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*tales of…*
pleasure treasure(ユーリ×エステル)

【pleasure treasure】


「悪い、まだやってるか」
 軋んで甲高い悲鳴のような音を立てるドアを開けると、外からでは分からなかった音がどっと押し寄せてきて、その店がまだまだ営業中だということを知らせてくれた。
 がやがやとした店内。
 “天を射る重星”。
 ダングレストで人気の酒飲み場だ。筋骨隆々の色んなギルドの男たちが、酒をあおりながら、がははとあまり品の良くない笑い話に興じていた。
「いらっしゃーい! まだやってるよー!」
 そんな喧騒を縫って、来店者にはきちんと迎えの挨拶。ブーツをゴツゴツと鳴らし、真っ直ぐにカウンターへ。看板娘の女性店員が、おや、という目でユーリを見た。
「おかえり、兄さん。ここしばらく見なかったのにねえ。戻ってきたんだ?」
「ああ。受けてた依頼がやっと終わってな。うまうまティーと蜜蜜ザッハトルテ頼むわ」
「はいよー」
 憂鬱ではなく、小休止のため息を一つふうと吐き、先程店に来るまでにもらった情報紙を暇潰しに眺める。先日行われたオルニオンでの首脳会議の様子が、一枚の写真と共につらつらと記事に書かれていた。集合写真で並んでいるのは、各界の重鎮の面々。その中央。帝国皇帝である少年の後ろに控えるように、柔らかく微笑んで佇む副帝の少女――。
 目が釘付けになる。
 ――元気でやってんのかね……。
 知らずため息が漏れる。今度は、憂鬱の。
「お待たせを致しました。うまうまティーに、蜜蜜ザッハトルテでございます」
「ああ、ありがとな。そこに置いといてく、れ……?」
 この環境の中では明らかに異質な声に、傍らに立つウェイトレスを見上げる。居るはずのない少女の姿に、口を馬鹿みたいにぽかんと開けてしまった。
「エステル?!」
「はい、お久しぶりです。ユーリ!」
 オレンジ色の給仕服に身を包んだ、帝国副皇帝の少女は、写真の中でもそうしていたように、柔らかく微笑んだのだった。

