[携帯モード] [URL送信]

*tales of…*
suspended sentence(ユーリ×エステル)
【suspended sentence】


 軽い呻き声と共にユーリは目を覚ます。霞む視界が徐々に鮮明になり、そこに映ったのはいつもの見慣れた、染みの浮かんだ天井ではなく、いつまでたっても慣れない、豪奢な装飾の施された天井だった。
 ここは帝都ザーフィアス。エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインの私室。
 ――寝ちまったか……。
 肝心の部屋の主はどこに行ったのかと上体を起こせば、いつの間にやら掛けられていた毛布と、同じ毛布にくるまったあたたかな温もりに気付く。
 すぐ傍に、ユーリに寄り添う少女の姿があった。
「悪いな、退屈な思いさせちまって」
 くしゃりと、その桃色の髪をなでる。さらりと指を滑る細い髪が気持ちいい。少女は全く反応しなかった。反応することなく、規則正しい寝息をたてている。
 エステルが、ユーリのすぐ隣りで眠っていた。ユーリに掛けられた、同じ毛布にくるまって。
 星喰みを打倒してから約三ヶ月が経った。前までは当たり前のように寝食を共にし、ずっと一緒だった仲間達は、今では各々の目的の為、方々に散っている。それは、ユーリやエステルとて同じ事。エステルは今は帝国の副帝という立場だ。その住まいはハルルに移しているとはいえ、実務でこちらへ訪れる際は、こうして以前の住処であった私室を使っているのだろう。
 ユーリの方もギルドの仕事が本格化し、以前と変わらず帝都下町の宿屋を空けることがほとんどだが、こうして暇をみてエステルに会いにきているのだった。
 今日もそのはずだったのに、案外仕事の疲れが抜けきっていなかったらしく、ソファーに座っている内にいつの間にか寝てしまったらしい。
 ――まったく……、情けないったらねぇよな。
 着いて早々、寝こけてしまうなど――。その時エステルはどんな風に思っただろう。茶を淹れている間待たせている相手が、ふと戻ってみれば寝ていたと知って。
 がっかりしただろうか。呆れただろうか。起こそうとしただろうか。その真意は一切計り知れないが、その諸々の結果が“これ”である。
 毛布を持ってきて掛けてくれたのはいいが、それにまさか自分自身もくるまってしまうとは。その時のエステルの挙動が想像出来る気がして思わず苦笑してしまった。
 その安らかで安心しきった寝顔をじっと見つめる。
 補佐とはいえ、彼女の生業は政務。それもまだ十代の少女が、帝国の往くべき未来を、民の思いを要望を、その細い肩に担っているのだ。彼女自身もきっと、疲れていたはずだ。
 それにしても、寝るなら自分の豪華なベッドで寝ればいいものを、どうしてわざわざ窮屈な方を選ぶのか。
「何考えてんだか……」
 あどけない寝顔を見つめるユーリの瞳は優しい。それが、不意に淋しさを湛えたものに変わった。
「エステル……オレは」
 ――もう、ここには来られない。
 あらためてそう思うと一層胸が苦しくなったように感じる。
 以前から思っていたことだった。
 星喰みは消滅した。エステルの満月の子の力の問題も解消した。何からも、誰からも、エステルは脅かされることはない。
 ずっと他人にすがり、誰かの為に行動していた少女は、今はやりたいことを見つけ、自分の為に行動することを知った。もう、ユーリがエステルにしてやれることは何もない。
 “もう、自分などがいる必要はない。”
 それに、エステルは帝国の副帝。そんな彼女の周りに、前科者の自分など、居ない方がより彼女の為になるはず。
 だから、もうエステルには会えない。
 星喰みを打倒してから、ずっと思っていたことだった。
 なのに、どうして自分はここにいる?どうして、エステルの隣りで一つの毛布にくるまって眠っているのだ?
 整った顔。伏せられた長い睫毛。それが、ユーリに会った瞬間、端正な顔をほころばせて、エメラルドブルーの瞳を輝かせて、“ユーリ!来てくれたんですね!”彼女はいつもそう言う。
 もしかすると自分は、エステルが喜ぶ顔が見たかったのだろうか。そんな、らしくない考えが脳裏に浮かび、ユーリは馬鹿馬鹿しいと自分自身を揶揄した。
 もう、ここに来るのはやめよう。
 エステルには会わない。
 そう決意し、ユーリはエステルの寝顔を見下ろす。
 おまえにはおまえを支えてくれる良い仲間がいっぱいいる。もう、オレなんかがいなくても大丈夫だ。これからはおまえ自身の為に生きればいい。この先辛いことがあっても、おまえは一人じゃない。おまえのそばには、いつでも助けてくれる仲間がいるんだから。オレはそばに居てやれないけど、おまえなら上手くやっていける、そう思ってるから。だから――。
「元気でな、エステル」
 ぽつりと手向けの言葉を呟き、最後にもう一度桃色の髪をなでた。そして小さく微笑み、ソファーから立ちあがりかけた、その時だった。
「!」
 服がどこかに引っかかったような、引っ張られている感じがして振り返った。
 エステルの白い手が、ユーリの黒い服の裾を掴んでいた。ぎょっとして、引っ張られたまま少女の顔を覗き込む。眠っている。寝息をたてている。けれどもその手はしっかりとユーリの服の裾を掴んで離さない。
 ――器用なヤツ。
 苦笑いを浮かべ、エステルの手を剥がそうとして、そう出来ずにユーリの手は空中でぴたりと止まった。
「……駄目……、行かないで……ください」
「!」
 これほどはっきりとした寝言ならば、鮮明な夢を見ているのだろうが、それがどんなものなのかは分からない。だけど少女の様子がとても辛そうで、うなされているようにさえ見える。果たして起こすべきなのか。どうしていいか分からず、ユーリはその場に立ち尽くす。
「いや……、行かないで……」
「エス、テル」
「“ユーリ”」
 閉じられた目蓋から涙が溢れ、目尻を伝ってソファーに落ちた。
 意識せずとも体が動き、その拍子にエステルの手からユーリの黒い服の裾がするりと抜けた。それでも目覚めようとはしない少女の頭をユーリはぎゅっと抱きしめた。温かく柔らかな感触。脳を満たすほのかな甘い香り。二人の距離は、近くてしかしあまりにも遠過ぎた。
 腕の中の少女は、夢の中でもそうしてもらっているのか、今は安らかな寝息をたてている。
 こいつの隣りにオレは居られない。こいつの隣りにはもっと相応しいヤツがいる。後はそいつに任せればいい。
「でもな、エステル……オレは」
 叶うなら、ずっと。
 ――おまえの隣りに居てやりたい。
 断ち切らねばならない、断ち切れない想いが痛くて、痛過ぎて、それから逃れるようにユーリはエステルを強く抱きしめた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

どう頑張っても公でくっつくなんてあり得ないって思うから、尚更くっついてほしいって思います。旅の後は付かず離れずな感じでそれぞれの道を歩んでいるのだろうとは思いますが、それも徐々に少なくなっていくんだろうなと。ユーリは足踏み状態、止まっていることを嫌いそうな感じなので、エステルのことも過去のことになっていくのかなって思うとすごく悲しいですが、それまでにこんな葛藤があればいいのに。そう思います。

ユーリとエステルが好き過ぎて二人の行く末が不安になります。(もうないのに)



[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!