[携帯モード] [URL送信]

*tales of…*
because together in the world(幼少ヨーデル&幼少エステル)
【because together in the world】


 自分が皇帝になるものだと当然の事のように思っていたから、毎日の勉強の時間も当たり前の事だと受け止めてどんなに退屈でも我慢してきた。公務で久しぶりに外に出た時に、同じ歳くらいの男の子が楽しそうな声を上げながら横切っていった。普通このぐらいの歳の子どもは、元気に外で遊び回るものらしい。それが出来ないのは、ヨーデルが普通の子どもではないから。
 ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン。帝国次期皇帝候補。自由に外に出ることも叶わず、遊ぶ事も許されず、親に甘えたい時にもそうさせてはもらえない子ども。それが自分。
 それが辛くても耐えられたのは、自分は皇帝になるのだと自覚していたからだ。
「ヨーデル?どうかしましたか?」
 かけられた柔らかな声にハッとなる。エメラルドブルーの大きな瞳が不思議そうにこちらをのぞき込んでいた。
「……何でもないよ。エステリーゼ」
 豪奢なベンチの、自分のすぐ隣りに腰掛ける、自分とそう歳の変わらない少女。
 エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。もう一人の皇帝候補。
 ――もう一人の……。
 自分以外に皇帝候補がもう一人居たなんて、知ったのはいつだっただろう。
 それも確か、正式に紹介されて知ったではなく、大人達が話しているのをたまたま聞いてしまったのを覚えている。
「ここは風が気持ち良いですねぇ」
「……そうだね」
 ここ、と言ってもザーフィアス城の敷地内の庭に過ぎないのだが、ヨーデルとエステリーゼをここに寄越した大人達は、子ども二人を外の庭に出すことでどうやら“遊ばせて”いるつもりらしい。ある程度二人から離れた、それでも二人の見える距離に、護衛の騎士が何人か立っている。こんな状態で何をどう遊べと言うのか。
 それこそ子ども騙し。もとよりザーフィアス城に子どもが自分達しかいないこと、そして自分達の身分に釣り合う子どもがいないことこそが、要因なのかもしれないが。
 ――この子は……この子も毎日勉強してるのかな。
 横目でちらりとエステリーゼを見る。少女は、程良く吹く風に桃色の髪をなびかせながら空を見上げている。
 それが、ヨーデルには酷く暢気そうに見える。勉強どころか、もしかすると自分が皇帝候補だということさえ知らないのかもしれない。
 大人達に急に紹介されて、出会った頃から暢気な子だと思っていた。どこかふわふわとしていて、現実を見つめるではなく、現実に流されている。
 ――ぼくは勉強も公務もこんなに頑張っているのに。
 何故だか気に入らない。
 自分の経験してきた辛かったこと全てを、スルーしてきたかのような彼女の様子が。それでいて自分と同じ皇帝候補だということが。
 何故だか酷く気に入らない。
「ヨーデル?」
 ぐっと噛みしめた唇に、思わず痛みが走って、切れたのだと自覚した頃には口角から血が滴っていた。
「!血が……」
 エステリーゼの小さな手が伸びてくる。ヨーデルの目が見開かれる。エステリーゼの手のひらが淡く光った。
 無意識の内に手が出ていた。
「さわるな!!」
「きゃっ!」
 払いのけた拍子に小さな手を自分の爪で引っ掻いてしまい、パッと自分のものでない血が散った。少女が逆の手で傷付いた手を抱きしめるように包み込む。手のひらから光は消えていた。
「あ……」
 包み込んだ手から血が一筋垂れている。ヨーデルのではない、エステリーゼの血。それを気にするどころかヨーデルの今の様子を困惑した目でエステリーゼは見ている。
「えと、あの……ごめんなさい……」
 何故かエステリーゼの方が謝ってきた。恐らくヨーデルを怒らせたのだと思ったのだろうが、その困惑ぶりからは何が原因かは分からないらしい。そんなもの、ヨーデルにだって分からない。分からないが、エステリーゼが自分に手を伸ばしてきたのが嫌だった。血の味が鉄臭い。きっと、切れたヨーデルの唇を治療しようとして伸ばしてきた手のひら。
 エステリーゼはその力の事を隠したがっているようだが、ヨーデルがこうして怪我をすると治してくれようとする。そしてヨーデルは知っている。
