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*tales of…*
stuck on stock(ユリエス)
「そんな顔しないでよ、エステル」
 そう言って親友は苦笑いを浮かべた。ああ、駄目だ。言わせてしまった。自分はなんて子どもなのか。自分はなんて情けないのか。などと自身を諫めてはみるものの、どうにもこの別れ際というものは苦手だ。これでもう、しばらくは会えないと思うと、胸がぎゅっと苦しくなる。
 分かっている。子どもの我が儘だ。だけどどうしても、溢れ出す気持ちは抑えられない。
「またその内来てあげるわよ」
 困ったような表情に罪悪感が湧く。
「ごめんなさい……」
 自然と形作ってしまうこの顔以外のどんな顔をして良いのかが分からず、引きつった笑みを浮かべると、
「あんた、何て顔してんのよ」
 また、苦笑されてしまった。


【stuck on stock】


 花の街、ハルル。ザーフィアス城からこちらに拠点を移してから、さほど日は経っていない。何故この場所を選んだのかと言うと、一言で言えば気に入ったからだ。この場所が。この風景が。この雰囲気が。産まれてから十八年間、書物からの知識のみで世間の事など何も知らなかった自分が、絵本作家になろうなどと一端に夢というものを抱いたのも、この場所だった。 そんなハルル。“花の街”と呼ばれているのに相応しくいつもなら絶え間なく落ちてくるピンク色の花びらも、今日は控えめにちらほらとしか見えず。今朝からずっと広がっていた暗雲から、ついに降り出した雨。こんなハルルも嫌いではない。雨音をバックミュージックにペンを取ってみてもなかなか執筆作業は進まず。心持ちぼんやりとしていた所に、トントンと扉を叩く拳の音。反射的に腰が上がる。扉を開けると突然の来訪者を、エステルは満面の笑みで出迎えた。
「ユーリ!」
 呼んでからエステルは目を丸くしてしまう。久しぶりに会った黒ずくめの青年はずぶ濡れだった。雨に打たれたのだろう。ばつの悪そうな顔で、“よぅ”と片手を挙げた。
「あがってください!」
 そう言って差し出したタオルでがしがしと乱暴に頭を拭くユーリを、エステルは嬉しそうに眺めていた。ここの所会えていなかった彼が、このハルルに居るという事が何より嬉しかったし、そんな彼が雨に降られて宿屋に直行するでなく、わざわざエステルの所へ来てくれたのが嬉しかった。
 胸の淵までせり上がってくる幸福感を心地良く感じながらにこにことユーリの横顔を見ていると、ふとユーリとパチリと目が合う。なんだよ、と軽く笑われて、少し気恥ずかしくなってエステルは頬を染める。しかし、そんなことですら心地良い。
 ずっと彼がここに居てくれたら。
 今がこんなにも幸せなのに、ついそれ以上の事を望んでしまう。人間とはつくづく欲の深い生き物である。けれども心が満たされた状態ではそんな事にも気付けず、エステルは願うがまま、唇から欲望を紡ぎ出す。
「お腹空いてないです?ご飯食べて行きます?」
 返ってきたのは希望を打ち砕く答えだった。
「悪い、エステル。オレ、すぐにダングレストに戻らなきゃなんねえんだ」
 それまで胸の内を占めていた幸福感が、一瞬でごっそりと無くなってしまった。途端に湧き出すのは、淋しいとか、悲しいとか、そんな子供じみた気持ち。
 それが表情となってユーリに伝わってしまうのが恥ずかしい。だけど、それを心の奥底に押し止める事が出来ない。きっと今、エステルの思っている事は一字一句違える事なく顔に書き出されているに違いない。
 その証拠に、ユーリは困ったような笑みを浮かべた。
 情けない。全くもって情けない。一体何故自分は彼に“こんな顔”をさせているのか。思えば、今日がそれほど忙しい彼が、こんな所まで来てくれた事だけで充分だったのではないか。急いでいるなら素通りしても良かったのに、わざわざこうして訪れてくれた。顔を見せてくれた。それだけで良かったはずなのに。
「悪いな……」
 心地良い、低声がエステルの耳を打つ。どうにもやるせなくなって、桃色の頭を俯かせてしまう。感情の奔流を押し止める。自分に言い聞かせる。顔の筋肉を操る。
「仕方、ないです」
 ぎこちなく笑ってみせた。とりあえず、情けなくてもこれが今の精一杯。
「そんな顔すんなって、エステル」
