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*tales of…*
Who's to blame?(フレン&エステル)
【Who's to blame?】


 ふと、何かの視線を感じてエステリーゼは立ち止まった。直後、エステリーゼの半歩前に何かが落下してきた。
「!!」
 “何か”は地面に激突して、派手な音を立てて壊れる。がしゃんという音。それが陶器だということが判明する。
 エステリーゼは動けない。もしあのまま歩いていて、これが自分の頭を直撃していたら――。そう考えると背筋が震える。
 恐る恐る上を見上げる。開け放たれた窓からは、白いカーテンがはためいてはいるものの、人の姿は見当たらない。
「っ!」
 力の入らない足を叱咤し、エステリーゼはそこから逃げ出した。
 走る。ブルーのドレスの裾を持ち上げて、走って走って走りつづける。
 長く感じた道のりの最終地点――自身の私室へと辿り着いた。中へとすべりこみ、鍵をかける。広い部屋には自分以外誰もいない。ゆえに聞こえるのは自分の荒い息づかいのみ。
 しばらくそうして息を整えて、ずるずるとその場にへたり込んだ。ドレスがしわくちゃになるのも構わず、はしたないのもそっちのけでエステリーゼは床に尻を付けてうなだれる。
 心なしか、この所こういった事が増えたように思う。
 誰かに命を狙われている。
 ――と言えば少し大袈裟かもしれないが、それでも今回の事は一歩間違えば、死んでいた。
「どうして……」
 一体誰が。
 それは考えても詮無いこと。誰が、なんて明らかだ。恐らくは――。
 何故自分がこんな目に遭わなければいけないのか。何故、来る日も来る日も此処に居なければならないのか。そう思えば思うほど苦しくなって、エステリーゼは床に座り込んだまま、自分で自分の体をぎゅっと抱きしめた。

 それからというもの、エステリーゼは私室に引きこもり気味になってしまう。そして、より一層読書にのめり込んだ。部屋から出ることが怖かった。本の世界に入り込むことで、そんな恐怖も忘れていられる。
 そんなこと、何の解決策にもなっていないし、ただの現実逃避でしかないのだが、エステリーゼにはどうしようもなかった。
「エステリーゼ姫様、お食事です」
 突如として響き渡るノック音。女中の声だった。気付けばもう昼だった。
「結構です。食べたくありません」
 部屋の中からそう答えると、女中の困ったような声が、扉の外から聞こえてきた。
「ですが……、何か召し上がりませんと……」
 私室に運ばれてくる一日三回の食事。それは皇族というよりはむしろ囚人のような生活。だとしたら、自分は一体何の罪を犯したというのだろうか?
「姫様?」
 女中の自分を呼ぶ声。抗う事の出来ない自身の運命。全てのことから逃れたくて、エステリーゼは強く頭を降ると机に突っ伏した。

「エステリーゼ様?どうかされましたか?」
 そんな声に、エステリーゼは我に返る。顔を上げると、対面に座る騎士の青年の、心配そうな碧眼と目があった。
 すかさずエステリーゼはにこりと微笑む。
「ごめんなさい、少し考え事をしていました」
「あの、エステリーゼ様、大丈夫ですか?その……ここのところ食事もまともにとっていらっしゃらないようですし……」
「ありがとう。わたしは大丈夫ですよ、フレン」
「それなら、良いのですが……」
 そう言って引き下がったフレンの表情は浮かない。
 実のところ、エステリーゼは食事が喉を通らず、部屋からほとんど出ず、衰弱の一歩手前の状態だった。顔色も悪く、痩せた顔で微笑まれても心配するなという方が無理な話だ。
「もしかして、何かあったんですか?」
「……いいえ、何も」
 フレンに対してはあくまで何も言うつもりはなかった。こんな理不尽で不可解なことを話したところで要らぬ心配をさせるだけ。それならば自分一人の胸にしまい込んで耐えきればいい。何より、こんな状況だからこそ、フレンとこうして二人でいられることで、もうすでにエステリーゼは心を救われているのだから。
 これ以上彼に何を望めようか。
 依然として心配そうな表情のフレンを安心させる為、エステリーゼは病人のような顔でしっかりと微笑んだ。

