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*tales of…*
favorite attachment(フレン&エステル)

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 ザーフィアス城内の、よく手入れされた芝生を歩く。背筋を伸ばして、姿勢正しく、彼が今身を包んでいる騎士団服がこれ以上ないほど似合う、歩き方で。
 フレン・シーフォ。城内の図書館へ向かう、その足が不意に何かを見つけて立ち止まった。
 碧眼の見つめる先に訓練場があった。そこの石段に項垂れるような姿勢で、少女が一人座り込んでいる。
「エステリーゼ様……?」
 帝国の次期皇帝候補の一人。エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。
 剣の稽古を受けていたのか、その身に纏うのはいつものドレスではなくて、ぴったりとした訓練着だった。
 フレンはエステリーゼに駆け寄った。
「エステリーゼ様!」
 声をかけられるまでフレンの存在に気付かなかった少女は、その声で顔を上げるとフレンを見て、力無く微笑んだ。
「エステリーゼ様、どうなさったのですか?! どこか訓練で傷めましたか?! 救護の者は居ないのですか!?」
 早口で捲し立てるフレンに、エステリーゼの表情がきょとんとなる。それから、慌てて手を振って、
「落ち着いてください、フレン。 わたしはどこも傷めてなんていません」
 取り繕った笑み。それからまた、しゅんと項垂れた。いつもは花のような笑顔を浮かべる、少女の整った顔が、今はこんなにも辛そうなことにフレンの胸がずきりと痛んだ。
 その服装、この場所からして、剣の稽古のことで気を落としているのは間違いない。そして、その稽古で恐れ多くも皇帝候補の姫君に剣の指導をしているのが、帝国騎士団顧問官であるドレイク・ドロップワート氏だということはフレンも知っている。現役騎士を退いた現在でも氏の発言力は帝国において非常に大きく、立場に縛られずに己の意見を口に出来る人物だ。
「師匠に居残りを課せられてしまいました。剣って、難しいですね」
 そう言っては無理矢理に笑う。
「……エステリーゼ様、よろしければ私もお手伝いさせていただけませんか……?」
「フレンが、です?」
「はい。なにかお役に立てることがあるかも知れません」
 それに、フレンには悲しそうな少女をそのままに、黙って立ち去るなど出来なかった。
「それは、ありがたいですけど……。でも、駄目です。これはやっぱり、わたしが自分で会得しないと……」
「もちろんそうです。会得されるのはエステリーゼ様です。ですが、技の受け役だって、きっと必要です。私に手伝わせてください」
 彼女自身の試練かも知れない。
 自分の自己満足かも知れない。
 それでもフレンはなにかをしたかった。この少女の為になにかをしたかった。だって少女は、エステリーゼはもう、
「………っ」
 これほどまでに頑張っていたのだから。
 たくさん豆を潰した、かつては白く美しかった手が、少女の顔を覆う。隠れる瞬間に目元に光るものが見えた。
「ありがとう……フレン……」
「いえ」
 エステリーゼが落ち着くまでは、とりあえず傍らで待っていることにした。

「どういった技なんですか?」
 すっかり瞳に力を戻したエステリーゼが、フレンを見上げる。
「はい、“スターストローク”という名前の技なのですが――」
 彼女が師匠――ドレイク氏に習った定理としては、剣を奮って地を這う斬撃を飛ばす、という技らしい。フレンには、この技に心当たりがあった。
 説明だけを聞くと、フレンの修得している剣技の一つと聞けば聞くほど酷似している。果たしてそれが、ドレイク氏の教える“スターストローク”と、どこが違うのかは分からないが。
「エステリーゼ様、ドレイク様から技の見本はご覧になられましたか?」
「あ、はい。以前に一度……」
「それでは、私が今から放つ技を、見ていてくださいね」
 腰の留め金から剣を外す。エステリーゼのエメラルドブルーの双眸が、こちらに向けられるのを確認しながら、フレンはぐっと腰を落とすと、気合いと共に一息に剣を振り抜いた。
 “魔神剣”。
 裂迫の気合いを込めた斬撃は衝撃波となり、地を這うように走って行く。
「っ!! スターストロークです! フレンも使えるのですね!!」
 エステリーゼの興奮に弾んだ声に、フレンはしかし、ゆっくりと首を振った。
「今のは“魔神剣”という技です。やはり、エステリーゼ様の仰った技と似ているようですね」
 これで立証された。役に立てるということ。
「さあ、エステリーゼ様。始めましょうか」

