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*tales of…*
fly high(エステル&リタ)
【fly high】


 先ほどから穏やかな静寂が流れている。窓からは涼やかな風。時折見えるのははらはらと落ちてゆくピンク色の花びら。室内に会話はなく、聴こえるのはシュンシュンという湯を沸かす音のみ。
 とてもゆっくりと時間が流れていた。心地良い時間。何か素敵な物語が頭に浮かびそうな気がしたのだが、その前にある疑問の方が先に浮かんでしまってエステルはペンを机に置いた。
 一言も発することなく、沈黙している。椅子に座ったまま背後を振り返れば、ベッドの上で胡座をかいた親友は、何かの書物を熱心に読んでいた。
 自分もあまり他人のことを言えないが、基本的に本が好きなのだろうと思う。新しい知識の大半は書物によって吸収しているのか。旅を共にしていた頃の彼女は食事をとる時間も寝る時間も惜しんで書物に読みふけっていることが多かった。しかしそれは読書好きというより、興味のあることに熱心だとでもいうべきか。彼女は研究熱心な化学者だ。そういう意味で自分の読書好きと彼女の読書好きは似て非なるものなのかもしれない。
「何を読んでるんです?」
 話しかけてみる。返事はない。きっと今彼女の耳に飛び込んでくるものは全てバックミュージックとして聴こえているに違いない。
 少女の黄緑色の瞳が上から下へと動き、また上へ上がり止まることなく活字を追いかける。その様子があまりにも相変わらずで、思わずエステルはくすりと笑ってしまう。
 よくよく本のタイトルを見ると、それはエステルの部屋にあった恋愛ものの本。そんな本を無我夢中で読む彼女を少し意外に思いながら、エステルは少女の隣りに腰を下ろした。
「わっ!な……なに?!」
 突然ベッドを軋ませて隣に来たからか、少女は必要以上に驚いて肩をびくりと竦ませた。
「リタ。面白いです?その本」
「へ?あ……えっと、まだ分かんないわよ。冒頭部分だし」
 そう言いつつも開いたページはもうすぐ半分に差しかかろうとしたところだった。素っ気なく答えたリタだが、その耳は赤くなっていた。
「な……なによ。あたしがこんなの読んでちゃおかしいっての?」
「いいえ、違うんです。ふふ、ごめんなさい。ただ、嬉しいなぁって」
「はあ?」
「リタが、わたしの本をそんなに熱心に読んでることが、なんだか嬉しいなぁって、思ったんです」
 そう正直な気持ちを話すと、耳だけだった赤みが顔全体にまで及んで、あわあわと狼狽した。
 その様子がまたなんとも可愛らしい。
「ま、まあ……興味深くはあるけどね!」
 研究者らしい物言いでそう言うと、リタは顔を隠すようにして本を立ててしまう。
 “興味深い”。
 化学者であり研究者でもある魔導師の少女の興味を引いたその本。しかしその内容は化学でも魔導でもなく、恋愛物語だった。
「素敵ですよね、このお話」
 ベガとアルタイルという二人の若者。惹かれあっていながらも逢うことは叶わず、星の海の対岸で一年に一度だけ逢えるのをずっと心待ちにしている二つの星。
 そういった内容の恋愛小説。
 エステルやリタのような年頃の娘がいかにも好みそうな内容ではあるが、特に今となってはエステルにはまた違った角度で心惹かれる物語だった。
 星喰みが消滅してからというもの、それまでの旅でエステルやリタたちは常に一緒だった。目的に向かって行動し、寝食を共にし、彼らは仲間であり言うなれば家族のような存在になっていたと言ってもいい。もとより家族と呼べる人間がいないエステルにとって、そんな仲間達は何よりかけがえのないものだった。
 その彼らは、星喰みが消滅してからはエステルやリタも含めてそれぞれの道を歩んでいる。それぞれが、それぞれの目的や信念の為に違う道を進んでいる。故に、今となっては滅多に会うこともなくなってしまった。リタなどはこうして時折会いに来てくれるしそれはとても嬉しいことなのだが、それでも旅の頃に比べるとエステルはどうしても思ってしまう。