 その力は“治癒術”と呼ばれる魔術だということ。魔術とは古代文明の遺産で作られた魔導器無くては発動し得ないこと。ここまでは日々の学習でヨーデルが教育係に教わった事だ。
 そして、エステリーゼが魔導器を使わずに“治癒術”を使えること。それが、異常な力だということも。これは、大人達が話しているのを聞くともなしに聞いてしまった事で知り得た情報だった。
 “満月の子”。その力がエステリーゼには強く表れている。それがヨーデルにもあれば。
 大人達――特に騎士団の偉い人がヨーデルの居ない所でそんな風に言う。もう、何回も聞いた話だった。
 ――そんな力、ない方が普通なのに……。
「何してるの。治さないのかい?」
「え、あ……」
「ぼくのじゃないよ。君の怪我だよ。血が出てる」
 ヨーデルが付けた傷。
「……治せないんです」
「え?」
 血が滴って痛々しい。
「どうして?ぼくにするようにすればいいじゃないか」
「駄目なんです。出来ないんです。ヨーデルのは、痛そうって、治したいって思うから……ほら」
 唇にそっと触れる小さな手。あらがう暇もなく、光が溢れ眩しさが消えた頃には唇の痛みも消えていた。
「そんなの……」
「わたしのは……駄目なんです」
 包み込んだ手からは光は生まれなかった。
 胸がドキドキとなる。言いようのない気持ちが湧いてくる。次から、次へと。
「そんなの……おかしいよ……変だよ。君、おかしいよ!」
「そう、ですよね……わたし……変ですよね」
 変なのは、自分だ。エステリーゼに怪我させて、エステリーゼを傷つける事を言って。溢れてくるのは、言いようのないほどの、罪悪感。
「わたし……」
「……ぼくだ」
「ヨーデル……?」
「おかしいのは……ぼくだ」
 自分は一体何をしているのだろう。普通の子どもじゃないことを、自由に振る舞えないことを、日々の辛さを、全部エステリーゼに押し付けて。彼女の力に嫉妬して。彼女にこんな顔をさせて。彼女だって、自分と同じなのに――。
「ごめん……エステリーゼ。ぼく、君にひどいこと……ごめん。ごめんなさい……!」
「ヨーデル」
 エステリーゼの手がヨーデルの手を包む。血はもう止まっていたけれど、拭われることなく流れて固まった赤が、手の白さの中で余計に目立って見えた。
 エステリーゼの手は柔らかくて、とても温かかった。
「あなたの心の怪我も……治せたらいいのに」
 帝国次期皇帝候補。ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセインと、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。普通の子どもではない二人。未来を指し示された子ども。だけど、自分達は他の誰でもない。自分の意思は自分の物だ。たとえ未来が決まっていようと、いつだって。
 だから、大人達の言う事なんて関係ない。エステリーゼにとってヨーデルがそうであるように、ヨーデルにとってエステリーゼは敵ではない。少なくとも。
 首に巻いていた純白のスカーフを取ると、もう血の乾いているエステリーゼの手に巻きつけた。不器用な巻き方だった。それも単なる気休めでしかない。だけど、今はこれがヨーデルの精一杯の誠意だった。
「ヨーデル……ありがとう」
 エステリーゼが柔らかく微笑む。ヨーデルの罪悪感が薄れ、少しだけ心が軽くなった。
「エステリーゼ。その……、ぼくには君しかいないから……。これからも……ぼくの友人でいてくれないかな……?」
 周りの大人達が自分達をどう見ていようと、彼女は味方だ。これからも。きっと。
「喜んで……!」
 そう言って笑ったエステリーゼの笑顔が本当に眩しくて、ヨーデルの心はまるで治癒術をかけられたかのように癒やされたのだった。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 幼い頃のヨーデルとエステリーゼってどんなお付き合いをしてたんだろう、という妄想とねつ造です。騎士団と評議会。色んな駆け引きが渦巻く世界で育てられる子どもってどうなんだろう、と思うとかなり不安ですが、おっとりと育ってますので嫌な事ばかりでもなかったんだろうな、と。



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!