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*tales of…*
maiden voyage(ヨーデル&フレン)
 それは、ある程度予測していた出来事だった。誰かに教えられるでもなく、いつかこういう時が来るのだと、不思議と確信に似たものがヨーデルの中にはあった。
 かと言って覚悟が出来ていた訳ではない。だからそれをついに告げられた時にはドキリとした。けれども全く予期していなかった訳でもない。
 だから、ヨーデルは微笑んだ。
 微笑んで、
「おめでとうございます。エステリーゼ」
 そう言うことが出来た。


【maiden voyage】


 ざわざわと、街全体が浮き足だっているような、そんな雰囲気。望想の地オルニオン。そこの主に重役専用の荘厳な間で、ヨーデルは窓辺に佇み外の様子を眺めていた。ずっしりと重たい布に、いささか気にする様子もなく、比較的無表情で立っている。彼の纏う服は、金を散りばめられた豪奢な儀礼用のローブだった。
 儀礼――いや、祭りと言った方が正しいのかも知れない。その証拠に、ヨーデルの眺める窓の外では、行き交う人々は皆一様に笑顔。子供から大人に至るまで、それこそ色々な人間が嬉しそうな、楽しいことがあったような笑みを湛えている。
 それを、ヨーデルは静かに眺めている。もっと様々な思いが湧いてくるかと思ったが、不思議と何の感情も湧いてこない。心は静かな水面のように波打つこともない。ただ外の人達が笑顔であることに印象だけは好かったが。
 不意に背面に位置する扉がノックされた。誰がそこにいるのかは分かっていたが、ヨーデルはどうぞと応える。
「失礼します」
 やはり、入ってきた人物はヨーデルの思った通りの人物だった。
「フレン。時間ですか?」
 防具としての性能は皆無でありただ目立つ事を目的に作られた式典用の鮮やかなデザインの甲冑を着込んだ若き騎士団長は、立ち居振る舞いを正すと綺麗に背筋を張った。
「いえ。それが……式の開始時間が少し遅れると……」
「そうですか」
 答えるヨーデルに心情の変化はなく、ゆえに憤りを感じることはない。しかしフレンはその端正な顔に苦渋を浮かべて心底申し訳なさそうにしている。開始時間が遅れるのを自分のせいでもないのに彼が何故そんな表情をするのかが、ヨーデルには分かっていた。
「申し訳ありません、陛下。本当にあいつは一体何をしてるんだ……」
 後半が誰に宛てての言葉なのかも全て彼には分かりきっていた。
 その、ここには居ない人物の素行(ヨーデルの知る限りの)を思い出して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。そういえば、フレンと彼はいつだってそうではなかったか。顔を突き合わせると口喧嘩の絶えない二人。かと言って性格が合わないでもなくどこか似たもの同士の彼ら。二人は、帝国皇帝であるヨーデルにとってもかけがえのない友人であり、恩人でもある。彼ら二人がいなければ、自分は今こうして皇帝という肩書きを持ちここにこうして立っている事なんて出来なかったに違いない。
 帝国騎士団、団長フレン・シーフォ。
 そしてその親友であり、ギルド凛々の明星の一員の――。
「陛下……本当にこれで良かったのですか……?」
 声にハッとして振り返る。フレンの目はヨーデルの方を見ていなかった。彼らしくもなく、戸惑いがちに毛足の長い絨毯の上をさ迷っている。
「どういう意味ですか?」
 改めて問いかける。分かっていることを聞くなんて、少し意地悪なことをしたと思った。案の定、フレンは碧眼を泳がせながら言いよどんでいる。
「すみません、困らせるつもりはなかったんです。……エステリーゼの事ですね?」
「!」
 フレンが顔を上げる。碧眼が見開かれていた。
 話したつもりはないが、どうやら彼には気付かれていたらしい。
 ヨーデルの、秘められたエステリーゼへの想いを。
 エステリーゼはヨーデルの遠縁であり、滅多に会うことはなかったとは言え幼い頃からの友人だった。元より、双方身分が身分ゆえに同年代の気やすい相手などおらず、ましてや皇帝になるための勉強ばかりで子どもに必要な遊ぶ時間も与えられず。それを面だって主張するような子どもではヨーデルはなかったが、エステリーゼと会える時は窮屈で堅かった心が和らいでいるのが常だった。エステリーゼの存在は、子どもの頃からも、大人になった今でもヨーデルの中で大きくそれは変わらない。
 その純真さに、優しさに、笑顔に、存在に、どれだけ助けられたことだろうか。
 皇帝となる自分の隣りには彼女に居て欲しい。そう願って彼女に副帝となってくれるよう頼んだのではなかったか。
 自分は彼女をそういう目で見ていたのだろうか。
「正直言うと、分からないのです」
「え……?」
「エステリーゼは私にとって大切な友人です。ですが、私の彼女への想いの正体が一体何なのか、解りかねるのです」
 その知らせを彼女の口から聞いた時は確かに胸に衝撃が走った。
 でも自分は、“笑って”いたのだ。その時の彼女の笑顔があまりにも幸せそうで、それがヨーデルにも嬉しくて。
「だから、私などの思いよりも彼女が幸せならば……いえ。彼と共に歩むことですでにエステリーゼが幸せなのだと思うと、私も嬉しいのです」
「ヨーデル様……」
「それに私は、妻を愛していますから」
 言ってから少し気恥ずかしくなって、頬に熱を感じた。それを聞いた騎士団長は、再び背筋をこれ以上ない程に伸ばして、
「申し訳ございません、陛下!大変無礼なことを言いました!」
 そう言って詫びた。
 ヨーデルは柔らかく微笑む。
「フレン」
「はい」
「主役不在で、もう始めてしまいましょうか。外の皆さんも待ちくたびれてしまいますし」
「いや、その、それはさすがに……」
「いいじゃないですか。皆さんもきっと分かってくれるはずです」
「あの!僕、探してきます!引きずってでも連れてきます!」
 そう宣言すると、フレンは慌てて部屋を辞した。甲冑の重たい足取りが段々と遠ざかってゆく。
 ああ、今日は良い天気だ。大事な友人を、かけがえのない女性の幸せを祝うにうってつけの天候だ。
 今日という日を、今日の日の二人を世界中の人々が祝うだろう。帝国、ギルド史上の、正に歴史的瞬間。色んな人間の思惑が交錯し、また色んな人間が勇気を与えられるに違いない。
 そんな彼女を、帝国皇帝としてではなく、彼女の友人の一人として今日は祝いたい。式典での役目と建て前上、こんな格好をしているけれど、彼女はいつものように優しい笑顔を見せてくれることだろう。
 “帝国とギルドの”ではなく、
「彼女達の門出に幸多からんことを――」
 切に願う。