 そこからはまさにエステリーゼの試練だった。
 フォームの確認。
 修正。
 矯正。
 実践。
 腕力の問題を除いても斬撃が小さすぎる。無駄な部分に力が入っている証拠。
 確認。豆の出来ている位置の確認。根本的な解決。
 微細なフォームのずれ。矯正。
 実践。
 斬撃の僅かな拡大。
 しかし、曲がる。真っ直ぐに進まない。
「はあ、はあっ……。っ、えぇいっ!」
 ぴっ、と何かがフレンの顔にかかる。汗。指で拭って見た。
「!」
 血。豆がまた潰れたのだろう。
「エステリーゼ様、今日はこの辺になさって――」
「まだです……っ!!」
 エステリーゼの心は折れない。まだ、気持ちは折れない。
 フレンの気持ちも奮い立つ。
 エステリーゼの為に。真にエステリーゼの助けになる為に。
 ぐっと、唇を噛むと、再びエステリーゼの正面で剣を構えた。
 エステリーゼの腰がぐんと落ちる。腕や関節の角度の限界から、ぎりぎりまで溜められた力が解放される。肺に貯まった空気を一息に吐く。振り抜いた。
「えーいっ!!」
 生まれる。斬撃。地を這う。
 “スターストローク”!!
「く……!」
 真っ正面からフレンは受けた。剣にびりびりとした重みを感じた。受けきれなかった衝撃が、フレンの体を凪いで通り過ぎ、背後の壁に激突した。
「はあ、はあ……」
 荒く息を吐き、きょとんとした目で、衝撃の到達した壁をエステリーゼは見つめる。なにが起こったのかを正確に理解する前に、フレンはエステリーゼににこりと微笑んだ。
 “やりましたね、エステリーゼ様!”
 そう言おうと、口を開きかけた瞬間、エステリーゼがフレンの体にぶつかるようにして、抱きついてきた。
「え、エステリーゼ様?!」
「フレン! ありがとう! ありがとうございます……! フレンのおかげです。本当に……、本当に、ありがとうございます」
「そんな……僕はなにも……」
 訓練着は、上質ながらも薄く、少女の柔肌が直に触れているかのような感触を与えた。かあっと顔が熱くなる。そんな不埒なことを意識している自分を慌てて叱咤するもののフレンには、為す術もない。ただ、体を固くしてじっとしているしか出来ない。それでも努めて平静を装い、指一本動かすことなく、話してみせた。
「エステリーゼ様が努力なさった成果ですよ。僕はなにも……」
「いいえ、フレンのおかげです。……それに、私嬉しいんです」
「そうですね。“スターストローク”修得、おめでとうございます」
 エステリーゼがフレンを見上げて体を離す。フレンは内心ほっと胸を撫で下ろした。
「それもそうですけど、」
 しかし、それも束の間。
「わたし、フレンとおそろいの技が使えるようになって、嬉しいんです……!」
 そう言って、見たことないような可愛らしい顔ではにかんでみせた皇帝候補の姫君に、フレンは泣き出しそうな表情を浮かべた。
 うっかり抱きしめてしまうそうになる腕を、辛うじて理性の力で抑え込んだ。
「!」
 エステリーゼの瞳から目線を逸らせた先に、何百回と剣を振るった末に血豆の潰れた痛々しい指を見つけた。
「エステリーゼ様、指が……」
 大丈夫、と言うのも余所に、手をとった。
 フレンの修得している、基礎の治癒術をかけようとして、
 “フレンとおそろいの技”。
 思い出して顔が熱くなり、咄嗟に頭から追い出して、治癒術をかけた。
「ありがとう」
「……いえ」
 気恥ずかしいような、嬉しいような、罪悪感のような、妙な気持ちを抱く。
 ここからどのようにして去ってよいのか分からず、事態が動くだけに身を任せて、フレンはただ、機嫌の良い姫君のそばに立ち尽くすしかなかった。






 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 魔神剣とスターストロークが似てるなー、と思ってから生まれた駄文。これ、ドレイクさんに教わってるということは、ドレイクさんも使ってる、ということですよね、スターストロークにマーシーワルツ^^



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