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*tales of…*
学園ヴェスペリア17〜uneven〜
【uneven】


 もしかすると、許して欲しかったのかもしれないし、嫌われるのが恐かったのかもしれない。そうすると、恥ずかしいのかもしれなかったし、申し訳なかったのかもしれない。色んなものに対する悲しい気持ちが溢れだしてきて、エステルはぎゅっと唇を噛みしめる。深く垂れた頭を上げることが出来ない。ドアの外にユーリの足だけが見えた。ここから先は一人で行きたいと申し出たエステルの気持ちを汲んで、それでも外で待ってくれている。
「わたし、あなたの気持ちを全然考えてなかった。自分のことで頭がいっぱいで……あなたをあんなに傷付けて……本当に、ごめんなさい……」
 頭を上げて、もと依頼人の後輩の少女の顔を見ることが出来ない。自己満足だと思われても当然だ。それでも、エステルにはこうして謝ることしか出来ない。
「……もう、いいです。頭を上げてください、ヒュラッセイン先輩」
 恐る恐る頭を上げる。泣き張らしたことが分かる痛々しい目で、後輩の少女はエステルを見ている。エステルの胸がずきりと痛む。
「もう遅いです。私の気持ちなんてもう知られてますし、どうすることも出来ないんです」
「そう……ですね。そうですよね……」
「それを今になって謝られても、そんなの……ヒュラッセイン先輩の自己満足だと思います」
「ごめんなさい……本当に。ごめんなさい……」
「それじゃ、私帰ります」
 何を言うことも出来ない。なんの言葉も浮かんでこない。ただ、ひたすら残念で残念で仕方がなかった。少女の背中がドアを出ると、見えなくなった。
 視界がぼやけた。だけど、必死に堪えた。悪いのは自分なのだ。泣いてなんか良い訳がない。

 あれからエステルは、まっすぐに自分の教室に戻ると自分の机に着き、今回の仕事の総括としてノートにまとめている。ユーリは自分の鞄が置いてある三年の教室には戻らずに黙ってエステルに付いてきてくれた。
 二人だけの放課後の教室は、校庭や体育館などで活動している運動部以外の生徒の声や音はほとんど聴こえてこなくて、校舎の真反対の位置にある音楽室から、吹奏楽部の奏でる金管楽器の音色が細く聴こえてくるのみだった。
「仕事って、難しいですね……」
 窓辺の机に腰掛け、外を見ていたユーリの目が、こちらに向けられたのを感じた。
「困っている人の役に立ちたいって思っても、結果的にその人を傷付けてしまった……。助けたいって、思うだけじゃ……駄目なんですね」
「そうだな」
「わたしのやりたかったことは、間違っていたんでしょうか……」
「そう、思うのか?」
「…………」
「最初っから、部活作ったとこから全部間違ってたって、エステルはそう思うのか?」
 聞いた瞬間に、心臓がぎゅっと伸縮したかのような感覚。それだけは、そのことだけは、認めてはならないような気がした。
 だから、エステルは必死に頭を振る。否定。心から否定していた。
「わたしは、ユーリと一緒に部活動を始めたこと、後悔していません!」
「……そっか。なら、続けようぜ。オレ達の部活をさ」
 そう言って、ユーリは穏やかに、しかし不敵に微笑んだ。
「何もなくて全部が上手くいったって、つまらねえだけだと思うけどな、オレは」
「だとしても、やっぱり辛いです……」
 腰掛けていた机から降りると、廊下側のエステルの席まで近付いてくる。
 ユーリの言っていることは正しい。自分の言っていることが甘えなのもよく分かっている。でも、自分が傷付けたあの後輩の泣き顔が頭から離れない。
「無理に忘れようとしなくていい。ちゃんと覚えてて、それをまた繰り返さないようにしてりゃ、いいんじゃねえか?」
 もう、限界だった。
 ノートにぱたっ、ぽたっと二粒落ちた。
「……っ!」
 手で口を覆う。
 泣くな。泣いては駄目だ。
 でも、もう抑えられない。
「ぅ……!」
 嗚咽までもが漏れてしまう。情けない。
 頭に柔らかな衝撃を感じた。ユーリの手が、ぽんぽんとエステルの頭を優しく叩いてくれた。エステルの手が、すぐ側にあるユーリの制服の裾を掴む。ユーリは黙って、エステルのそばにいてくれた。

