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*tales of…*
学園ヴェスペリア〜憧れの保健の先生〜
【学園ヴェスペリア〜憧れの保健の先生〜】


 学校帰りにあまりどこかに寄ることはしない。が、今日は珍しくバッティングセンターなんて所にいる。と、いうのもあまり出来の芳しくなかった学期末テストの腹いせに半ば無理矢理友人に引きずられるようにして連れて来られた、というのがそもそもの原因なのだが。
 その、普段立ち寄らない場所で珍しいものを、ユーリは見つけた。
「おぉお!!」
 カキン、と金属製の小気味良い音に続いて、人々の歓声。それも、大人からまだ年端もゆかない少年まで。それが、心なしか男が多いのは、ここがバッティングセンターという場所のせいだろうか。
「……とんでもねぇな」
 遠目にちらりと見えたユーリの感想がそれだった。
 カキン。
「うぉお!!」
 それは正にとんでもない光景だった。渦中の人物は、バッティングセンターという場所にも関わらず、女性。人種は国内の人間ではなく外国人。それもとんでもなく美女が、ピッチングマシンから吐き出されるボールを、次々と打ち返しているのである。
 その球速は、マックスの百五十キロ。
「何もんだ、あの美人は?」
 最後のボールを打ち終えた美女と、金網の外のユーリとの目が不意にパチリと合った。美女が優雅に笑う。思わずユーリはどきりとしてしまった。
 自身の荷物は置いたままで、変わりに金属バットを持ち出して、美女は何故かユーリに歩み寄ってきた。
「あなたも、どうかしら?」
「オレ?」
「あなた以外に誰がいると言うの?」
 首を傾げるその様子も実に優雅で浮き世離れしている。よくよく見れば、どうやら女性はクリティア人。しかも顔だけに留まらずバッティングセンス以外でも人(主に男性)を惹き付けていたのだろう、そのスタイルも理想的なラインを描く抜群のものだった。
「いや、ってか……何でオレなんだ?」
 相変わらず群れている人だかりの男達からの冷たい視線に居心地の悪さを感じつつ、ユーリは自身を指差した。女性は、何の悪気もなく答えた。
「あら。私、出来る人は手抜いちゃいけないと思うの」
 それはある種の挑発。女性の口元に挑戦的な笑みが浮かぶ。それを見たユーリも、不敵に微笑んだ。
 つまり、売られた喧嘩は買わねばならない、という訳だ。
「分かった。やってやるよ」
 手渡されたバットを肩に担ぎ、バッターボックスに入る。
 それからユーリと女性が交代で次々と百五十キロの球をホームランへと叩き込み、最後の二十球目が気持ち良いくらいの放物線を描いて飛んでいくまでの間、歓声が止むことはなかった。

「すげぇな。あんた何もんだよ?」
「あなたは見たところセントヴェスペリア学園の生徒のようだけれど。こんな凄いスラッガー、セントヴェスペリア学園の野球部にいたかしら?」
「オレは帰宅部だよ。あんたこそ、野球経験あんの?」
「ふふ。ないわよ。今日が始めて」
「へえ。世界って広いもんだな」
「クリティア人の皆が皆、野球が上手という訳ではないのだけど、ね」
 お互いの実力を知ったからか、妙な高揚感が今はあった。ユーリへと向けられていた嫉妬の視線も僅かだが、実力相応の尊敬の眼差しに変わっている。ただしそのほとんどが少年達の視線だったが。
「で、あんたの正体。聞いてないんだけど」
「こだわるのね。私が誰だかなんて、どうでもいいことじゃないかしら?」
「ま、そりゃそーだ。変なこと聞いて悪かったな」
 女性は意味深に微笑んで、自分のバッグを掴むと出口へ向かう。どうやらもう帰るらしい。先ほどまでの高揚感はもう薄れつつあったが、出来ればまた何かで腕を競えたら――そんなことを無意識に思っている自分に少し驚いた。
「強いて言うなら……ただの保健の先生よ」
 そう、去り際に告げると、周りの男達の視線を欲しいままにして帰っていった。
「ユーリ!!」
「アシェット。終わったのか?」
 端のボックスで打っていたはずの友人が、血相変えて走ってくる。友人は息を切らしながらユーリの前で荒い呼吸を繰り返すといきなりユーリの胸ぐらを掴んできた。
「うおっ! 何すんだ……」
「“何すんだ”、じゃねーよ! おまえ、いつからジュディス先生と知り合いなんだよ!」
「ジュディ、ス……先生? ああ、保健の先生っつったっけ。おまえ、知ってんのか?」
「知ってるも何も、ブラ高の養護教諭だよ! すんげえ美人のクリティア人で、ブラ高、ヴェ学問わずみんなの憧れの保健の先生なんだよっ!! 知り合いなら言えよ! そんで紹介しろよぉ!?」
 悔しそうに叫ぶ友人を、完全に他人事のように捉え、ユーリは迷惑そうに嘆息した。
 確かに美人だったが、そこまで身近な有名人だったとは。世間とは実に面白い。
「憧れ……か。違う意味でも憧れられてるみたいだけど」
 件の先生が帰った後も興奮冷めやらぬ野球少年の談議に苦笑をもらしつつ、とりあえずユーリは未だ自身の胸ぐらを悔しそうに掴んでいるミーハーな友人の腕を、鬱陶しそうに引き剥がした。




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あきゅろす。
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