 また言わせてしまった。情けない。馬鹿みたい。だけどそれでも――。
 ぽん、と頭に軽い衝撃。心地良い重み。大きな手のひら。ぽんぽんとエステルの頭を優しく叩く。
「また来てやっからさ」
 ああ、だけどそれでも。やっぱり。
 淋しい。
「っ……!」
「っと!……エステル……」
 押し止めようとした感情が逆流してきた。それに突き動かされるがまま、ユーリの濡れた服に抱きついた。
 淋しい。
 さみしい。
 ここから居なくならないでほしい。
 ずっとあなたに、此処に居て欲しい。
 ぎゅっとユーリにしがみつく。彼の胸板に顔を押し付ける。
 また会える。分かっている。そんなことは十分に分かっている。だけど、一体いつ会える?一週間後?一ヶ月後?それとも、一年後?
 今が良い。今、こうしてあなたにくっついていたい。そんな事を思うことすら、罪なのだろうか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ユーリ……」
 ユーリは何も言わない。ただ、黙ってエステルにしがみつかれるがままになっている。
 急いでいるのに。すぐにダングレストに戻らなきゃならないと言ったのに。だけど、今はすごく。
「……甘えていたいんです……」
「分かった」
「え……?あ、」
 エステルの頭上でそんな声がした。と思ったら、突然ユーリはその場に腰を下ろしてしまう。必然的にそんな彼にしがみついているエステルも重力に従って倒れ込んだ。
「あ、えと……あの……?」
「甘えたいんだろ?……なら、甘えてな」
 見上げるエステルの瞳を静かに見下ろすユーリの瞳。
「え、えぇ?でも、あの……」
「どうした?もうそんな気分じゃなくなったか?」
「いえ、そんな事……!……すごく、嬉しいです……」
 混乱。後に再度の幸福。今の状況を頭が把握すると、また、じんわりと胸が嬉しさと愛しさで満たされる。思いっきり抱きつく。頬をユーリの胸に押し付ける。濡れた服はエステルの桃色の髪も湿らせる。だが、関係ない。構わない。どうでも良い。くっついていたい。温もりをずっと感じていたい。
 自分は今、どうしようもなく、甘えん坊だ。
 嬉しい。
 幸せ。
 だけど少しだけ、恥ずかしい。
 以前みたいに大好きな仲間達に、大好きな彼に会えなくなったことがエステルの思いを募らせる。押し止めようとするとそれはかえって大きくなる。しかしだからと言ってそれを爆発させて良い理由にはならない。
 我が儘な子供ではないのだから。我慢するから。ちゃんと自分に言い聞かせるから。もっとしっかりするから。
 だから今だけ。
 今だけは大好きな彼にこうして甘えさせてほしい。
「うふふ」
「なんだ?」
「嬉しい……です」
「そっか」
「でも……お仕事、大丈夫なんです?」
「おまえが甘えたいって言ったんだろ?」
「ご、ごめんなさい」
「冗談だよ。それにな……」
「それに?」
「オレは今、エステルに甘えられてたいの」
 ユーリの表情を見ようとした。しかしそれは叶わなかった。顔を上げようとした瞬間に頭をぐいと抑えつけられ、視界はユーリの服で黒一色に染まった。照れ隠し。そんなあからさまな彼の行動に、くすくすと笑ってしまった。
 この幸せを心に刻みつけておこう。この温もりを堪能しておこう。
 明日からまたしばらく会えなくても、頑張れるように――。
 彼の背中に両手を回し、ぎゅっとしがみつくとそれに応えるようにエステルの背中で彼の腕に力が込められる。それが嬉しくて、心からの笑みがエステルの顔に浮かんだ。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 なんというか、甘えたのエステルが書きたかったんだと思います。エステルって現実主義者?現実思考?の多そうなパーティーの中で、感情で動いてそうなイメージなんですが、それにしてもこれだけ淋しい淋しいって思わせるってことはエステルがというより私がパーティーがバラバラになって淋しいって思ってるからかも知れないです。



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あきゅろす。
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