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*tales of…*
release the clutch(フレン×エステル)
【release the clutch】


「はあ……」
 重たいため息が、部屋を満たす。フレン・シーフォは甲冑を脱ぐこともせず、私室のソファーに沈み込んだ。
 今日中に片付けなければならない書類がある。服を着替えて、シャワーを浴びて、食事をとって、早くそれに取り掛からねばならない。だけど、何をする気にもなれない。気持ちの整理がついていなかった。今フレンの胸の中は荒波のように荒れ狂っていた。
 なめてかかっていた訳ではないが、騎士団という組織をまとめ機能させること、騎士団の頂点にいること、それらは想像していた以上に過酷だった。騎士団だけでなく、評議会との兼ね合い、ギルドとの共同体制。副官のサポートがあるにしてもフレンの頭はパンク寸前。そしてそれらを回し機能させる事だけがフレンの仕事ではない。むしろ、それだけならどれほど楽か。
 帝国の有り様が変わったといっても、騎士団と評議会の確執が無くなったわけではない。騎士団の頂点だからこそ裁ける、罪を犯した上層部の人間は確かに増えた。しかし、それはごく僅か。それをかいくぐってでも逃げ延びる欲に目が眩んだ狡猾な犯罪者。
 そして、此処に至る。“自分は、まだまだだ”。
 もっと、
 もっと。
 自分は、磨かなければならない。動かしていかねばならない。全てを滞りなくしなければならない。
 自分を。
 騎士団を。
 帝国を。
 そう痛感する。それは決意に、自分が動く原動力になる。
 だけど。
 だけど今日はさすがに――。
「……疲れた……」
 ため息混じりのそんな声。身体は重く動かず、思考がぐるぐるするだけ。憤り、やるせなさ、無力感、後悔、言い訳、そして自分を詰り、惨めさが胸を占める。駄目だ。頭が変になってしまいそうだ。今日は辛かった。よく自分を律し得たものだと思えるほど。もう少しで感情が理性を上回り、剣を抜いてしまいそうになった。課題は多い。評議会の裏の部分。自分の未熟さ。
 いずれにせよ、情けない。思わず、渇いた笑いが漏れてしまう。これでは親友の事など言えないではないか。
「僕は、まだまだだな……」
 のろのろとした動きで甲冑を脱ぐ。小手、腿当て、脛当て、一つずつ外していくと、重たかった体が僅かに軽くなった。内服になると、デスク上の一本のボトルが目に入った。評議会のお偉方とまみえた時に嘘臭い労いの言葉と共に押し付けられた物だ。酒など飲まないが、処分する機会もなく結局私室まで持ってくる羽目になってしまった。
 飲んでやろうか。
 ふと、そんな事を考えてしまう。酒で気を紛らわせるなんて、騎士の――それも団長のする事では明らかにない。しかし、今日を振り返り反省するよりも、リセットしてしまった方が次をまたしっかりと行動出来るかも知れないのではないか。だけどこれを飲んでしまえば書類関係は間違いなく出来ない。
「……どうせ、明日は一日休みなんだ……」
 呟くとボトルを掴み、ぐいと煽った。普段ならば絶対にしない行動。そうだ。今日は特別疲れたから。そしてこの奇行を、フレンは後に後悔する事になる。そんなことは露知らず、ボトルの中の液体を半ばやけ気味に喉の奥へと流し込む。
「!!」
 喉が拒絶反応を起こした。きゅう、と突然閉まった。道を閉ざされた液体が気管へと迷い込み、フレンはむせ込んだ。
 なんて強い酒。いや、自分が普段飲まない分弱いだけなのか。喉が痛くて、肺が苦しくて、フレンはむせた。
 ――ちくしょう……!
 自分は一体何をやっているのだろう。目の端から涙を滲ませながらそう思った、その時だった。
「フレン?います?今日はこちらにいらしてると聞いたので……」
「!?」
 突然過ぎる来訪。今の自分などとても見せられない。かといって居留守を使うなど失礼極まりない。完全に頭が混乱してしまった。どうすればいいのか分からない。
