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*tales of…*
not on no account(ユリエス)

【not on no account】


 たいしてそう多くもない自分の荷物をごそごそと整理していると、指先に妙な違和感を感じてユーリは眉をひそめた。明らかに異質なものがそこにある。滑らかな触り心地の上等な布。自分の持ち物の中にそんなものあるはずがない。間違ってエステルの服でも入ってしまっているのかとも思ったが、まずあり得ない。もしやと思って引っ張り出してみて、やはりとため息を吐く。確かに“上等な布”がそこにあった。
「フレンのやつ……要らねえって言ったのに……」
 ありがたくも皇帝陛下殿から、騎士団長経由で賜った、“自由騎士”の証である正装が、丁寧にたたまれユーリの鞄の奥底に知らぬ間に収納されていた。
 ――だいたい、いつからオレは騎士になったんだ?
 “自由騎士”なんて言うと聞こえは良いが、そんなものになった覚えはない。故に、讃えられたり認められたりするような人間では自分はないし、そんなつもりもさらさらない。自分が今までやってきたことが結果的に周りの人間の目にどう映ろうとも、自分の進むと決めた道の中で犯した罪が消えるわけではない。後悔もしていない。それについても腹はもう括っている。“自由騎士”という称号に収まることは、そんな過程もすべてすっ飛ばして無かったことにしてしまうような、そんな気がするのだ。自分が頂戴するようなものではない。
「…………」
 しかし、だからといってここまでされて人の好意を突っ返してしまうほど、ユーリも不粋ではない。世間で言うところの、“気持ちだけ貰っておく”というやつだ。着なければ良い。そして、あまり騒ぎ立てなければ良い。それで普段通りで居れば良い。
 だから、“この服はもう一度荷物の奥底へとしまっておくことにしよう。”
 そう結論付けて服を再び戻そうとした瞬間、背後の影がぎくりと揺れたような気がした。手をぴたりと止める。宿屋の一室。相変わらずの静寂。一人――。
「…………」
 視線には気付いていた。物凄く期待するような眼差しを。だけど、ついつい面白くて気付かない振りをしてしまう。
 再び服をしまおうと手を動かす。
 今度はなんだか悲しそうな気配がした。
 内心でユーリは苦笑する。そろそろ本気で可哀想かなと思えてきたので、影に向かって声を投げかけた。
「出てこいよ」
 影が何度目かの強張りを見せ、それでもまるで“居ませんよ”とでも言うようなわざとらしい静寂にユーリは後頭部を掻きつつ、はっきり、きっぱりと呼んだ。
「エステル」
 影は、ばつが悪そうにおずおずと姿を現した。
「……どうしてわたしが居るって分かったんです?」
「分かるって。おまえ、バレバレだからな」
 うう、と呻きながら頬をうっすらと赤く染めてそばに寄ってくる。
「おまえだろ。これ、入れたの」
「……ごめんなさい」
「ま、いいけどな。どうせ天然殿下やフレンがおまえに押し付けてったんだろ?」
 エステルは答えない。
 ベッドに腰掛けるユーリの前に立った、憂い顔が訴えてくるのは、もちろん。
「そんな目で見たって着ねえぞ?」
 途端に潤みだすエメラルドブルー。
 本当はエステルが個人的にユーリに着て欲しくて受け取ったのではないか。そう疑ってしまうほどの切実な表情。
 はあ、と一つため息。
「……後ろ向いてな」
「え……?」
「言っとくけど、一度だけだからな」
 そう言って帯を解き黒い上掛けを脱ぐ。露になる素肌。胸板。
「……っ!?」
 エステルがぎょっとなって頬を真っ赤に染める。慌てて両手で顔を覆い、回れ右をした。
 言葉はない。
 ただ、静寂の中にユーリが服を着替える衣擦れの音だけがあった。
 時折ちらりとエステルの様子を窺うと、彼女は両手で顔を覆ったまま、微動だにせず、じっとしていた。
 皇族の坊っちゃんがくれた服は、妙にさらさらとしていて、そのくせ体をぎゅっと締め付けて、酷く着心地が悪かった。もうこの機会でなかったら、金輪際着るものかと思った。
「エステル」
「はい」
「もうこっち向いてもいいぜ」
「ほ、本当です……?」
「嘘吐いてどうすんだよ」
 そろそろと振り返る。
 ユーリの正装を見たエステルの目が、大きく見開かれる。今度は口元を両手で覆い、泣きそうな表情で震えている。
「どうした?」
「…………」
「おーい。エステル――」
「か……――」
「………?」
「か――、かっこいいです……っ!!」
 そう言ったエステルの瞳がキラキラと輝いている。ただでさえ着心地の悪い服を着ているのに、そんなことまで言われてはますますむず痒くなってしまう。
「ユーリ、髪を結ったほうがもっとかっこよくなりますよ!」
「はあ?」
「後ろ、向いてください」
「ちょ、おい」
 無理矢理ベッドに座らされ、ブーツを脱いだエステルがお行儀悪くベッドに上り、膝だちになってユーリの髪を結う。エステルの細い指がユーリの頭に触れる度に、ユーリの髪を鋤く度に、ぞくっと肌が粟立つような感覚を覚えた。
「出来ました」
 頭までぎゅっと締め付けられ、まるでタチの悪いコスプレをしているような気分。憮然とした表情でエステルへと向くと、黒い尻尾がさらりと揺れた。
「ユーリ、かっこいいです。本当に……」
「そりゃどーも」
 視線に居たたまれなくなって、ふいとそっぽを向いた。視界の端に、辛そうなエステルの顔。具合でも悪いのかと尋ねると、彼女はゆるゆると首を振る。依然口を押さえて上目遣いでユーリを見上げる顔が、恥ずかしそうに赤くなる。
 もしやと思い、でも、と逡巡して、試しにユーリはエステルに向かって両腕を広げてみせた。
 エステルの瞳がきょとんとなる。
「違った……か?」
 検討違いの事をしたかと無性に恥ずかしくなってきて、手を下ろそうとした瞬間。
 ふるふるとピンク色の頭を振ったエステルが、泣き笑いの表情を浮かべてユーリの胸へと飛び込んできた。
「――っと!」
 懐の中の柔らかな少女はユーリの背中に手を回し、ぎゅうっと抱きついてくる。なんだかやけにエステルのことが愛しく思えてきて、そして妙に気恥ずかしくなってきて、エステルを抱きしめたまま、ユーリは天井を仰いだ。それでも自分の手は頑なに少女を抱き続けていたし、少女も離れようとはしなかった。
 ふと目線をエステルへと戻すと、エステルも顔を上げてユーリを見た。
「うふふ。幸せです……!」
「そっか」
 この着心地の悪い服を無理矢理押し付けていった親友に胸中で密かに礼を述べつつ、エステルの前でだけならまた着てもいいかな、なんてこっそり思ってしまった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

未だに見たことのない、“聖騎士様イベント”なんですが、「あいつの荷物にねじ込んでください」的なフレンのセリフの後の、ねじ込まれた衣装が見つかった瞬間捏造小話です(わかりにくいよ)。

それはもうユリエス願望なんですが、頑なに断った衣装をエステルだけにこっそり見せてくれたらいいなー、的な(は)。



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あきゅろす。
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