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*tales of…*
haptism for unskilled knight(ヒスカ&ユーリ)
【haptism for unskilled knight】


「よろしく頼むぜ、“センパイ”?」
 そう言って不敵に笑う新入団員を見た瞬間、
 ――あ、これもう無理。
 そんな言葉がヒスカの脳裡に浮かんだ。
 自分とて騎士団に入団してからそれほど年月を重ねたとは言えないが、それにしても不敵に笑う新人というものを見た事がない。新人とは普通もっとガチガチに緊張してて、右も左も分からない所を必死に吸収しようとして、失敗を何度も味わいながら先輩の元で修練を積み重ねてゆく。そんなものではなかったか。
 そうだった新人の頃の自分達を振り返る。目の前にいるふてぶてしい少年に当てはまるのは、失敗以下略の部分のみ。それも失敗なんて可愛いものどころか、むしろトラブル。
 これぞ文字通りのトラブルメイカー。
 つい先だって新人が二名入団する際の知らせを受けて、姉と一緒に盛り上がっていた頃を思い出す。頭に思い描いていた、楽しく素敵な先輩生活は、ガラガラと音を立てて崩れ去った。

 大体、この生意気過ぎる新人は、態度もデカいが腕も立つ。男女の腕力差を差し引いてもこの少年にはどうしても勝てないのだ。騎士団で積んできた基礎稽古の成果を出そうが、実戦で学んだ咄嗟の動きを出そうが、全てチンピラの喧嘩殺法のような動きでかわされてしまう。
 悔しいがいつも勝てない。
 そりゃあ自分は実戦になると前線で剣を振るうタイプではなく回復・補助的役柄に回る事が多いが、それでも悔しい。
「あのねぇ!そんなんじゃ実戦だとすぐ死ぬよ?!」
 最終手段は少年の経験していない“実戦”という言葉を出して、先輩風を吹かせるのみ。
 情けない。
 全くもって情けない。
「じゃあ実戦に出させてくれよ。こんな基礎稽古と手合わせなんかじゃ強くなれる気がしねえよ」
「!」
「大丈夫だって!オレ、あんたよりつえーんだから魔物の一匹や二匹……」
 思わず横面を張り飛ばしていた。
「思い上がりもほどほどにしなさいっ!!」
 口を開けてぽかんとなっていた少年の眦がきっと吊り上がる。
「いってーな!何すんだよ!?」
 もう一発。
「うるさいっ!あんたに何が分かるのよ!!」
 感情の制御が効かない。自分で自分を抑えられない。情けない。
 こんなのはもう、ただの八つ当たりだ。
「ちょ、ヒスカ!どうしたの!やめなさいってば!!」
 姉に羽交い締めにされながら睨んだ先にある少年の顔は、水中から見た景色のようにぐにゃぐにゃに歪んでいた。

 過ぎてしまった事を無かった事には出来ないけれど、それをすっぱり忘れてしまうでもなく何度も思い出してしまうのは、少なからずその出来事を気にしているからに他ならない。
 ――やっぱりわたしも悪かったよね。……あいつも悪いけど。
 殴った事を後悔してなどいない。だけど、胸中のもやもやとした感じがいつまでも消えない。
 ――謝った方がいいよね。……あいつも悪いけど。
 食堂。
 意を決して少年のいるテーブルに近付く。手に持った自分の分のプレートが心なしか重い。
「あ……あのさ、ユーリ」
 食事を取る手を止めて少年が顔を上げる。
 ――う……。
 その口元が微かに腫れ上がり、傷テープの白が目を引いた。
「その……悪かったわよ。殴っちゃってさ」
 対面に座り、謝った。何故だか恥ずかしくて、顔を見れなかった。
「……おう」
 ――!?“おう”?“おう”ですって!?何よそれ!わたし一人が悪いみたいじゃない!
 反射的にカッと頭に血が昇る。また、少年を罵倒する言葉が口を突いて出そうになる。それを寸での所で呑み込んだ。喧嘩する為に悩んだ訳ではない。それに――。
 ――こいつ、あの時一度だってやり返してこなかったのよね……。
 ぷいとそっぽを向き、もくもくと食事を取る。何でもないかのような顔をしているが、スプーンを口に入れた瞬間、ぎくりとそれが強張る。滲みているのだろう。
 思わず苦笑が洩れてしまう。
「……なんだよ」
「あんたさぁ、ちょっとでも自分が悪い、なんて思ってないの?」
「何で。オレ何も悪い事してねえじゃねーか」
 今度は溜め息が洩れた。
 疲れる。
 これが後輩だと言う事。
 これが先輩になるという事。
 後輩を指導して改めて露呈した自分の未熟さ。後輩に指示して初めて知った自分の発言についての責任。何はともあれ、ようやく洗礼を受ける事が出来たのだ。
「青いわね。あんたも、……わたしも」
「はあ?何でだよ。青いのはヒスカだけだろうが」
「そういう事にしといてあげるわよ」

