*tales of…*
fragile(フレン&エステル)
【fragile】
「ご苦労様です」
議会の閉廷後。
各界の重鎮や秘書が落ち着きなく会議室を去ったり、他愛もない話の中にも相手を出し抜こうと画策している。そんなざわざわとした雰囲気の中で、鈴を転がしたような涼やかな声がフレンの耳に真っ直ぐに届いて、そちらに視線を向けた。
優しいピンク色の髪をアップにまとめ、淡いライトブルーのドレスに身を包んだ少女が、こちらに歩いてくるところだった。
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。
ザーフィアス帝国、副帝。
弱冠十九歳にして一国の長を支える、実質ナンバーツー。
そんな大層な肩書きを背負っていることなど感じさせないような、柔らかく穏やかな表情で、にこりと微笑んだ。
「エステリーゼ様、お疲れ様です」
「ええ、フレンも」
新皇帝、新副帝、新騎士団長、政界上層部の一部が一新しても、今までの評議会や騎士団での確執がきれいさっぱり無くなった訳ではない。先ほどの議会でも、若輩の新皇帝、新副帝がどれほど舌戦において叩かれたか。しかしそれは新騎士団長である自分においても同じなのだが。
「フレン、この後予定は?」
「は、騎士団の方で会議が」
「そう、ですか……」
見るからにがっかりとした表情。フレンは内心で苦笑する。
「エステリーゼ様のご予定をうかがっても?」
俯かせていた頭がぱっと上がった。
「あ、えっと、わたしは……、ヨーデル達と法案の見直しと、予算の振り分けと、元老院の方との会食と……」
話す言葉が徐々に尻すぼみになっていく。その予定の緻密さは、さすがに副皇帝といったところ。自由を許されない部分は旅に出る以前も、そして現在もあまり変わっていないのは、なんとも皮肉だ。
「っ、あの、夜! でしたら少しだけ時間が――……」
つまり、睡眠時間を削る、ということだろう。しかしそれは、自分だけでなく相手にも強要する必要がある訳で。
それを十分に理解しているからこその、エステリーゼのこの表情。
フレンは、優しく微笑んだ。
「構いませんよ」
「……?」
おずおずとフレンを見上げる。
「夜、ですね。僕も大丈夫です」
嘘だ。
まとめなければならない書類。剣技や術技の鍛練。やらなければならないことは、睡眠時間を削っても削っても足りないほど、大量にある。
「それなら……! それなら、今夜、わたしの部屋へ来ていただけませんか?」
「エステリーゼ様の、お部屋にですか?」
「はい。駄目、ですか……?」
それ以上にフレンには、今はこの少女との時間が、必要なのだと思った。
「いいえ。喜んで」
エステリーゼの心から嬉しそうな笑顔が、フレンは今、本当に嬉しかった。
カツ、カツ、カツ。
ザーフィアス城内。後、小一時間で日付が変わる頃。
規則正しい足音を静かな通路に響かせて、フレンはエステリーゼの私室へと向かっていた。
思えば以前は見張りや護衛の騎士で溢れていたのも、こうして別の任務へと割り振ってみると、ザーフィアス城内がまた違った雰囲気に思える。前のぴりぴりとした静けさよりは、高貴な静謐さ、とでも言うのだろうか。
目的の場所へと着くと、扉をノックした。
「夜分に失礼します。フレンです」
はい、と部屋の中から返事が返されたかと思うと、すぐに扉が開けられた。
「お待ちしていました。どうぞ、中へ」
礼を述べて中へ入る。
一人の少女が使うには、あまりに広すぎる部屋。しかし、感じたのは落ち着いた空間であるということ。それほどこの少女の心境が、部屋にも反映されているのだろう。十八年間を過ごしていた頃からの、今の心境の変化が。
「今、お茶を淹れますね。ハーブティーはお好きです?」
「はい。あ、手伝います」
フレンの申し入れをやんわりと断ると、エステリーゼは二人分の茶を丁寧に淹れる。
その横顔を、フレンはぼんやりと眺めてしまった。
向かい合って座ると、二人して茶を愉しんだ。
語るのは、今日の議会のこと。お互いの近況のこと。そして、かつての旅の思い出。星喰みを退けて新たな世界での日常への帰還と言えど、変わったのは環境だけでなく、自分達の肩書き、役目、義務。以前のように毎日顔を合わせることなど到底出来ずに、激務に忙殺されている。
だからこそ、こうした時間がひどく心地よかった。
「もう、遅くなってしまいましたね。明日も早いのに、ごめんなさい……」
すまなさそうにエステリーゼが頭を下げる。フレンは慌てて手を振った。
「そんな、エステリーゼ様がお気になさらないでください。僕の方も長居してしまいましたので……」
エステリーゼがフレンを見上げる。
この優しい副帝は、いつでもフレンのことを案じてくれている。だから、フレンは敬愛を持って、この少女と接するのだ。いつでも。
「また、お邪魔させてください」
「あ、はい。もちろんです」
エステリーゼの微笑みに、フレンも微笑み返した。
エステリーゼは扉まで付いてきた。
「今日はお招きありがとうございました。それでは、失礼します」
姿勢正しく礼をすると、ドアノブに手をかけた。
その瞬間。不意にエステリーゼの両手が、フレンの腕を掴んだ。
「エステリーゼ様……?」
「あ、あ……、ごめんなさい……!」
咄嗟に手を離し、おろおろと赤面するエステリーゼ。名残惜しさが顔中に出ていた。つくづく愛らしい少女だと思った。
「あの、わたし……」
「もう少し、居ても構いませんか?」
そう告げると、エステリーゼの顔がぱっと輝いた。しかし、すぐに笑みは消えてしまった。
「だ、駄目です。もう遅いですし、これ以上わたしのわがままにフレンの大切な時間を取らせるなんて、出来ません」
無理しているのは、一目瞭然。表情と、思っていることが一致していない。こうした自分を押し殺した言葉も、彼女が日々政界で学んだものの一つなのだろう。
ふと、残念に思う。自分には、自分の前では、自然な彼女でいてもらいたいのに。
先ほど、フレンの腕を咄嗟に掴んだように。
「エステリーゼ様」
少しだけ屈むと、エステリーゼの耳元に唇を近付け、そっと囁いた。
「貴女との時間も、僕にとっては大切なんです」
滅多に会えないからこそ、その時間は密になり、楽しみになり、大切になる。だから、肩書きなど外して心から楽しむのだ。大切な、大切なほんの少しの時間を。
顔を赤くしてぼんやりとこちらを見上げる少女の頬を、そっと撫でる。少し、くすぐったそうにしてから、照れたように微笑んだ。フレンも、にこりと笑った。
次はいつ訪れるとも知れない優しい時間を堪能出来ることに、フレンは幸福感を覚えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
政界の人たちって忙しそうだなー、と思って生まれた駄文。十九、二十二歳っていったらまだ絶対遊びたい盛りだと思うのに、国をどうこうしていかないといけない仕事に就いていることが大変。だから、一緒に過ごせる時は年相応に戻ってたらいいなと思います。
というか、二十二歳で騎士団長って改めてとんでもないです^^
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