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*tales of…*
blender(ユーリ&ヒスカ)
【blender】


 人間とは慣れる動物である。
 夜の港に打ち寄せる波の音を聴きながら、ヒスカ・アイヒープはつくづくそれを実感していた。それとも、“喉元を過ぎれば熱さを忘れる”というやつだろうか。
 あの小生意気――もとい、生意気過ぎる新人に振り回された初めての先輩生活。当の新人が辞めたことにより、その先輩生活も終わってしまった。本当につくづく人を振り回してくれた少年だった。その後、どこか物足りないような日々を経験し、また新たに新人を何人か指導したりもした。そんな生活にも慣れ、同じ騎士である姉と共に任務に出ていた矢先に、
「ヒスカ!」
 そんな再会である。
 昼間のことだった。突然過ぎる再会。当時後輩だった生意気な少年は、あまりにあっけなく、ヒスカの前に現れた。傍らにヒスカの姉――シャスティルのかつて指導していた金髪の青年。噂通り立派に出世し、今やヒスカ達より立場が上であるにも関わらず、あくまで礼儀正しい態度。比べてヒスカの指導していた青年は、騎士服ではなく黒一色の衣服を纏い、
「こんなところで何やってんだ?」
 なんて気安い態度。蘇るあの頃の日々。
 笑えてくる。全くなにも変わってなどいなかった。
「先輩のことを軽々しく呼び捨てにしてくれちゃって……」
「オレが先輩を敬うようなキャラに見えるか? そんなもん、フレンにやらせときゃ良いんだよ」
「!!」
 その声がヒスカの頭の中の回想ではなく、生の声だとようやく気付く。振り返ると、昼間別れたはずの黒い格好をした男が夜空をバックに立っていた。
「ユーリ!? ちょ……、いきなり背後に立たないでよ!」
 心臓がばくばくと相当に速い鼓動を打っているのは、突然のことに驚かされたからだ。それ以外になにもない。
 ふと、不思議そうにじっとこちらを見つめる視線に居心地の悪さを感じ、“何よ”と、上目遣いに見上げる。
「昼間も思ったけど。やっぱあんた、なんだか……」
 腰に手を当て、首を傾げながら、
「…………太ったか?」
 そう呟いた“元後輩”の脛を、ヒスカは思いきり蹴ってやった。

「……で? なんであんたが次期皇帝候補の護衛なんてしてるわけ? 騎士辞めたんじゃなかったの?」
 以前の鬱蒼とした雰囲気は、領主が替わったことによって見違えるほどに明るくなった。かといってカプワ・トリムほど開放的に垢抜けている訳でもない。だから、夜のカプワ・ノールは落ち着いた静かさが漂っている。港で打ち寄せる波を何とはなしに眺めながら、隣の青年にそんな気になっていた質問を投げ掛けてみれば、同じように海の遠くの方を眺めて、自嘲じみた笑みを浮かべた。
「成り行きでこうなっちまったんだよ」
 そうは言っているが、その表情に以前のような息苦しさが見られないことを、ヒスカは見抜いていた。
 元より流されて生きるような男ではなかったはずだ。そうでなければ、規律を重んじるフレンと毎日口喧嘩をしたり、先輩である自分だってあんなに手を妬かされることもなかった。そうでないからこそ、この男なのだ。
「言ってる割に楽しそうに見えるのはわたしの気のせい?」
「どうだかな」
 そう言って不敵に笑うユーリに、ヒスカはどこか違和感を覚えた。
 ――なんだろう……?
「そういうあんたは? 見たところシャスティルも相変わらずって感じだったけど」
 一瞬感じた違和感を頭の奥に追いやる。
「ああ、うん。わたしもシャスティルも元気でやってるわよ。今指導してる後輩も素直でカワイーしね」
「そりゃ良かったじゃねえか」
「そうね。誰かさんと違ってね」
「はっはっは」
「あんた分かってんの……?」
 じろりと半眼で睨めばそっぽを向いて“ははは”と笑う。相変わらず勝手な男だ。基本的に変わってはいない。だけど、自分の思い違いでもない。あの頃から年を重ねたからか、以前のがむしゃらな様子はなりを潜め、落ち着いた雰囲気をユーリに感じた。背だって伸びたような気もしないでもない。すこしばかり悔しくなってヒスカは憮然とした表情を浮かべた。それを違う風に捉えたユーリが、“冗談だよ”と付け加える。
「そんなに膨れんなって」
 ――生意気……。
 どうも昔と比べてしまっていけない。この青年はあの頃のままだ。いつだって生意気で、不敵で、傲岸不遜で、自分のやりたいように生きている。あの頃の勝手なユーリのままだ。
 だけど、ヒスカは知っている。
 その勝手さが、いつだって誰かを助ける為にあったことを。今もきっと、誰かを助ける為に行動していて、そしてそれが意のままに出来ているのだろう。だから彼の横顔は、こんなにも――……。
「ちゃんとエステリーゼ様の護衛任務は果たせているんでしょうね?」
「任務とかそんなんじゃねえよ。それに、エステルはああ見えて結構腕も立つんだぜ?」
「え、エス……? あんたどれだけ畏れ多いのよっ!!」
「その方が呼びやすいんだよ。あいつもなんだか喜んでるみたいだしな」
 そう言ってそっぽを向いて頭を掻く様子は、呆れればいいのか、叱ればいいのか。ため息をつき、それでもヒスカは苦笑を漏らした。
 ――もう、わたしがユーリにしてあげられることは、なにもない。
 それがヒスカの気持ちだった。
 あの頃の苦しそうだった少年は、ヒスカの知らない時間を経て、その中に自分のやるべきことを見つけたのだ。ならば自分は、この青年の“元先輩”として、彼の変化を喜ぶべきではないのか。そう思うと少しばかり寂しいけれど。
「なんか、やっぱり楽しそうよ。あんた」
「そっか。ヒスカがそう言うなら、そうなのかもな」
 もうこの子はあの頃のユーリじゃない。そして、そんなこの子の今の環境に自分が入る隙間もない。そう思い至ると、何故だかすっきりすると同時にどうしようもない寂寥感が込み上げてきた。それを顔に出さないよう賢明に堪えて、ヒスカはユーリを見上げる。視線に気付いたユーリが、ヒスカを見下ろす。紫紺色の瞳の中に、あの頃と同じ意思の力とあの頃とは違う落ち着きが、しっかりと宿っていた。
「まあ、しっかりやんなさいよ。ユーリ・ローウェル!」
 言って頼もしく大きな背中をばしんと叩く。
「あんたもな。ヒスカ“センパイ”」
 返ってきた返事はやはり、生意気なことこの上無いものだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

サブイベント「フレンの試練」より、ノール港で別れたはずの双方がもし留まっていたら。な、捏造アフターです。あのイベントでは、爽やかなお姉さん先輩って感じなんですが、ファーストストライクでの先輩後輩っぷりを見てると、イベント以上に思うことや感じることがあったらいいな、と思いました。単純に、後輩なユーリが好きなだけかも知れません。



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あきゅろす。
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