「フレン?」
 こんこんと小さなノックが続く。フレンは床にうずくまり、ぎゅっと目を瞑る。このまま。このまま時が去ってくれれば。そんな思いも空しく、肺の中に入り込んだ空気ではない物がこの後に及んで自己主張をしてきた。
「……っ!げほっ!!ごほっ!!」
「フレン!?いるんです?どうしたんですか!?大丈夫です?!」
「げほっ!え……エステ……さま」
 居ないかもしれないと思っていた目的の人物が居る分かった挙げ句、その人物が苦しそうに咳き込んでいる。そんな状況の中、扉の向こうの自分を探す人物に“どうか来ないでくれ”なんて思いが届く筈もなく。
「フレン!開けますよ?!」
 当然、扉は開け放たれた。
「フレン!?」
 悲鳴のようなエステリーゼの声が聞こえた。それから、こちらへと駆け寄ってくる足音。思考が働かない。それでもフレンは上手く回らない舌を動かして非礼を詫びた。
「申し訳、ございません、エステリーゼ、様……恥ずかしい所をお見せ……してしまって……」
 エステリーゼの手がフレンの腕を掴む。支えられるようにしてフレンはソファーに腰を沈ませた。
「お酒を飲んだんです?気分は悪くありません?お水を持ってきましょうか?」
 思考が働かない。眠気が襲ってくる。視界が回る。エステリーゼの喋っている言葉の一字一句が、フレンの脳に入ってこない。焦点の定まらないフレンの瞳に、懸命に何かを話すエステリーゼの顔が映る。こちらを心配そうに覗き込んでくる顔は、フレンの鼻に触れそうな程に近く、ほのかに花のような香りがした。不意にそれに触れたくて、フレンは無意識に手を伸ばしていた。白い頬に自分の手が触れる。
「フレン……?」
 そのまま、エステリーゼの首へと腕を伸ばし、引き寄せた。短い悲鳴を発し、エステリーゼがフレンの胸の上に倒れ込む。
 エステリーゼを抱きしめたまま、フレンの意識はぼんやりとして、どこか遠い所にあった。
「あ、あ……あの、フレン?」
 ――エステリーゼ様がお困りでいらっしゃる……早く助けに行かなければ……。
 だけど体が重くて、体にかかる重みが心地良くて、温かくて体が動かない。動きたくないと、体が訴えている。
「エステ、リーゼ様……申し訳……」
 助けに行けないことを詫びる。それに呼応するように、胸の上の温かなものが、フレンを優しく抱きしめた。
「いいんです。これでフレンの疲れを癒せるなら……わたしは平気です。……それに、フレンになら……」
 ひどく眠い。意識が朦朧とする。困っていたはずのエステリーゼは、どうやらもうそんな様子も無いらしい。それが何故かは分からないが、とりあえずフレンは安堵した。
 騎士団とは法と規律を重んじる組織である。だから、騎士である自分はそうでなければならない。それを揺るがない一本の折れてはならない自分の中の軸として、フレンは騎士であり続けた。根っからの真面目さや頑なさも相まって、フレンは常に模範的であった。なのに、それが何という体たらく。するべき仕事を残したまま着替えもせず酒を飲みあろうことか酔いつぶれてしまうなんて。
 頭のどこかで声がする。自分を罵る声と、それに対する言い訳。
「フレン……」
 そして自分を優しく呼ぶ声。そうだ。今日は特別疲れたから。今日だけは。今日だけは、どうか見逃してほしい。
 温かく柔らかな重みを抱きしめながら、その心地よさに誘われるように、フレンの意識は眠りの奥底へと吸い込まれていった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

普段かっちりしっかりしてるフレンだから、弱い瞬間は相当貴重で可愛いと思う。そんな時はエステルに甘えてしまうような様子を見せたらいいのにな。



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あきゅろす。
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