやつ――」
「“なんとか部”じゃないです。“リベルテ部”です」
「そう、それだ」
 ほとんど沈み込むような姿勢でもたれていた椅子から、ユーリは半身を起こすと、エステルを真っ直ぐに見据えた。
「その、“リベルテ部”……だっけか? それが覚えにくいんじゃねえのか」
「だから“雑用部”で通っちゃってんのよ」
 リタもロールチェアをくるりと回してエステルとユーリに向き直ると、彼の意見に同意した。
「うぅ、そうなんです? リベルテ……、古代の言葉で“風”を意味し、聖ヴェスペリア学園を吹くさながら一陣の風のように自由で、学園内の困り事を颯爽と助ける……――。そんな意味と願いを込めて付けたんですけど……」
「自由ってのはいいな」
「じゃあ、“風部”でいいんじゃない?」
「それはちょっと……」
 ネーミングに関してのこだわりには、どうやら譲れない部分があるらしい。彼女にしては珍しく食い下がっている。しかし、そんな彼女を置き去りにユーリとリタは勝手に話を進めてゆく。
「“風部”だとそれこそ分かんねえんじゃねえのか」
「じゃあ、なんでもするから“なんでも部”。要は“雑用部”ってのを払拭出来れば良いんでしょ?」
「へえ。“なんでも部”か。確か“困ってる人を助けられるのなら、なんでもしてあげたい”んだったよな、部長?」
 エステルはもう半泣き状態だったが、自分達の部活動の現状と評価を見ても、分かりやすい名前の方が良いだろうことは考えるまでもない。がっくりと肩を落として、首肯した。
「決まりだな」
「ネーミングじゃなくて、大事なのは中身……そう、部活動の活動自体、ですよね……」
 そう言って弱々しく自身を励ますエステルに、リタはこっそりと笑った。が、ユーリの視線に気付いて慌てて仏頂面を作った。
「でも、本当になんでもやると雑用になっちゃうんだからね。内容はちゃんと見てよね!」
「だな。困ってるのかサボってるのかは見極めてから受けてくれよ」
 部員達の貴重な意見。エステルは部長として、それを噛み締めしっかりと頷いた。
 部名は決まった。部室も決まった。やっと、聖ヴェスペリア学園での部活動として、本格的に動き出すことが出来る。胸が高鳴る。一度息を深く吸い込んで吐き出すと、決然とした声でエステルは言い放った。
「それでは、“なんでも部”の今日の活動を始めます!」



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!