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*tales of…*
encounter(ユーリ×エステル)
【encounter】


 深い溜め息を吐く。
 エステルは、ひどく落ち込んでいた。
 可愛らしいテーブルに乗せられた、使われるはずだったティーカップを眺める。重ねて置かれたままのそれらが、一層エステルの心を寂しくさせる。
『お茶会をしましょう』
 そんなエステルからの呼び掛けで、始まった今回の計画。星喰みを退けてからというもの世界の有り様が大きく変わった中、かつての旅の仲間たちはそれぞれの役割、夢の為に方々へと散ることになる。それは、ザーフィアス帝国副皇帝であるエステルとて然り。国家を束ねるものの一人として、多忙な生活を強いられている。
 そんな中、ふと旅の仲間の顔が見たくなって、エステルは各地に散る仲間たちに呼び掛けたのだった。
 なんとか全員の都合が揃い、また会えるのを心待ちにしていたのだが。
 それが“昨日”のことになる。
 使われなかったティーセット。
 作られることのなかった焼き菓子。
 誰も入ることのなかったエステルの住まい。
 賑やかになるはずだった部屋は今、エステル一人だけが寂しくぽつんと木の椅子に腰かけている。
「仕方、ないですね」
 急用だったのだ。あろうことか、エステル自身の。
 まさか副皇帝が公務をすっぽかす訳にもいかず、楽しみにしていたお茶会は見送りになったのだった。
「仕方ない、ですよね……」
 自らの役割や義務に理不尽さを抱くなんて愚かな行為だが、自分のせいで皆の予定を狂わせてしまったことが申し訳なく、仕事さえなければ楽しい時間を過ごせていたのだと思うと、やはり悔しかった。
 そして、そんな自分に嫌悪して、エステルは独りぼっちの部屋で、少しだけ泣いた。

