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*tales of…*
godless(ジュード&ミラ)

【godless】


 もうずいぶんと長い間、ジュードは椅子の上で微動だにせずミラを見つめている。ベッドに横たわるミラ。閉じられた睫毛はもしかしたら二度と開くことはなく、眠っているのではなくて永眠しているのではないかとさえ思えてくる。が、そんな事は杞憂だと理解している。ミラの胸元が微かに上下している。呼吸している証拠。もう起きないのではないか、などと危惧してしまうのは、それほどまでに自分の疲労が蓄積しているからなのか、それとも、彼女のまるで精巧な人形のような整った顔が、人間らしさを感じさせない為か。といっても彼女は実際に人間ではない。精霊だ。それなのに人間基準で考えてしまうなんて、やはり自分は相当疲れているらしい。
 それでも“休む”という選択肢はジュードの中にはない。ジュードはただ静かに、じっと、ミラの寝顔を見つめる。
 峠は越えた。一番恐れていた事態は回避出来た。そのことの安堵は大きく、そのまま疲労となって己の身にのしかかる。だけど、このまま目を覚まさなかったら。いや、彼女がこんなところで終わるはずがない。そんな自問自答の繰り返し。それで何がどうなるわけでもない。
「……?」
 そう言えば先程からティポの声がしない。ミラの容態を嘆いたり、エリーゼを慰めたり、賑やかしい声で喋っていたのに。立ち上がってエリーゼが腰を下ろしていた場所を見てみる。
 倒れていた。エリーゼが、ティポを抱きしめたままで。
「!?」
 近付き、跪いて様子を見ると、小さな寝息を立てて眠っている。ジュードは、ほっと息を吐いた。彼女も限界だったのだろう。ミラを心配して、泣きそうな表情を浮かべながら、小さな身体でずっと精霊術を使って治療を施していたのだ。
 それなのに、そんなエリーゼに気を使ってやれなかった自分の余裕のなさに、少し情けなくなった。
 そっとエリーゼを抱き上げると、静かに部屋を後にする。彼女を休ませてやる為に。

 静かだった。
 部屋には、自分とミラしかいない。
 どうすることも出来ない静けさ。それが重くて、痛すぎた。
 ジュードはミラの寝顔を見つめる。
 思い浮かぶのはガンダラ要塞での光景。見たくなかった最悪の事態。無惨に焼け焦げたミラの細く長い足。苦悶すら浮かべない、危急を意味する無表情。徐々に弱まっていく呼吸。
「……っ!!」
 ジュードは唇を噛みしめた。目を固く閉じ、焼き付いて離れない記憶の光景を無理矢理頭の中から追い出そうとした。だけど、そうするごとに胸が痛む。ひどく痛む。
「く……っ!」
 怖かった。
 分厚い隔壁でミラと引き離された時の恐怖。ミラの足に爆弾が付いたままなのに、術式紋様がまだ起動していた事実への恐怖。ボロボロになった彼女を見つけた時の恐怖。それらがジュードを襲う。時間が経った、今でも。
 ――ミラが、本当に死んでしまうかと思った。
 出会った時から思っていた。
 強い女性だと。
 “果たすべき使命”。
 “なすべきこと”。
 彼女の、信念に従って真っ直ぐに突き進む姿は、いつもジュードの目に眩しく映って見えた。どうしてそんなに強いのだろう。どうしてそんなに揺るがないのだろうと、尊敬にも似た念をジュードに抱かせた。後に引けない状況になり、それでも彼女のことを放って置けなくて、ここまで付いてきてしまったけれど、もしかしたら自分自身が、そんな彼女のことをずっと見ていたいと思っていた結果なのかもしれない。証拠に、ミラがこれ以上ジュードを巻き込まぬようにとニ・アケリアに置いて行かれそうになった時、まるで捨てられたような気分になったのを覚えている。
 彼女ともっと、旅がしたい。
 彼女をもっと、そばで見ていたい。
 それは、ずっと続いて行くのだと思っていた。
 そんな彼女が、今はぴくりとも動かず、ベッドの上で横たわっている。
 いつ目覚めるとも知れないまま。
 シーツの上掛けを捲る。細くて華奢な肩が露になる。手を取った。そのあまりの冷たさにぎくりとなった。手首に指を宛て、定期的な脈拍の確認。前回と変わらず。異常無し。
 ミラの手をシーツの中に戻そうとして、ジュードの手が止まる。意外と小さな手だと思った。その手を、ぎゅっと握る。しかし、ミラの手は握り返してはくれない。両手で包み込む。ミラの指は動くことはない。
「ねえ、起きてよ。ミラ……」
 大事に手を握ったまま語りかける。返事はない。
「君は、こんな所で寝てちゃ、駄目だよ」
 反応は何もない。
「クルスニクの槍を壊すんでしょう? 四大精霊を解放するんでしょう? なら、行かなきゃ」
 ミラの、常に進む先を見据えた意志の強い瞳が脳裏に蘇る。ジュードの目に映る彼女の背には、見事な長い金髪がいつだってふわふわと揺れていた。
 海停の存在も知らないのに国境を越えようとしていた。お腹が空いて倒れたこともあった。剣の扱いも知らなかった。困ったように眉をひそめた顔。笑うと綺麗というより可愛くて、怒った姿さえ凜としていた。今まで彼女と過ごした様々な情景と彼女の表情が、ジュードの脳裏に浮かんでは消えてゆく。
 それが、ゆらゆらと揺れたかと思うと、溢れて、こぼれ落ちた。ぽた、ぱた、とシーツに丸い染みがいくつも生まれた。
「起きてよ……! ミラ……!!」
 泣きながら、強く手を握りしめる。
 ミラの傍らに跪き、握った手を額にぎゅっと押し宛てた。
 切実な願いを神に祈ろうとして、不意に気付く。確かリーゼ・マクシアの神様は、ミラなのではなかったか、と。
 ――この世界の神様が君なら、僕は誰に君のことを祈ればいいんだろう。
 涙で濡れた熱い瞳で静かに眠る顔を見た。それでも、その目が開いて、美しいマゼンタの瞳でジュードを見つめてくれることはなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

今夜が峠――ら辺の、シャール家お屋敷の捏造アフターです。ガンダラ要塞でシャッターが閉まった時のジュードの必死さがかっこよかったんですが、きっとあの夜のシーンでは、余裕なく一人で永遠とも感じる時間を苦しい思いでミラのそばに居たのではないかと。



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あきゅろす。
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