 ああ、淋しいな、と――。
 そう思ってしまってから、エステルは慌ててかぶりを振る。他人にすがるのは自分の悪い癖だ。
 ――いつまでも過去の思い出に逃げてたら駄目ですよね……!
 ふと視線に気付き、見ると、分厚い本からちらりと目だけを覗かせてリタがこちらをじっと見ていた。
 聡い少女だ。エステルよりも歳三つほども下だというのに、エステルよりも周りが見えているのではないかと思うことのあるこの少女のこと。黄緑色のこちらを見る瞳は、もしかしたらエステルの考えていることなどお見通しなのかもしれない。
 それでもエステルはとぼけるように小首を傾げてみせた。どうかしました?わたしの顔に何か付いてます?なんて戯れ言を言って。
 リタの目がたちまち半眼になった。
「あんたさぁ……、もしかして前みたく皆で会えないのが淋しい、だなんて思ってる?」
 エステルの頬がぴくりと引きつった。やはりバレていたらしい。リタの大きなため息が部屋中に響き渡った。
「バカっぽい」
 そう思われても仕方がない。仮にも帝国の副帝などという責任ある立場に就いていながらこんな子どもじみた情けないことを考えていたなんて。リタの言う通り、“バカっぽい”だ。
「ごめんなさい……、そうですよね。リタは魔導器に代わる新しい生活動力の開発を進めたり、みんなだって頑張ってるのに……わたしがこんな子どもみたいなこと……本当に駄目ですね」
 ぶつぶつと、それこそ子どもの言い訳みたいに呟くと、リタは分厚い本をばふんと閉じてしまった。それからエステルに体ごと向き直ると、大きな瞳で真っ直ぐに睨み上げてきた。
「そんな“ちっぽけなこと”、問題じゃないわ!」
「ちっぽけ、ですか……?」
「ええ、そうよ。ちっぽけよ。この本だってそう。会えないからって何?星の河だろうが城の中だろうが、会いに行けばいいじゃない。会えるのを待ってるだけなんてバカっぽい。あたしだったらそんなもの越えてやるわ!」
 星の河すらも“そんなもの”呼ばわりの、それは気持ちの良いくらいの宣言。決意表明だった。思わずリタの迫力にポカンと馬鹿みたいに口を開けてしまってから、リタらしい優しさにエステルの心に嬉しさや切なさがじわじわと湧き出してくる。
 本当に。
 この人は。
 だからエステルは、リタと親友でいられることを心から幸せに思う。
 泣き笑いのような表情を浮かべて、それでもエステルはにっこりと微笑んでみせた。
「……なんて顔してるのよ」
「リタ、好きです」
「な!?ややややめてよね!女同士でなな何言ってんの!」
 またも顔を真っ赤に染めた少女の冗談じみたチョップを頭に受けながら、エステルは笑った。それを見たリタも、呆れたように笑う。
 会いたいなら会いに行けばいい。会えないなら会う機会を作ればいい。距離なんて境遇なんて全て問題じゃない。越えればいいだけの話だったのだ。
 なんて簡単なのだろう。なんて素敵なことなのだろう。
 もう心のどこにも淋しさはない。そのことに確かな嬉しさを噛みしめて、エステルはリタに改めて感謝した。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 エンディング後ってやっぱり会いに行けたりはするものの、以前みたいに毎日とかではないし、それって淋しいことだと思います。かといっていつまでも甘えたことも言ってられない。毎日会ってたクラスメートが卒業後めっきり会わなくなったように初めは淋しいけど後から慣れる。それも淋しい。エステルは特にそういうことに心裂いてそうなイメージです。
 というか、エステルとリタの絡みは見てるだけで和みます^^

 それにしても湯が沸かない。



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