 それから、エステルは仲間たち一人ひとりに謝罪の気持ちを手紙にしたためて送った。流れてしまったお茶会を、すぐにまた行う、とまではさすがに行かなかったものの、仲間たちは色々な手段でエステルに返事をくれたのだった。
 丁寧に文書にして送ってくれたフレン。
 同じように手紙として届けてくれたカロル。
 一言二言しか交わせなかったけれど、わざわざ研究業務の合間に家に訪れてくれたリタ。
 ザーフィアス城門でエステルを待っていてくれたラピード。
 空から降ってきた書面。ジュディス。
 自分を模した人形と共に部屋に投げられた手紙。パティ。
 矢文。レイヴン。
 様々な手段で寄せられた手紙に、仲間たち一人ひとりの顔が浮かぶようで、エステルは可笑しそうに笑った。
 と、あることに気付く。
 “ユーリと連絡が付かない。”
 公務の僅かな空き時間に、ザーフィアス下町にある、彼の下宿先に訪れてみる。
 失礼とは思いながらも中を覗けば、がらんとしていて長いこと空けているような雰囲気。確かにザーフィアスで彼を見かけることはほとんどない。
 ダングレスト。レイヴンに書面を送る。見ていないとのこと。
 ギルドの仲間。書面で窺う。
 カロル。“ユーリが一人で受けた仕事がある。”
 ジュディス。“二、三日は戻らないと聞いた。”
 ラピード。ザーフィアスで見かけた際に、彼らしからぬ、か細い唸り声。
 帝都ザーフィアス。シンボルマークのようにそびえる城。その中の自分の私室。このところすっかり習慣付いてしまった溜め息を、無意識に吐いてしまう。
「ユーリ……今、どこで何をしてるんです……?」
 あの強い青年のことだ。なにか滞っているなどとは考えられないが、しかしどの伝でも彼の様子が分からずじまいとなると、嫌でも変な風に考えてしまう。
「大丈夫ですよね。ユーリ……?」
 エステルの呟きは、風に乗って、消えてゆく。
 窓に触れる。
 かつては、幼いエステルの落下防止、もしくは逃走防止の為に嵌め殺しだった窓も、今では自由に開閉出来るようにしてもらった。もう、そんな必要もないからだ。
 その窓を閉めようとして――、
 誰かと目が合った。
「……っ!!」
 一瞬喉から出かかった悲鳴を飲み込む。
 “誰か”は、以前とまるで変わらない、不敵で、深い瞳で、エステルを見ていた。
「よう、エステル」
「ユーリ……?」
 エステルにはもう、何がなんだかわからない。
「あの、そこで何してるんです?」
「おまえ、手紙くれただろ? 返事出すよりは会った方が早いと思ってな」
「どうして木の上にいるんです?」
「表、騎士がいっぱいいるもんだから、面倒くさくなっちまって、こっから来た」
「今まで、どうしてたんですか?」
「ちっと依頼を受けててな。ケーブモックにプチ旅行だ」
 ああ、間違いない。
 この雰囲気。
 この声。
 ユーリだ。ユーリがここにいる。
 エステルの瞳から、涙がぽろぽろと零れた。
 それを見てユーリが少しぎょっとなったが、やがて困ったように微笑んだ。
「そっち、入ってもいいか?」
 次から次へと溢れる涙を拭いながら、こくりと頷くと、悪ぃな、と低く呟き、するりと窓から侵入してきた。
 ふわりと、風圧がエステルの髪を揺らす。ドレスを揺らす。目の前に軽やかに降り立った黒ずくめの男の存在に、ずっと我慢していたものがエステルの中で弾けた。
「っ……!!」
 思いのまま、黒ずくめの青年の胸へと飛び込んだ。青年は、柔らかく受けとめてくれた。
「ユーリ、ああ、ユーリ……っ!」
「おいおい、どうしたってんだ……」
「ずっと、お仕事で……、みんなお仕事で……! 頑張っても頑張っても、ずうっとお仕事で……」
 溢れ出す思いは、濁流のように込み上げては押し寄せ、止まることはない。
「会いたかった。みんなに……、あなたに会いたかった、です……」
「……そんなことだろうと、思ったよ」
 そう言って、ぎゅうと抱きしめてくれた。エステルの肩口に、ユーリが顔を埋める。窮屈感がとても心地好い。ずっと待ち望んでいた瞬間。嬉しくて、嬉しくて仕方がなくて、一層涙が溢れた。
「こちらにはいつまで……?」
「ん、明日の朝には、だな」
「ですよね……」
「そんな顔すんな。久しぶりに会ったってのに」
「でも、朝までしか一緒に居られないと思うと……、やっぱり寂しいです」
 ユーリの指がエステルの頬を流れる涙を拭う。彼を困らせないようにと、無理に笑顔を浮かべてみせると、彼も少し笑った。
「なら、おまえをさらっちまってもいいか? お姫様?」
「………、お願いします――……、と言いたいところですけど、やっぱりわたしの我が儘でみんなに迷惑はかけられません……」
 ユーリの瞳が、何故か切なげに揺れる。しかしそれも一瞬のこと。すぐに力強く微笑んで、エステルの頭をぐりぐりと撫でた。すぐそばにあるユーリの顔を見上げる。見つめる。静かな瞳。エステルの大好きな、落ち着いた紫紺色。
「……それにな、エステル。朝まで“しか”じゃねえ。朝まで“ずっと”、だ」
 言うと、ニヤリと笑う。
「――と、いう訳だ。朝までじっくり楽しませてくれ」
「え――、あ、きゃあっ?!」
 不意に浮遊感。体が持ち上がる。ひょいと軽々と抱き上げられてしまった。
 幸せは不意にやってくる。
 意図して準備出来ない分、その幸福感の大きさは比にはならない。幸せから幸せまでの期間が長かった場合、余計に。
「どうした? やっぱやめとくか?」
 その質問はずるいと思う。
 しかしそれも、極上の幸せへの、スパイス。
 長い長い寂寥があったから。だから、今が。彼のことが前よりずっと。
「いいえ――。大好きですっ!」
 愛しい彼に抱き付く。
 楽しむべき今を、楽しむ為に。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ユーリは絶対神出鬼没だと思う。お腹空かせた分、ご飯が美味しいというか、会えない期間が長い分、余計に愛が深まるというか、そんな感じ(別問題)。



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