[携帯モード] [URL送信]

*tales of…*
contagion(ルーク×ティア)
 無茶しないで。いつでも貴方を見守ってるから──。

【contagion】

「殺劇舞荒拳!!!」
 見渡す限りを銀世界に染め上げたロニール雪山東の麓付近に、小さな少女の声が響き渡る。
 次の瞬間には迫り来るのではないかと思われる白の津波に、内心冷や冷やする物を感じながら、ティア・グランツは声を張り上げる。余計な事など考えている暇は無い。譜歌の特殊な旋律をなぞりながら、魔物との距離を測る事も忘れず、詠唱に集中する。
 大体、こちらを死に物狂いで殺そうとしてくる魔物相手に、“静かに闘う”などということなど出来る訳も無く、結局の所“手早く斃してしまう”という作戦に落ち着く訳で。
 二つの危険に圧迫される場所であるロニール雪山が、ティアは好きではなかった。
「とどめーーー!!」
 アニスが、というより彼女が乗っている猫(でいいのだろうか)の形を模した巨大な人形、“トクナガ”の拳が見事に魔物の腹にクリーンヒットし、よろめきながら逃げてゆく魔物の後姿を見送る。
「どうしたルーク、へばったのか?」
 ふとガイの声がした方を見ると、声をかけられた赤い髪の少年──ルークが肩で息をしているのが見えた。
 彼の方へと歩み寄り、傍らに立つと、女性響士のティアは早速、修業が足りないわね、と叱咤する。
 てっきりいつもの軽口が返って来るのかと思いきや、いきなり自分の肩に腕が回され、ティアの心臓は大きく跳ねた。聞こえて来たのは、軽口ではなく、まだ少し乱れた苦しそうな息遣いだった。
「…悪りぃ、ティア。少しだけ肩、貸してくれ…」
 それだけを言い終わると、急に肩の辺りが重くなる。体重をかけられている、と気付いた頃にはすでに時遅く、ルークの顔が至近距離に迫っていた。
「ちょ…、ルークっ?きゃっ…」
 崩れたバランスを直す事も出来ず。
「ルーク?!おい!」
 女性が苦手なガイがティアと密着しているルークに近付ける訳は無く、
「おやおや」
 面白そうにこちらを眺めている大佐は助けてくれる筈も無く。
「いやーっ!」
 思わず拒否の声をあげると、雪の上に押し倒されてしまった。
 ティアは何とかルークの下から脱出しようと試みるが、譜術士の腕力があてになる訳が無く、もとより彼女の細腕で彼の体を退かせられる筈も無かった。
「はぅあ!ルークってば大胆〜!!」
「まぁ!ルーク、何てはしたない!」
 アニスとナタリアの非難を浴びてもルークに反応は無い。
「ちょっと、ルーク…ッ、お願いだから退い……!?」
 思えば、何故気が付かなかったのだろう。ルークは、他人の話を立ち聞きする事はあっても、いきなり人を押し倒したりする人間ではなかった筈だ。
「ルーク?しっかりして!」
 苦しそうに荒い呼吸を繰り返すルークに、ティアは懸命に呼び掛ける。
「ルークッ!!」
 雪崩の心配など頭から当に消え失せたティアの、悲鳴にも似た叫び声がロニール雪山にこだました。

 楽しそうに外を駆け回る子供の声が窓越しに聞こえてくる。
 ケテルブルクの安宿のベッドで熱にうなされながら眠るルークを、ティアは冷めた目付きで見下ろす。
「ルークでも風邪引くんだね〜」
「これは興味深い。今後の研究の役に立つかもしれませんね」
 何か失礼な事を言われているけど、自業自得だ。体調管理も兵士の仕事なのだもの。……ルークは兵士じゃなかったのだっけ。
「全く。あんな雪山でお腹など出しているからこんな事になるのです!」
 全くその通りだ。前から思っていたけど、あの服、何で腹部が露出しているのだろう。そこを狙われたら元も子もないのに。
「まぁまぁ。こんな機会でもなけりゃ、ゆっくり休めないだろ。ここはティアに任せて、俺達も休ませてもらうとしようや」
 ガイの科白に聞き捨てならないものを感じ、ティアはくりん、と首を反転させた。後から長い茶髪が追いかける。
「ちょっと…!私?!」
「そうですね。そうさせてもらいましょうか。山登りは年寄りには辛すぎる」
「大佐はこんな時だけお年寄りですねー」
「ではティア。ルークをお願いしますわね」
 反論の余地など全く無い。各自好き勝手な事を口にしながら早々に部屋を後にする。殺風景な部屋にティアは一人、いや、ティアとルークだけが取り残された。

 どれだけ細心の注意を払おうと、年季の入った安宿の扉は遠慮無く悲鳴をあげる。オールドラントの全ての家屋の扉が、ユリアシティの様に自動ドアであればいいのに、と胸中で呟きながらティアは顔をしかめた。
 新たに水を汲んできた桶をベッド横の机に置くついでに、ベッド上の少年をちらりと見る。どうやら、起こしてはいない様だ。ただ、熱で体が熱かったのだろう。布団が少し捲れて肩が丸出しになっている。
 先に、額の上のタオルを取り替えてやる。ただの風邪だという事だから寝ていれば治るのだろうけど。
──譜術で病気を治すことが出来たら……。
 苦しむ少年を前にして何も出来ない無力さを感じながら、ずれた布団を掴む。ふいに持ち上げた拍子に手が少年の肩に触れ、心臓が一つ大きく跳ねる。押し倒された時に間近で感じた、あの大きな肩を思い出した。
 無意識に右手が布団を離れ、肩に触れる。普段見る限りではそんな風には見えないのに、こうして触れてみると結構筋肉がついているのが解る。兄との稽古で、鍛えてきた体。この旅の間にも体だけでは無く、精神的にも成長している。──ただ。
 熱にうなされ、苦悶の表情を浮かべる顔がふいに横に向けられる。その拍子に額のタオルがずり落ちた。手を額にずらし、汗で張り付いた髪の束をそっと掻き分ける。
 ずっと見ていると約束をした。あの日から見守ってきた。がむしゃらな、しかし一生懸命な彼の姿を。ただ、いつも見ていて思うのは──、
「無茶、し過ぎよ…」
「ごめん、な…」
 聞こえたかすれる様な声にティアはびくりと身を竦ませた。慌てて彼から手を放す。何だか頬と右手の平が信じられないくらにい熱い。
「ご、ごめんなさい。起こしちゃった…?」
「俺、ティアに心配かけてばっかりだな…。ほんと…、ごめん」
 ふと、何故自分達はこんなに謝り合っているのだろう、と思うと、少し頬に笑みが浮んだ。そんな場合じゃないのに弱々しく謝ってくるこの少年が急に愛しく、可愛らしく思えてきて、優しく細まったティアの瞳がルークを見つめた。
「…ばかね。そんな事はいいの。今はゆっくり休みなさい…」
 再度ルークは眠りに落ちる。タオルを絞り、額に乗せてやると、シーツを肩までかけてやった。


【END】






[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!