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*tales of…*
fanfare(アスベル&エステル)

【fanfare】


「ごめんなさい、アスベル」
 歩いていると、隣を歩く王女がそんなことを言ったので、アスベルはどきりとした。ギルドの依頼とは言え、隣を並んで歩くだけでも畏れ多いのに、一国の王女が一介の騎士でしかない自分に謝ることなど他に一切類を見ない。何かしでかしただろうかと、逆に自分を疑ってしまう。
「あ、あの……、どうかされましたか? エステリ――、じゃなくて……エステ、ル?」
 非常に言いにくそうにもごもごと口の中で呟く。他ならない彼女からの勅命とは言え、王女を愛称で呼ばなければならないことも、敬語抜きで話さなければならないことも、根が真面目すぎるくらい真面目なアスベルにはどうも慣れないものだった。
 そんな実直な瞳の中にも戸惑いを滲ませながらエステルを見つめると、エステルは本当に申し訳なさそうな瞳でアスベルを見上げた。
「いえ、ギルドにお世話になるようになってから、アスベルにはきちんと謝っていなかったので」
「ああ……」
 合点がいったようにアスベルは相づちを打つ。
 一言で言えば行動派のお姫様。
 何か国の為に行動を起こさなくてはとする思いが、周囲に何も告げずに出奔させてしまうに至った。とは言え、一国の王女が居なくなればさすがに国としては大問題である。だから、ガルバンゾ国騎士団の一員であるアスベルも守るべき国を出、世界をまたにかけるギルドの一員として仕事の一環で依頼を引き受け、こうして王女であるエステルの隣にいる訳で。
「そんな、謝らないでくだ――、くれないか? 俺はあなたを守ることが使命なんだから」
「でも、たくさん迷惑をかけてしまいました……」
 エステルの長い睫毛が物憂げに伏せられ、エメラルドブルーに細い陰を作る。本当に、小さくなってしゅんとしているので、アスベルは優しく微笑んだ。誰に対しても分け隔てなく接し、自分のしたことをきちんと理解している。他人を思いやることの出きる優しい王女。彼女のこういうところは尊敬すべきところだし、愛しいとさえ思える。
「そんなことはないよ。ただ、一つだけ言うと……」
 おずおずとアスベルを見上げるエステルに、苦笑じみた微笑みを向ける。
「国を出る、って決めた時に俺も一緒に連れていって欲しかった、かな――」
 言ってアスベルははっと口をつぐむ。
 どうも敬語を外すと身の程を忘れてしまいがちになる。
 騎士になりたての自分のことなど、エステルが初めから知るはずなどないのに。そんな人間にどう頼れというのか。
 後悔と羞恥心に押し潰されそうになる。だけど、口から出た言葉を回収することなど出来ない。
 恥ずかし過ぎて、顔を俯かせる。目的地までもう何も喋らないでおこうと、歩を進めるに専念しようとした時。エステルが柔らかな言葉を紡いだ。
「そうですね、アスベルにもお願いすれば良かったです」
「いや、俺のことなんか……エステルは――」
「知っています」
「え……?」
「アスベルはいつも真っ直ぐで、一生懸命で、フレンから少しでも多くのものを学ぼうと、必死に剣の訓練をされていましたよね。わたし、知ってます」
 顔がかあっと熱くなった。
 本来なら喜ぶべき場面なのかもしれないが、アスベルには恥ずかしかった。未熟な自分の足掻きを見られる、ということは、アスベルにとっては何故だか彼の羞恥を掻き立てた。
「アスベル。わたしはガルバンゾ国のために自分に出来ることをしたい。そのためには貴方の力が必要なんです。助けて……くれますか?」
 アスベルにとって、誰かを守るということは極めて特別な意味があった。自分はそのために騎士になり、技を磨いてきた。大切なものを守りたい。ただそのためだけに。それは端から見ると公私混同なのかもしれない。自己満足なのかもしれない。
 だけど、アスベルの中で自分が守るべき対象であるエステルのことが、この瞬間に特別になった。
 それは保護欲ではなく。
 義務感でもない。
「当たり前、です。俺は、エステリーゼ様。あなたを守るためにいるのですから……!」
「ありがとう、アスベル」
 まだ何も成し得ていないが、騎士として感無量だと思った。
 エステルが、エメラルドブルーの瞳を細めて、アスベルを見上げる。
「わたしも貴方を守ります」
「エステリーゼ様……?」
 エステルの言葉に首を傾げる。騎士が王女に守られるなど、聞いたこともない。
「このギルドにいる間は、わたしと貴方は“王女”と“騎士”ではありません。同じギルドで活動する“仲間”です。だから、仲間としてわたしは貴方を守ります」
「仲間……ですか」
 なんだか気恥ずかしい。
 だけど、悪い気はしない。
 恐らくこんな事態でもなければ成立しない冗談のような王女との関係。
 それでもアスベルのすべきことは変わらない。エステルを、仕えるべき主を、大切な仲間を守る。ただそれだけ。そのために、自分は彼女の一振りの剣となる。
「よろしくお願いします、アスベル」
「こちらこそ。喜んで」
 固く握手を交わす。
 気持ちが改めて引き締まったような感じがした。
「――と、いうわけで。仲間のわたしに敬語は不要です」
「あ……」
「さあ、早く依頼を済ませて帰りましょう!」
 一言で言えば行動派のお姫様。
 だけど今は、行動派の女の子。
 仲間と仲間。
 ぱちりと目が合って、エステルがにっこりと微笑んだ。
「ああ、行こう。エステル!」
 腹の内に湧いてくる力強さを心地好く感じながら、アスベルは前を行く小さく頼もしい“仲間”の背中を追いかけた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

アスベルとフレンってどっちがより真面目なのか気になりますが、フレンは「エステリーゼ様おろおろ……!」ってして、アスベルも「エステリーゼ様あわわわ……!」ってなってたら良いと思います。

要するにエステルとアスベルの絡みが好きなだけ。



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あきゅろす。
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