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*tales of…*
transformation(ダミュロン&キャナリ)

 ファーストコンタクトは最悪。
 まるで昆虫の標本のように、石壁に矢で縫い止められた自分。驚きの中に混乱と、純粋に身の危険と、それから少しばかりの感嘆。巧すぎる。しかしそれが逆に嫌味たらしく思えた。
 絶対正義。
 惜しまぬ努力。
 貴族なのに。何を好き好んで下町なぞの見回りなど。
 物好きな女。
 早々に結論付ける。
 しかしそうして、彼女は俺の意識の中に欠かせない存在となった。


【transformation】


 自分の所属する隊の、トレードマークと言うべき変形弓の散乱した部屋で、それを退屈そうに布で磨きながら、ダミュロンは重いため息を吐いた。それが意図するのは、この状況にであってそうではない。弓を磨くこともそれはそれで気の進まない――言ってしまえばダルいことこの上ない作業だが、彼が本当に嫌気が差しているのは、自分自身のこの境遇についてだった。
 ――俺はこんな筈だったか?
 思わず自分自身に問うてしまう。
 貴族の放蕩息子。自覚はあった。毎日が、環境が、全てが、退屈で下らなくて、家を顧みずふらふらとしていた日々。何も進まない。刺激もない。面倒なものから目を背け、女ばかりに明け暮れていた、止まった生活。世界。
 それが今や、騎士団のカビ臭い部屋の一つでひたすら弓を磨いている。
 ――俺はこんな筈じゃなかった。
 あまりにも何もない毎日から少しばかりの刺激と、地元の見知った女以外の新たな女を求め、赴いてきた帝都ザーフィアス。それが、騎士団に入ってからもたいして面白くのない日々。場所が変わっただけで以前と同じような退屈な毎日。否、訓練だ任務だのと身体的疲労のある分、以前よりも質が悪い。
「くそっ……!」
 悪態をつき、握った変形弓を放り出す。がしゃりと大層な音を立て、それは床に転がった。やってられるかと、四肢を投げ出し、彼自身も床に転がった時だった。
「全部終えた後の休憩、って訳じゃなさそうね」
 ぎくりとダミュロンの顔が引きつる。なんて最悪のタイミング。
「キャナリ……」
 “キャナリ”小隊。ダミュロンが所属する隊の隊長が、床に転がるダミュロンを見下ろしていた。
「あのなぁ、俺は副官な訳でしょ? なーんでこんなことしなきゃなんない訳?」
 弾みを付けて起き上がり、そんなことをぼやくとキャナリはさして憤る様子もなく、さらりと告げた。
「たとえ副官と言えどあなたは私の小隊では新米だもの。副官だからと言って全てのことが免除になってしまったら、私の小隊の理念に反してしまうわ」
 貴族も平民も関係ない。
 “騎士”に成りうる者。成ろうとしている者。その素質がある者。
 それを見込まれて集められた同志。それがキャナリ小隊。
「まあ、そうだわな……」
 凛とした力強い瞳。耐えきれなくなって、ダミュロンは彼女から目を逸らした。
 言うなれば高潔。
 同じ貴族出身とは思えない。
 正しさ――それとも、綺麗さというのだろうか。
 ダミュロンは彼女を見ていると、自分がどうしても矮小な人間に思えて仕方なくなる。惨めで、情けなくて、どうしようもなく、役立たずな人間に。
「――で? サボってる俺を罰しに来たのか?」
「そうね。そうしたいところだけど、残念ながら別の用事よ。明朝に帝都に到着する食糧運搬車を迎えに行くよう要請が入ったわ。だから――」
 任務を告げるその声が、次第に聞こえなくなってゆく。脳内では、全く関係ないことを考えてしまう。
 この女は、騎士になって退屈な毎日を送っていた俺を自分の隊に誘った。入ってみると、成程同じ意志の元切磋琢磨する眩しい奴らがいた。
 場違いだと思った。
 何故、俺はここにいる?
「ダミュロン? 聞いてるの?」
 その声にはっとなり、キャナリを見た。心配そうな濃茶の瞳。
 ダミュロンの頭に血が昇る。
 何故だか無性に、この女を滅茶苦茶にしてしまいたい衝動に駆られた。
 乱暴に肩を掴む。
 どれ程一人で鍛練を積んできたのか分からないしなやかな筋肉。しかしそれでも予想以上に細く華奢な身体にぎょっとした。
「ダミュ、」
 混乱しているような、少し怯えたような目が、キャナリが女であることを強調し、扇情的にダミュロンの目には映った。
 その整った顔が徐々に近付き――、
「……っ!!」
 ダミュロンは愕然と目を見開いた。
 キャナリは一切抵抗しなかった。
 いつもの凛とした力強い瞳で、ダミュロンをただ見つめていた。
「くそっ!」
 再び悪態をついて、彼女を解放する。
 何だかもう、死にたい気分だった。あまりにも情けなくて、恥ずかし過ぎて。
 キャナリは何も言わなかった。
「それじゃあ、任務までに弓を仕上げておいてね」
 あろうことか、今ダミュロンがやろうとしたことを、何事も無かったかのようにして、部屋を出て行こうとした。
 それだけは、耐えられなかった。
「キャナリ!!」
 ぴたりと、彼女は動きを止める。
 こちらを見た。それだけでダミュロンは動きを縫い止められてしまう。以前に、彼女に矢でそうされたように。
「お、俺をどうして誘った?」
 気付けばそんなことを口にしていた。
「どうして、俺なんかを欲しがった?!」
 答えを聞くのが怖かった。
 最低なことをしようとしたのだ。もうさすがに、追い出されてしまうかも知れない。追い出されたとしても仕方がない。
 しかし、そうはならなかった。
「前にも言ったでしょう? あなたは、“騎士”に成ろうとしているからよ」
 濃茶の瞳がダミュロンを真っ直ぐに見据える。今度は逸らさなかった。そう出来なかった。吸い込まれるように、彼女の瞳に見入ってしまった。
「その……後悔しちゃいないのか? 俺を、あんたの隊に入れたこと……」
 キャナリは静かに頭を振ると、決然とした声音で一言、
「満足よ」
 そう告げると、今度こそ部屋を後にした。
 木の扉が閉まる音が、ダミュロンを一人にさせた。彼は呆然とその場に立ち尽くした。
 何故だか、泣きたくなってきた。この隙に泣いておくべきなのではとさえ思った。
 彼女の言う、“騎士”が普通の騎士とどう違うのかは未だに明確には分からない。しかし、自分はそれに成ろうとしていると、彼女は言う。ならば、自分はそれを目指すべきなのだろうか。
 そうすれば、こんな思いをすることもなくなるのだろうか。
 変わった生活。
 芽生えた思い。
 なりたい自分。
 それらがぐるぐると脳内で渦巻く中、彼は部屋に散乱する変形弓を、助けを求めるかのように見下ろした。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ダミュロンが小隊入りして間もない頃の捏造小話です。色々間違ってる気がするけど(え)、キャナリの右腕(?)になるまで相当悩んだ時期もあったのではないかと。それにしても虚空の仮面は難しくて切なすぎます。



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