「よう」
 聞き慣れない低い声がしたと思ったら、依頼を出した部活の、あのお嬢様じゃない方の上級生が、靴箱にもたれかかるようにして立っている。正直あの部活には良い思い出がないので、
「……何ですか?」
 と、つっけんどんに返して、立ち止まって向き直るでもなく上級生の脇を通り過ぎ、自分の靴箱へと向かう。
「この間はうちの部長が世話になったな」
「……いえ」
 外靴を出して上靴を脱いだ。上靴を仕舞う。
「ま、あいつも世間知らずなだけで別にあんたを困らせようって訳じゃねえんだ。だから、あまり悪く思わないでやってくれねえか?」
「別に……もう過ぎたことですから。……話はそれだけですか?」
 空気が変わった気がした。
「いや――、あんた、ちゃんと分かってんのかな、って思ってな」
 どきりとした。外靴を履こうとする体勢のまま、ぴたりと動きを止めてしまう。
「……何を、ですか?」
「分かってねえのか?」
 虚を突かれた、というより、突かれたのは、“核心”。
「あんたの“恋”とやらが上手くいかなかったのが全部、エステルのせいだって、思ってる訳じゃないんだろ?」
「――!」
 目を背けていたものを、無理矢理眼前に持ってこられた――そんな気分。
「オレ達が承けた依頼は、“手紙を渡すこと”であって、“仲を取り持つこと”じゃない。その辺、あんた分かってんのかな、と思った。そんだけだ」
 分かっていた。逃げていた。無理矢理誰かに責任を押し付けて、悲しい気持ちと向き合うことをしなかった。
「じゃあな。呼び止めて悪かった」
 自分はただ、逃げていただけだったのだ。

 貼り紙、そして箱。それが自分達の部活動の全て。その前にエステルは佇んでいる。
 前回の依頼で感じたこと、学んだこと。それが、エステルに箱を開ける事を躊躇わせる。だけど、そんなのはただの甘えなのであって、かといってむきになって取り掛かるものでも決してない。
 箱の蓋に華奢な手がかかる。以前には感じなかった“重み”を感じた。それが、他人を巻き込む仕事を預かる責任感――なのだと思った。
 手紙が入っている。困っている誰かの。そっと、大事に取り出した。
「……!」
 その中に宛名も差出人も無い手紙がある。急いで教室に戻り、封を開けた。
 この封筒には、見覚えがあった。ほんの三日前に手渡され、そしてある人物へと届けたものだ。
 可愛らしい便箋に書かれた文字に、目を走らせる。
 エステルの顔に、じわじわと笑みが浮かぶ。読み終わると、丁寧に便箋を封筒に仕舞い、他の手紙と共に大切に抱きしめた。
「よう、部長。新しい仕事か?」
「……ユーリ、仕事って、難しいですね」
「そうだな」
「でも、それ以上に……素晴らしいですね」
「……そうだな」
「ユーリ」
「ん?」
「わたし……、やっぱり、あなたとこの部活動を立ち上げて、良かった」
「そっか」
「はい。だから……、今日も始めましょう。わたし達の部活動を……!」
 昨日泣いた面影などどこにもなく、その顔に浮かぶのは頼もしいほどの希望、活力。そうして、新しい“仕事”へと取り掛かるべく、新たな依頼を広げた。
 そんなエステルの視界の外で苦笑したユーリが、
「なんか良い事でもあったのかね……」
 と、小さく呟いたのには、気付くことはなかった。



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