 腕を掴まれた。いきなり。気配も何もなかったのに。何も無いところから急に人が出てきた。顔を見ようとするが、フードに覆われて見えない。しかしそれでも、彼らは明らかに“城の者ではなかった”。締めつけられた腕が痛い。どこかへ連れ去ろうというのか、それとも誰もいない所で殺そうというのか。
「やめてください!」
 いよいよ実力行使に出られたのか。エステリーゼの目に涙が浮かぶ。自分が一体何をしたというのか。自分はどうしてここに居なければいけないのか。どうして――。
 こんな目に遭わなければならないのか。
「嫌、いや!助けて……」
「何をしている!!?」
 鋭い声が聴こえた。
 脳が動かない。思考が働かない。エステリーゼはそれからの事を半ば他人事のように感じていた。解放された腕。窓を破って外へ飛び出す誰か。駆け寄ってくる人影。崩れ落ちる自分。
「大丈夫ですか!エステリーゼ様!エステリーゼ様!?」
 極度の混乱の中、力強い腕に抱えられ、安心感がエステリーゼを包む。
 意識が遠くなってゆく。
 もう限界だった。

 以降、そういったことは、あまりなくなった。皇帝候補の姫君が“何者か”に襲われるなど、城の警備にあたる騎士にしてみれば言わば失態。たとえ襲ったのが騎士団派の仕業だったとしてもしばらくの間は大人しくしていることに決めたのだろう。
 それでもフレンは、いつだってエステリーゼの事を心配してくれたし、彼が城に居る間は極力エステリーゼに顔を見せてくれた。
 フレンの存在はエステリーゼにとって、大きかった。

 だから、彼は救わねばならない。
 “フレン・シーフォが何者かに命を狙われている”。
 その情報を耳にした瞬間、エステリーゼは、手近にいた騎士にその事を伝え、彼を助けてくれるよう要請した。しかし、騎士は気休めを口にしただけで、まともに取り合ってはくれなかった。どの騎士も、どの騎士も。
 ついにエステリーゼは行動を開始した。今まで剣の練習でしか使用したことのない細剣を持ち出し、私室を出る。
 たちまち見張りの騎士に見つかり、戻る様言われた。エステリーゼは剣を握りしめ、逃げた。騎士は当然追ってくる。
「もうお戻りください、エステリーゼ様!」
「今は戻れません!」
「例の件につきましては、我々が責任をもって小隊長に伝えておきますので!」
「そう言って……あなた方は、何もしてくれなかったではありませんか!」
 エステリーゼは逃げた。走って、フレンを探した。恐くはなかった。気持ちはフレンだけに向いていた。
 フレン・シーフォ。この城で唯一エステリーゼに安堵感をくれる大切な存在。彼を無くすなんて、あってはならない。そこに勝手な想いが混じっていないと言えば嘘になるのかも知れない。だとしても、フレンはエステリーゼにとっては大切で、救いたい。それだけで十分だった。
 いつでもエステリーゼの事を守ってくれた彼を、今度は自分が助ける。たとえ、あの時以上に危険な目に遭ったとしても。
 ブルーのドレスをはためかせ、細剣を握りしめて、エステリーゼは城内を駆け抜けた。




 ここまで読んで下さってありがとうございます。

 色々ねつ造なユーリと出会う一歩前、なんですが……評議会に担ぎ出された皇帝候補と騎士団が推す皇帝候補。単なる妄想にすぎませんが、政治の道具と化していたエステルにとって危険の全くないこともなかったのではないかと。

 十八年間城から出なかったエステルにそんな決意をさせるなんて、フレンはよっぽどの存在だったのでしょうね。



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