[携帯モード] [URL送信]

*tales of…*
bind control(ジュード&ミラ)

【bind control】


 完成された芸術品。
 言葉で表現するならそう言ったところだろう、とジュードは思った。実体化した精霊。元素の精霊マクスウェル。にわかには信じがたいが、四大精霊をことごとく見せ付けられているジュードにとっては、それが真実だと認識せざるを得ない。
 とは言っても。
「すう、すう……、うーん……むにゃ。おかわり……」
「………」
 ジュードの前に無防備に寝顔を晒している様子は、精霊の主というより、ちょっぴりだらしない、女性……。
「……精霊も、寝言なんて言うんだなぁ……」
 先ほど食べたシチューがよほど美味しかったのだろう。なんとも幸せそうな顔をして眠っている。それを見ているジュードの頬も思わず弛んでしまう。
 ――こうしてみると、本当に普通の女の人と変わらないな……。
 それでもこの顔が、容姿が美しいことに変わりはない。
 実体化した精霊であるミラには、人間一人一人が持つ特有の“癖”のようなものが見当たらない。まさに、“完成された芸術”。整った鼻筋。滑らかな頬。形の良い唇。シャープな顎。思わずまじまじと見つめてしまう。知らず知らず、至近距離からミラの顔を見つめてしまっていて――。
 その長く美しい睫毛が、なんの前触れもなく、パチリと開いた。
「!!?」
 超至近距離でミラと見つめ合う。
 形の良い唇が動き、
「……ジュード。君か」
 と言った。
 直後、
「うわぁああ?!!」
 物凄い勢いで後ろに飛び退いた。
「なぜ、そんなに驚く?」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!!」
「なぜ、そんなに謝る?」
 突っ伏していたテーブルから上半身を起こし、怪訝そうな瞳でジュードを見る。
「なぜ、って……。女性の寝顔をじろじろと――」
「見てはいけないのか?」
「あ、あんまり……良くない、よ」
 失礼なことを働いた恥ずかしさと、それをわざわざ言葉で説明させられている恥ずかしさとで、ジュードは心底自分のしたことを後悔した。
「分かった。その謝罪は受け取ろう。そして、私自身も肝に命じておこう。“女性の寝顔はじろじろ見てはいけないものなのだ”、と」
「えっと、あの……そうじゃなくて……」
 ――何を言ってるんだろう、僕は……。
 なんて、誰に当てたか分からない恨みが、胸に浮かんだ。
「じゃあ、どういうことなんだ?」
 ますます食いついてきた。
 世論に疎い――もとい、四大精霊の居ない今、人として知っておかねばならないことを吸収しようとする姿勢からだろう。
 それとも単なる興味本意、からなのか。
 どうしたものかと思う。もうこの話題はここまでにして欲しい。なにか話題を逸らせるものはないだろうかと、頭を巡らせて、あるものを見つけた。
「あ……」
「……?」
 同じように立ち上がったミラが、腕を組んで怪訝そうに首を傾げる。
 その時に揺れた、彼女の髪の、側頭部に流れる、先端が神秘的な明緑色の、くるんとカールした――。
「癖……あった」
「癖?」
 首を傾げる度に、ひょこひょこと揺れる。
「ねえ、ミラ。その髪。どうしてそこだけくるんとなっているの?」
「ん? ああ、これはお洒落というやつだ」
「……お、洒落?」
 ジュードの目が丸くなる。ぱちぱちと瞬く。
「旅に出る前にある者が結ってくれてな。私としては気に入っているんだが」
 言って、明緑色の髪の束を指で摘まんだ。つう、と引っ張って、離す。くるんと丸まった。
「おかしい、か?」
 難しい顔をしてそう問うミラの様子に、とうとうジュードは破顔した。
 声を上げて、笑った。
 心から笑えたのは、何時ぶりだろう。
 思えば、つい昨日までただの医学生だったのに、何故だか重罪人としてラ・シュガルを追われ、今は異国の地に精霊の主である女性と一緒にいる。なんという数奇なこと。足元の覚束無い今の状況に、不安で、そんな自分がどうしたいのかが分からないのが情けなくて、心は酷く揺らいでいた。辛かった。それはなんの進展も解決もしていない。だけど、今、ジュードは心から笑っている。
 気が付くと、涙が滲んでいた。
「泣くほどおかしいのか?」
「ごめんね、笑っちゃって」
 息を調えて、涙を拭って、怒っても困ってもいない無表情のミラに、ジュードは詫びた。
「そうか。これはそれほどまでに変、なのか……」
 上目使いで毛束を見上げている。器用だな、と思う半面、その時に思い浮かんだ言葉が、何故かしっくりときた。
「そんなことない。可愛いよ、ミラ」
 毛束から視線を外してジュードを見つめるミラの瞳は、何の感情も映していなくて、相変わらずどう感じているのか分からないけれど、大きくて綺麗な瞳はしばらくじっとジュードを見ていた。
「“可愛い”とは一般的に年端の行かない子供に向けて使う言葉なのだと思っていたが」
「あ、ごめん……、気に触ったなら謝るよ……」
「だが――」
「……?」
「君にそう言われると、悪い気はしない」
 そう言って精霊の主は、ふわりと微笑んだのだった。その瞬間に、何故だかジュードの心臓が変な鼓動を刻んだのには、誤魔化しようがない。
 ――ミラってなんだか、よく分からないや……。
 かっこよくて、可愛くて、でもどこか冷たくて、そして放って置けなくて。いつの間にか行動を共にする羽目になってしまった女性。
 自分はこれからどうしていいのかも、どうしたいのかも分からないが、彼女のことは少しでも長く、見ていたい。自分が今、気にかけなくてはならないのは、他人の様子ではないし、それどころではないのだけれど、それでもジュードの視線と思考は、目の前の女性に縫い付けられたかのように逸れることはなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

“可愛いよ”が言わせたくて出来た小話。時系列的に、ア・ジュールに着いた頃の空腹イベントの捏造アフターです。ジュードとミラが可愛くて仕方ない。ジュード先生はミラ様の小腹を満たしてあげればいい。



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!