 はー……、と長く吐いた本日三回目のため息は、“呆れ”によるもの。
「で、畏れ多くも帝国副皇帝サマが、こんなところで何してんだ?」
 それまでユーリの隣に腰かけてにこにことしていたエステルの表情が、その言葉でぎくりと引きつった。
「えっと……、ごめんなさい。迷惑、でしたよね……」
「オレに迷惑かける分には全然構わねえけどな。国に迷惑かけちゃまずいんじゃねえのか?」
 それでなくてもまだ安定したとは言えない世界情勢。その治世を担う副皇帝が、こんなところでこんなことをしていていいのかと、ユーリとしては不安になってしまう。
「まーまー、そんなに責めないでやってよ、兄さん! その子朝からずっと待ってたんだから」
 朝から、という言葉に耳を疑った。エステルは華奢な体をますます小さくさせて恥ずかしそうにもじもじとしていた。呆れればいいのか、怒ればいいのか。考えあぐねていると、やがて小さな小さな声で、言い訳のようにエステルは呟いた。
「お休みを、頂いたんです。それで、ユーリにお会い出来たらと思って来たんですけど、ギルドの方に行ってみたら依頼で出掛けてて、今日戻ることを聞いたので、待っていようと思って……」
「それで、待ってる間に仕事手伝ってました、ってか。おまえ、オレがここに来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「その時は……その時です。でも、会えました。ユーリに会えて、良かったです……!」
 そう言って、エステルはにっこりと笑う。ユーリの心臓が変に大きく鼓動を打って、思わず顔を逸らしてしまった。何故だか顔がすごく熱い。気がする。
 全く。
 この副皇帝は本当に変わっていない。 自分のことよりも、他人のことしか見えていない。
 この若さで世界を導き動かす位置にいる。ユーリには分からないが、きっと忙しい毎日の中、心労や疲労も大きいに違いない。
 それなのに、せっかくもらった休日をユーリに会うために使い、それも会えない間ずっと酒場の手伝いをしていたなんて。どうせまた、忙しそうだったから――とでも言うのだろう。
 目だけでちらりと隣を見やる。
 エステルの見上げる視線と合い、微笑まれてしまう。思わずまた、目を逸らした。
 休みぐらい自分の為に使ったらどうなんだ。
 でも、会いに来てくれて嬉しい。
 色んな言葉が頭に浮かぶも、そのどれを口にすることも出来ずに、むっつりとした表情でそっぽを向いたまま、手だけでエステルの頭に触れる。なでなでと撫でてやると、エステルは本当に嬉しそうに、うふふ、と笑った。
 その時不意に、看板娘がエステルを呼んだ。
「ごめん、大量注文なの! ちょっと行ってくんない?!」
「あ、はい。もちろんです」
 そう言って、ユーリの手の中をすり抜けて、喧騒へ旅立って行ってしまった。なんとなく惜しい気がして、その矛先を看板娘へと向けてしまう。
「副帝を働かせていいのか? 怖い騎士団長サマに殺されても知らねえぞ?」
「そう言うんなら、兄さんが行ってくれても良いんだけど」
「そう言うと思ったよ。オレにゃ向いてねえって」
 結局言い負かされてしまい、よくくるくると働く臨時ウェイトレスの少女をカウンターから眺めているだけに至る。
 行儀悪く、フォークをくわえたままぶらぶらとやりながら、ユーリの視線は少女に縫い付けられたように離れない。基本的に人が好い彼女のことだ。注文を受けたり、料理を届けたり、そういった中での人とのコミュニケーションが好きなのだろう。本当に、心から楽しそうに仕事をしていた。
 ――自分の本職、忘れてなきゃいーんだけどな。
 そうして視線を外そうとした瞬間。聞くともなしに聞こえてきた話し声に耳が反応した。“可愛い”だの、“今日は運が良い”だの、客の男の何人かがエステルのことを話している。そのうちの一人が、後ろのテーブルに料理を置くエステルのお尻に手を伸ばそうとして……――。
 カンッ、という乾いた音に一瞬遅れて男の情けない悲鳴。
 男の指と指の隙間をフォークが縫って男のすぐ後ろの木の椅子に突き立っていた。
 自分が一体どんな顔をしているのかは分からないが、エステルのお尻を触ろうとした男は、フォークの飛んできた方――ユーリの顔を見るなり半泣きの表情でぶんぶんと首を振っていた。

「どうした。楽しかったんじゃなかったのか?」
 もうすぐ閉店の店内は、客の数も極端に減り、エステルはまたユーリの隣に戻ってきた。しかしその表情は浮かない。
「はい、とっても楽しかったです! ……けど……、もうお休みが終わってしまうのが、ユーリとのお別れが迫ってきてるのが……寂しくて……」
 しょんぼりと項垂れるピンク色の頭を見つめる。
「朝になったら、帝都に戻らないといけません……」
 こういう少女なのだ。彼女は。
 いつだって他人のことしか見えていない。だから自分のことを後回しにしてしまう。自分のやりたいことはきちんと持っているくせに、その途中に寄り道が多い。器用な生き方が出来ない少女。
「ま……、そこがおまえらしいって言や、おまえらしーんだけどな」
 だからこそ、少女の為の限られた時間がこんなにも愛しい。
「……え?」
「……なんでもねえよ。それよりな、エステル」
 エステルの頭に手をのせ、少女と目線の高さを合わせる。自然に顔と顔とが近くなる。
「それ、に……?」
「それに、まだおまえが帰るまで時間はたっぷりあるじゃねえか」
「……っ!」
 エステルの頬が赤く染まる。
 ユーリは意地悪っぽく微笑む。
「ラストオーダー、頼めるか?」
「は、はい……?」
 帝国副皇帝にして臨時ウェイトレスの少女に、オーダーを告げようと口を開きかけて――、
「まさか、“ラストオーダーはお前だー”、とか、言うんじゃないでしょうね! ないよねー、あはは!!」
「〜〜〜っっ!!!」
 カウンターの女性店員に、まさに言わんとしていたことをあっけらかんと告げられてしまい、ユーリはがっくりと項垂れるしかなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

その後の話です。真面目に依頼受けてるユーリが想像出来ないんですが、依頼後はこんな感じなんじゃないかと。エステルは何かと忙しそうですけど、会えない分だけ会えた時が嬉しいというか、もっと色んなことしようと思ってたんだけどな、みたいな休日。という感じです。

ただ単に、はんなりと客なユーリとの絡みが書きたかったんだと思います。



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