 覚悟は出来た。
 自覚も出来た。
 だから、ヒスカ・アイヒープは指導担当として、持てる自身の全ての物をこの生意気過ぎる新人に教えよう、そう決意した。

「ヒスカ!!」
 ハッと我に返る。右方向から迫り来る魔物の爪と牙。咄嗟に転がってかわした。危なかった。姉の声がなければ、間違いなく引き裂かれていただろう。
「あんた大丈夫?ここのところ、そんなんばっかじゃない?」
「そうかな。そんなことないけど……」
「いいや。ユーリが辞めてから心ここにあらず、って感じだよ?」
 ぎくりと心臓が軋んだのが分かった。
 ユーリ・ローウェル。
 今は居ない、生意気な後輩騎士だった少年の名前。
 彼が居なくなって清々したはずだった。だけど、どこか本能的に彼に頼っていた部分もあったのかも知れない。先ほどのようにヒスカが危ない瞬間には、必ず魔物の爪はユーリの剣でくい止められていた。それがもう無い事に、ヒスカはまだ慣れない。
 今は一体どこで何をしているのだろう。そんなこと、いくら考えたって詮無い事だが、どこで何をしていようと彼らしく生きているのだろう。
 自分を貫き、他人の為に、決めた事をやり遂げる。少なくともそれが僅かの間指導した、ヒスカの後輩の少年の姿だった。
 ユーリ・ローウェル。
 ヒスカを“先輩”にしてくれた後輩の名前。
 自分は彼に自分の持っている物、知っている事を全て教えられただろうか。そしてそれが彼の力になったのだろうか。思い返せば辛い事も多かったが、今思うと充実していたのだ。きっと。だから、彼が居ないだけでこんなにも――。
「つまらないじゃない……」
「ヒスカ?どうしたの?もしかして怪我した?」
 自分と同じ作りの姉の顔が、心配そうにこちらを見ていた。
 自分と同じ顔。同じ格好。騎士団の青い団服。ヒスカ・アイヒープは騎士だ。だからヒスカは歩いていかねばならない。この先を。自分が騎士である限り。これからも騎士である為に。
 ――ユーリだって。
 このテルカ・リュミレースのどこかできっとそうしているはず。
「大丈夫」
 同じ空の下で誰かの為に、自分勝手に生きている少年の姿を思い浮かべて、ヒスカはしっかりと微笑んでみせた。




 ここまで読んで下さってありがとうございます。

 先輩になること、下と上からの板挟み、大変だと思います。しかもそれがユーリやフレンとなると……胃に穴が開きそうです。

 ユーリが辞めて、フェドロック隊もシゾンタニアから引き上げて、シャスティルにはフレンが居るけどヒスカにはユーリはもう居ない、と思ったら出来た産物。ユーリって何だかんだでヒスカの事危ない時に助けてたなーという印象でした。



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