「本当に良かったのか?エステル」
 尋ねる相手は、きょとんとした目でユーリを見ていた。
「え?だって、行こうって言ったのはユーリですよ?」
「いや、まあ、それはそうなんだが……」
 街を抜けると森の中に身を隠した。誰にも気付かれなかったのは良かったが、この格好で逃げてきたのはまずかったか。エステルの纏う純白のドレスは、砂や埃にまみれていた。とは言えユーリの服も泥だらけではあるが。エステルは気にする様子もないが、さすがに良心に呵責を感じる。
「分かってます。ユーリはああいう雰囲気が苦手なんだって。だから、大丈夫です。わたしはユーリと一緒に居られればいいんです」
 そう言ってにっこりと微笑んだエステルを、次の瞬間には固く抱きしめていた。
「きゃ!」
 柔らかく、温かい。
 やっと、こうする事が出来た。
 ずっと、こうしたかった。
 それが今日、そして今、ようやく叶った。
 帝国とギルドの歴史的瞬間だろうが、双方の友好と協力体制だろうが、そんなこと自分達には一切関係ない。ただ、この先何がどうあってもこの愛しい温もりを守ろう。自分に幸せをくれた彼女を幸せにしよう。そう、固く胸に誓う。
「ふふ。幸せ、です」
「そっか。オレもだ」
 木々の葉に隠れるようにして二つの唇が重なるのを見たものは、誰もいなかった。




 ここまで読んでくださってありがとうこざいます。

 ヨーデルがエステルに対して特別な何かの感情を抱いてたらいいな、と思ってこうなりました。皇族コンビが本当に優しくて大好き。でも、失恋てほどじゃないですけど、爽やかな感じをイメージしたらこんな感じに。普通の子どもとは明らかに違った幼少期を過ごした二人だからこそ、何も言わなくても分かりあえていたらいいな。

ユリエスに関しては、もはや私の個人的なイメージと願望でしかないです(え)。ユーリが、好きだとか愛してるとか言ってる姿があまり想像出来ないんですが、配膳ゲームでさえ断固拒否の兄貴ならもういっそ逃げるが勝ちなんじゃないかと(配膳関係ないだろ)。

 ユリエスに幸あれ^^



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あきゅろす。
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