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*tales of…*
reversible(ユーリ&エステル)
【reversible】


 何の夢だったかは分からないが、ひどく嫌な夢を見たことは確かだ。寝汗と動悸の激しさがそれを証拠付けている。一瞬、自分が今居る場所が、状況が飲み込めずに、きょろきょろと辺りを見回す。夜の帳。テントの中。仲間達の寝息。ぱちぱちとたき火の炎のはぜる音。そうだ。確か野営をすることになって……。
 寝ている仲間を起こさないようにそっとテントを抜け出した。夜の風は汗をかいた肌には必要以上に冷たく、エステルは体をぶるりと震わせた。たき火のそばに座り、火に当たる。温かさが正面からエステルの顔を温めた。星の位置を確認するが、まだ見張りの交代の時間ではない。もう少し休む時間はある。しかし到底休む気にはなれない。覚えていないが本当に、本当に嫌な夢だったのだ。
「エステル」
 少し離れた所からそんな低い声。夜に紛れる色の髪と服を纏った青年は、たき火に近付くとその姿を露わにさせた。その途端、エステルの胸に安堵が浮かぶ。
「大丈夫か?」
「え……?」
「おまえ、うなされてただろ?」
「あ……」
 記憶はないが、やはりそういうことらしい。寝ているところを見られた訳でもないのにそう看破されたのは、自分がそういった様子を顔に出していたからだろう。情けない。心配させてどうする。エステルはにこりと微笑んでみせる。“大丈夫です”としっかり頷いて。青年は紫紺色の瞳に何かを滲ませて、“ふぅん”と言ってきただけだったが。
「なら、まだ休んでな。交代の時間までまだだいぶあるだろ」
「え、と……」
 大丈夫、と答えたくせに示したのはそんな戸惑いがちの拒否。青年が紫紺色の瞳でこちらをじっと見ている。彼は分かっている。全然大丈夫なんかじゃないことを。情けない。そして、適わない。いつも。
「……ごめんなさい、やっぱり少し……大丈夫じゃない、です」
「そっか」
 少しだけ空気が動いて、青年が隣りに腰を下ろした。
 夜の見張りが何故重要なのかというと、勿論夜行性の魔物に対する危機回避の為である。たき火や今自分達が休んでいたテントに魔物を退ける効果があるにしても、全てをそれらに任せ旅人は休んだりなどしない。魔物の危険性は未知である。だから夜の見張りが必要なのだ。そして、その為に出来るだけ休んでおかなければならないということも。休める時に休む。この旅でエステルが学んだことの一つだった。
 だから、エステルは隣りに座る青年にこう、声をかけた。
「あの……ユーリ、休んでください」
「……ん?」
「わたし、もう目が覚めちゃって眠れないんです。だから交代します。良かったら、ユーリが休んでください」
 大丈夫。間違ってない。休める時に休む。休める人が休む。そういうことなのだ、きっと。
 なのに、返ってきたのは思いもかけない答えだった。
「良くねえ」
「……え?」
「良くねえから休まねえ。だから交代もしねえ」
「あの……」
「分かってねえな。目が覚めたから寝ないんじゃなくて、寝たくないから寝ないんだろ」
「……!!」
 こちらの心を見ているかのような静かな紫紺色の瞳。エステルの動揺は見事に顔に表れた。その表情が意味するのはただ一つ。すなわち、正解。
 ユーリがため息を吐いた。と同時にエステルの胸に恥ずかしさが込み上げる。全てが丸くおさまる選択肢を選んだつもりが、自分の勝手の為にユーリを振り回すようなことをしてしまった。
 恥ずかしくて、顔を上げられない。自分勝手だと思われただろうか。迷惑だと呆れられただろうか。どちらにしても、嫌なやつだと思われたに違いない。恥ずかしい。出来るなら、時間をさかのぼって今言ったことを無かったことにしてしまいたい。
 謝ることで彼の不信感を拭えるなら、何度だって――。
「あの……ごめ――」
「エステル」
 顔を上げた。と思ったら、かなり近い場所にユーリの顔があった。眉間に皺を寄せてエステルの顔を覗き込んでくる。少しだけのけぞってしまったが、それ以上は体が固まってしまって動けなかった。体が言うことを聞かない。胸が痛い。心臓の鼓動が早い。顔が熱い。
 青年の整った鼻が触れそうなほど、すごく。
 ――近い、です……!
「おまえ、熱でもあるんじゃねえのか?」
「………はい?」
「顔もなんか赤いみたいだし、熱は……ん?……ねえみたいだな」
 エステルの額にユーリの手が触れる。途端になんだか体の力が抜けてしまった。何をそんなに緊張していたんだろう。
「夢を、見たんです」
「……夢?」
「はい。はっきりとは覚えていないんですが、とても……嫌な夢を……」
 思い出せないことを幸いと言えるかは分からないが、怖かったことと寝苦しかった嫌な記憶は残っている。
「でも、駄目ですよね。ちゃんと休める時に休んでおかないと」
「……そうだな。おまえ、まだ眠そうだしな」
「う……」
「それに、覚えてないにしたって一人でいりゃ悪い方に気持ちが行っちまうかもしれねえしな」
「はい……、……え?」
 一瞬何を言われたのか分からなかった。それをきちんと訊こうとして、それは叶わなかった。
「ま、無理にとは言わねえさ。寝たくないならここに居りゃいい。交代の時間まではオレが見張りだ」
 そう言って手渡された毛布をエステルは受け取る。つまり、寝るならここで寝てもいい、そういう事なのだろう。
 ユーリの言う事は難しい。全くそんな素振りを見せないのに、その言葉にも行動にも、誰かを助けるような意味合いが込められている。それに気付けない時がエステルは怖いと感じる。もし気付けないでいたら、そのまま彼の気遣いを当たり前のように受け止めてしまう自分になりそうで。そうなった自分に気付いた時、自分はきっと恥ずかしさで死んでしまうだろう。
 エステルはぎゅっと目を瞑り、手渡された毛布を抱きしめて、ユーリに礼を述べた。
「ありがとう、ございます」
 わたしを気遣ってくれて。
 わたしを気にかけてくれて。
 彼はいつだって誰かを見ている。彼の言葉の裏にはいつだって誰かへの優しさがある。自分はきちんと、それに気付いていきたい。
 ユーリは全て分かっているのに気付かない振りをする。
「……別に。オレは自分の見張りの時間にそれをしているだけだよ」
「それでも、ありがとうございます……」
 そっぽを向いてしまった青年の隣りで毛布にくるまる。温い。眠気が襲ってくる。ただ何も言わずにそばに居てくれる青年の存在が、
“おまえが眠れるまでそばに居てやるよ”
 と、そう言ってくれているようで、しかしそれを確かめる方法も思いつかないまま、眠りの淵に落ちていった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

本当は言って欲しかったけど、言うところが全く想像出来ないから。思ったことはすぐに行動に表すのに、誰かの為の直接的な言葉をはっきりと言わない彼がもどかしくも格好良い。そう思うんです。



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