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*tales of…*
diamond dust(ジュード×ミラ)

【diamond dust】


 何故かと言われれば、分からない。明確な、これと言える答えは見つからない。しかし、そうすべきだと思ったし、そうして良かったと、今は思っている。いや、これから先、このことを後悔したりはしない。後になって思い返すことになったとしても、やはりそうして良かったと、ミラは思うのだろう。
 とても近い位置にある、少年の横顔を見つめながら、ミラは思う。
 その、端正な横顔に、汗が浮かんでいた。よく見ると、呼吸もいつもの彼のそれより少しだけ荒い。
 それもそのはずだ。
 人間というものは弱い。
 それは四大精霊を失って、今は人間の生態機能に基づいて動いている自分が、何よりもよく知っている。連続活動時間は永遠ではなく、疲労は波とやってくる。動けば腹は空くし、手足も重くなる。それを続けていれば、いずれ体力が限界を迎え、倒れてしまう。いつかミラ自身がそうなったように。
 人間は弱い。
 なのに、この少年は、ミラをその身に背負い、朝からずっと歩き続けている。二人分の身体を両足で支え、一歩一歩、進んでいく。前へ。前へと。
 開いた口からは文句や泣き言を一切零すことはなく、ひたすら呼気だけを吐き出して。
「ジュード、少し休むか?」
「僕なら平気だよ。それよりミラ、足は大丈夫? 痛まない?」
「私の事はいいんだ。今は君の事を言っている」
「大丈夫だよ。少しでも早く、ル・ロンドに行かなきゃ……」
 ずり落ちそうになるミラの身体を、ジュードはよいしょと背負い直す。ミラの身体が一瞬だけふわりと浮かんで、またジュードの背中に沈んだ。
 再び歩き出す。真昼の日差しを受けて少年のこめかみに浮かんだ汗が煌めく。
「ジュード、降ろしてくれ。やはり休もう」
「僕は平気だよ」
「いいや、そうは見えない。それに君がもし倒れて動けなくなったりでもしたら、ル・ロンドへ着くのはより遅くなる」
 回したミラの腕の下で、ジュードの肩が、ぎくり、と強張った。
「……そうだね。それじゃあ、少しだけ休もうかな」
 のろのろと、手近な木陰まで歩くと、そっとミラを降ろして座らせてから、ジュードもその隣に腰を降ろした。ふう、と溜め息にも似た息を、少年は微かに吐いた。
 木にもたせかけられ座らされてはいるが、投げ出したミラの足がぴくりとも動くことは決してない。ミラの目は自分の身体の一部である包帯まみれの両足を、何か、物でも見るように無表情で見つめている。
 人間は本当に弱い。
「きっと、動くようになるよ」
 隣で同じようにミラの足を見つめていたジュードが、不意に呟いた。
「ああ、足の心配はしていない。私はこんなことで止まってなどいられない。早くイル・ファンに行かなくては……」
 ジュードの視線が包帯の足からミラの横顔に移っていることに、ミラは気がつかない。
「ミラは、強いね……」
 隣を見ると、いつの間にか顔を上げていたジュードの目と合った。少年は、ついとミラから目を逸らし、俯いた。
「この世界の全ての精霊と人間を守るのが、精霊の主である私の使命だ。だから、私は進まなければならない。何があろうとも」
「……うん」
「しかし今、私を守っているのは、ジュード、君だ」
 ジュードが顔を上げて、虚を突かれたようにミラを見た。茶色の瞳と、やっと目が合った。
「足が無くとも這って進むことは出来る。しかし、それで魔物に襲われでもしたら、私一人では到底太刀打ち出来ない」
 この道中でミラ達に襲いかかってきた、数々の魔物。動く手で剣は持てると言っても、持てる事は使える事にはならない。しかし、その剣を使えないミラが今なおこうして生きているのは、ミラに迫る魔物をジュードがことごとく退けてくれていたからだ。自身の身を守り、ミラの身を守り、時に敵わない状況からは、必死にミラを背負って逃げながら。
「私は君に、守られている」
 ジュードの頬が、ほんのりと赤く染まった。ミラは真っ直ぐにジュードを見つめた。ジュードの目が気まずそうに泳いで、またミラから目を逸らした。
「皮肉なものだ。人間を守りたいのに、今はその人間に守られているなんて」
「………」
 ジュードの口が何か言いたそうに動く。ミラはじっと待つ。しかし、その唇からは何の言葉も紡がれることはなく、また少年は伏し目がちに押し黙ってしまった。
 やがて、ジュードがぽつりと呟いた。
「ミラ、これ、この前エリーゼやドロッセルさんと買い物に行った時に買ったの?」
 これ、といって襟元からペンダントを取り出した。つい昨日しがた、ミラがジュードにプレゼントしたものだ。革紐の先に青色の硝子珠が付けられた、簡素な装飾品。
「ああ、店の店主に加工はしてもらったが、その硝子珠自体は私が以前から持っていた物だ」
「それって、なんだか珍しいね」
 言いながら、ジュードの指は優しく硝子珠を撫でる。
「ねえ、どうしてこれを僕にくれたの?」
 そのフレーズに、ある思い出がミラの脳裏に過った。あまりにもそれが鮮明で、数瞬時を忘れてしまうほどだった。気付けば、ジュードが心配そうにこちらを見ているので、少し微笑んで、すまない、と詫びた。
「ニ・アケリアにまだいた頃、一度だけ遊んだことのある子どもに貰った物なんだ」
「そう、なんだ……」
「その時私は、何故、これをくれるのか、と今の君の様に訊いたんだ」
 ジュードは黙って話を聞いている。
「すると、子どもたちは言ったよ。大切だからあげるんだ、と。これは自分たちの大切なものだから、大切な人に持っていて欲しいのだ、と」
「………」
「私が君にそれをあげたのは――」
 言い終わらない内に、不意に手に温もりを感じた。動けないミラのそばに身を寄せたジュードが、ミラの手を包み込んでいた。やはり、大きな手だと思った。そして、何より温かかった。
 ジュードは何も言わなかった。でも、そのことに感じるものはなかった。ただ自然に、彼は彼の手を、ミラの手に重ねたのだった。
 重ねているのは手だ。直接的な温もりもそこだけだというのに、何故だか胸の奥がじんわりと温かい。確か彼に背負われている時も、そんな風に思った。何故だろう。何故かは分からないけれど、自分は――。
 ――ジュードがそばにいることで安心感を得ている……?
 まさかな、と胸中で呟いて、頭を振った。しかし、重ねられた手を振り払おうとするつもりもなかった。
 ――人間は弱い。
 足が動かなくなっただけで、生命の危険に晒されるほどに。
 ――しかし、だからこそ人間は強い。
 助け合い、守ることが出来る。大切な者の為に砕身することが出来る。
 ――だから私は人間が好きで、守りたいのだ。
 人間そのものへの愛しさなのか、少年の手の温もりへの愛しさなのか、判別は出来ないが、確かにそこに存在する守護欲に突き動かされて、ミラはジュードの手をぎゅっと握り返した。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ボアに馬を吹っ飛ばされてから、サマンガン海停に着くまでの捏造小話。守れるものなら全て守る。そうでない時は決断する。ガンダラ要塞でそう言った事が、とてもしっくりくる彼女の行動。でも、イバルよりもジュードを選んだ時の心境に、ほんのちょっとでも彼に対する特別な何かがあればいいなぁと、そう思います。



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